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上に書き加えていきます。
May 6 '08 < ヘッダー・フッター(2) >
道場ではゴールデンウィークをはさむ1週間を休みにしている。これは、休みの振り替えの調整がつかないことがあるためである。今年は1〜7日を休みとした。
この1週間は貴重である。今年はもっぱら写真の整理に充てた。
山や谷に出かけ、あるいは、近所を散歩する折に撮ったものが、20年分ともなれば、本棚2段を占めている。いつかは、と思いながらそのままになっていたのが、ホームページの「ヘッダー・フッター」の更新を機に、ようやく手がついた。
記録として役立ちそうなもの、ホームページで使えそうなものを拾い出していくと、アルバム(A4サイズ、厚さ1.5センチ)5冊に収まりそうで、捨てる分は紙バッグ2つ分になっている。身辺整理と思えば、楽しい作業でもある。
並行してホームページにヘッダー・フッターを入れようとしたが、これがけっこう厄介な作業となった。気に入りの写真を入れようとしても、そのページにはふさわしくないかなと思い始めると、なかなか決まらない。
考えあぐねてばかりもいられないので、とりあえず講座案内関係のページ、その他に、次のようなものを入れておいた。
小学生の作文 … ヤマブキ、丸刈りのツツジ
中学生の作文と国語 … チャンチン(香椿)、垣根のツツジ
中学国語:文章の要約 … チャンチン、ツツジと麦
高校入試の作文 … チャンチン、センリョウ(千両)
高校生の国語 … シダレモミジ(若葉)、
公務員試験の作文 … 若葉、ドウダンツツジ
公務員試験の小論文 … 若葉、コブシ一輪
入社試験の論作文 … コブシ、サクラ
俳句かるた(復刊) … 国立新美術館、茶屋の門
スポーツ作文T … 味の素スタジアム、西武ドーム
ホームページのページ数は80余りあるから、作業は今後も続けなければならぬ。上記のページも、季節によっては入れ替えなければならないこともあろう。
Apr.22 '08 < ヘッダー・フッター >
晴れた日には、芭蕉ふうに言えば、そぞろ神の招きにあいて、散歩に出る。日に光る新緑は安らぎを与えくれ、つぼみを開く花々は息吹きを与えてくれる。
「富士一つうずみ残して若葉かな」(蕪村)。 こんな大景の一方、
「よく見ればナズナ花咲く垣根かな」(芭蕉)。 散歩で出会うのは、主にこんな光景である。
スミレにせよ、ユスラウメにせよ、日に輝く一輪一輪は宝石のようでもある。ダイアモンドより美しいかもしれない。それが刻々に姿を変えていくことを思えば、その姿をとどめんとばかり、カメラを片手の散歩ともなる。実際、美しいものは身近にいくらでもあるのだ。「よくみれば美は近隣にあり余るほど」というところか。
梅が咲くまではツバキにサザンカ、それに続いてコブシ、サンシュユ、レンギョウ、菜の花、桜の後はハナミズキ、スオウ、ドウダン、草花ではスミレ、パンジー、サクラソウ、……等々、名を知らぬ花々を加えれば目にするものは数えきれないが、書き落としてならないのはケヤキやイロハモミジの芽吹き、それに、カキの若葉である。
ホームページに写真を入れる場合、当初は画素数の少ないものがよいということであったが、光ケーブルになってからは、それはあまり気にしなくてもよくなった。そこで、一眼レフに切り替えての撮影となったが、これには何より立体感がでるという利点がある。
試しに撮ってみたら、なるほど期待以上である。それが散歩の途次のものであったから、二つの意味で「ちょっと自慢」したくもなった。こちらの「近隣の紅葉」へ。
カメラは、ホームページとの関係では、もともと「ヘッダー(ページの上部)」や「フッター(同下部)」に、出来合いのイラストに代えて何か写真を、と考えてのものだった。
画家は風景を切り取って絵にするという。どこを切り取るか。写真の場合にもそんなところがある。ヘッダーやフッターは細長いために制約がある。しかし、その空間におもしろみもある。
写真のストックがいくらかできてきたので、これから少しずつなりと入れていこうと思う。手始めにこんなものを載せてみた。こちらへ。
Mar.25 '08 < サクラサク >
先週土曜日(22日)の夕刻、「大阪大学外国語学部に合格」との報がメールで入った。Tくんのお父さんからだ。
折しも、その日は気象庁が東京での桜の開花宣言をしたばかりであったから、思わず「サクラサク」と口を衝いて出た。
カタカナ書きをしたことについには注釈が要るかもしれない。あるいは、蛇足かもしれないが、ひとこと付け加えておこう。
インターネットがなく、電話も各戸に普及していない時代の速報の手段は電報であった。その当時、合格発表を代わりに見に行った人が遠方の当人に「合格」を伝える際の決まり文句が「サクラサク」であった。ついでながら、電報代は字数が増えると高くつくから、文面はできるだけ簡潔にする必要があった。
それはともかく、Tくんは既に関西学院大学と地元の南山大学に合格し、関学を滑り止めにしておくということであったから、安心して眺めていられたのだが、それにしても驚異の粘り、と書こうとしたが、「バネ」というのがふさわしいか。
というのも、Tくんは受験に並行して哲学書の要約・解釈を行っていたからである。
Tくんは本欄にも度々登場している。本項との関連では下記「May 14, 20 '07 <武士道と大リーガー @、A>」に端緒がある。
『学問のすゝめ』、『武士道』に続いて、アドラー『本を読む本』を間にはさみ、夏休みには『寝ながら学ぶ構造主義』、11月からプラトン『ソクラテスの弁明』、田中美知太郎『哲学初歩』の要約・解釈の作業に入った。
暮れになって、「入試の間は一休みしましょうか」と打診してみたが、お父さんの答えは「1月19日・20日にはセンター試験がありますが、そんなことはおかまいなく、次の課題に進ませてやってください。文章を作るということは頭のいろんなところを使いますから、脳の働きはよくなってくれると思います」ということであった。
Tくんの「バネ」は、本人の意欲もさることながら、このような破天荒とも思えるお父さんの支えもあってのことと思われる。過程も結果も「驚異」の受験であった。
ちなみに、Tくんは、公立前期試験の神戸市外大を合格したのをパスして入学手続をせず、中期試験は都留文科大、後期は大阪大という組み合わせの受験であった。もちろん都留文化大も合格したので、前代未聞の国公立3校合格となった。
『哲学初歩』の後はデカルト『方法序説』、8冊目は哲学史でもと思ったのだが、事ここに至れば、西田幾多郎『善の研究』が最もふさわしかろう。
Mar.11 '08 < 卒業・進級 >
早いもので、合格祝賀会を終えてから10日になる。
今年の合格実績については下記2月5日付「花咲く日々」に記したとおりであるが、それから約1か月、もう一人が快挙を成し遂げ、ぎりぎりで祝賀会に加わった。
Kくんから合格の報が入ったのは祝賀会の前々日の28日である。この日が都立高校の合格発表日で、Kくんは見事、西高校に合格した。見事というわけは、西高校は日比谷や国立と並ぶ都立のトップ校で、都立高が30年前のトップレベルの人気を回復する中、超難関となっているからである。
実は、Kくんは推薦入試に挑戦したが、叶わなかった。そこで、一般入試での再挑戦となったのだが、西高は他の都立上位10余校とともに自校作成問題によって入試を行う。これらの問題は超長文に加え、多く記述を求めている。この意味でも超難関であるといえる。誰が受かるか予断を許さない。誰にも保証はない。
合格祝賀会は「讃歌『勇士は還りぬ』によって幕が切って落とされる。受験生を戦場で殊勲を立てた兵士に見立てているわけだが、Kくんの快挙はまさに勇士の名にふさわしいものであった。ぎりぎりでの報であっただけに、ひとしおその感が深い。
お話変わって、当道場には国語の勉強を中学生レベルからやり直してみたいという方々がおいでになる。主婦ありOLありで、Yさんはそのうちの一人である。
Yさんには教科書の文章と記述問題集を用意した。文章の要約を主にし、息抜きに問題集をというつもりであった。問題集は1講座4ページで、8講座から成っている。
Yさんは問題集のほうから始めた。そのほうが取りつきやすかったのだろう。去年の4月のことである。
ところで、答案は月に1〜2度しか送られてこない。添削後に書き直す分を入れてもその程度である。1か月丸々途絶えたこともあった。それでも、いわゆる月謝はきちんと振り込んでくれる。
そうして10か月余り、このほど1冊が完了して、いよいよ要約の作業に着手した。添えられた手紙には「残業から解放されて、ゆっくり取り組めるようになった」旨のことが書かれていた。
当方は講評の末尾に、思わず、次の一文を書き添えた。
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お仕事がずいぶん忙しいのですね。その中で、それでもいつの間にか「記述問題集」が1冊終了しました。「継続は力なり」という言葉がありますが、続ける意志の大切さを痛感します。 |
「卒業」と書いたが、思えば、1冊を終えたということは単位を取得したという程度にすぎない。したがって、ここは「進級」と訂正しておかなければならない。現に、Yさんはメイン教科の「要約」の作業に着手したばかりなのである。
Feb.26 '08 < 月報 >
道場では毎月末、通学生の月謝袋に次のような手紙を入れている。
上段には当面3〜4か月の予定、下段にはその時どきの話題やホームページに掲載したことなどを記している。
今月はちょっとしたトピックがあったので、それを紹介しよう。
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ご家庭の皆様へ 平成20年2月22日 作文道場 寒さが和らぎ、日差しに暖かさが感じられるようになりました。でも、また寒さがぶり返すようですから、このまま三寒四温の日が続くのでしょうね。 さて、2月期は28日までで、それ以降は次のように予定しております。 (2月29日、3月1日は予備日) 3月期 − 3月2日〜29日 春期講習 − 3月26日〜4月6日(3月30日は休み) 4月期 − 3月31日〜4月27日 5月期 − 4月28日〜5月31日(5月1日〜7日は休み) 春期講習につきましては来月中旬にご案内します。受講は任意です。 ……………………………………………………………… サイン入りの著書 ホームページの「トピックス」欄の「ある出版祝賀会」(その2)で紹介しましたが、昨秋放送されたNHKハイビジョン特集『白夜の大岩壁〜クライマー山野井夫妻』、また、そのダイジェスト版で、今年の正月に放送されたNHKスペシャル『夫婦で挑んだ白夜の大岩壁』の取材記録が本になって、この2月初旬に刊行されました。 NHK取材班著『白夜の大岩壁に挑む〜クライマー山野井夫妻』(NHK出版、1,600円) 刊行に先立って、番組のディレクターと山野井夫妻が著書にサインをし、希望者に頒布しました。その折の著書が道場に2冊あります。ご希望の方はご連絡ください。定価でおわけします。 実は、このサインが行われたのはNHK出版の会議室でしたが、約500冊のサインを終えた後、道場生の中2のIくんが山野井夫妻にインタビューをしました。学校の宿題でインタビュー記事をレポート用紙で15枚程度書かなければならないが、どなたか然るべき人がいないかというのが発端でした。山野井さんは世界最強のクライマーと言われ、野球でいえばイチロー選手のような人ですが、出版祝賀会などで顔なじみになっていたのが縁で、快くインタビューに応じてくれました。 なお、Iくんのレポートは、事情が許せば、ホームページに掲載します。 |
Iくんは、山野井さん夫妻と、仲介の労を取ってくださった香川澄雄さん(日本三百名山ランニング登山達成記録保持者)にレポートのコピーを送ろうとしたが、コピーがあまりきれいではないということで、現在ワープロで清書している。
Feb.5 '08 < 花咲く日々 >
話したいことが山ほどあると、かえって何も話せないようだ。それでも、この一事は記しておかなければならぬ。
先月22日から24日にかけて、私立推薦入試の合格の報が、明法高校、立命館宇治中、早稲田実業高等部と、立て続けに入ってきた。いずれも、かなりの挑戦であったため、安堵感もひとしおであった。
続いて、今月1日には都立高校推薦入試の合格の報が入る。駒場高校で、ここも4.8倍の難関であった。ここまでは4名と、数は少ないが、自慢の一つはいずれも第一希望を叶えたことである。しかも、100%の合格なのだ。
Kくんは剣道、Yくんは野球、Tくんはバスケットボールと、いずれも中学では抜群の技量を誇っている。気は早いが甲子園への期待もじゅうぶんに高まる。その一方、彼らは学業成績も優秀である。このことを付記しておかなければならない。
活躍ぶりについては、1年、2年あとに報告することになろう。
今日は火曜日。本ホームページを去年は日曜日に更新していたが、今年は元旦に年賀状を入れ、それが火曜日だったので、今年の更新は火曜日ということになった。
これまでは生徒作品と、日記抄やトピックスとを交互に掲載していたが、これからは生徒作品の割合を増やす予定である。掲載したい作文は有り余るほどにある。掲載することによって、少しずつなり花を咲かせていってほしいものと思う。
Jan.8 '08 < 去年今年(こぞことし) >
昨7日、公立校の冬休みが終わるのに合わせて冬期講習に一区切りがついた。夕方の1コマを終えたのは8時ごろであったか。これでようやく正月という感じである。そこで標題の季語がふっと思い浮かんだ。1週間のズレはあるが、仕事の暦に合わせれば許されてよかろう。
この季語については有名な一句が連想される。
「去年今年貫く棒のごときもの」−高浜虚子
「……。あわただしく年去り年来る意である。その年改まる時間は、断絶せずして連続し、一本の棒のようなものが貫いている。去年も今年も変りはないのだ。かくべつの波瀾もなく過ぎてゆく月日があるだけである。……」(山本健吉『百人一句・古今名句百選かるた』解説)
解説はさらに「こういう句は、長い歳月を揺ぎない心で生き通して来た虚子のような作家にして、始めて詠むことができる句境である」と続く。
だが、凡人は節目には一息つかねばならぬ。椅子に寄りかかってお茶を飲むひと時、身も心も宙にたゆたう。
折しも、10時から「NHK特集」で『夫婦で挑む白夜の大岩壁』が放送された。これは、昨秋の11月半ばにNHKハイビジョンで放送された番組のダイジェスト版である。概要はこちらの「ある出版祝賀会・その2」で。10日(木)の午前0時10分からも再放送される。
標題を季語に託したのは、年末にもいろいろ書き記したいことがありながら、手をつられないでいたためでもある。その中にはユニークな朗報があった。
「万能細胞」が今、世界で注目されている。京都大学医学部で開発に成功したものだが、その研究室のメンバーのH氏から警察畑の「科学捜査研究所」に合格したと、メールがあった。
暮れには『千曲川のうた』という著書(柳沢孝彦著、日本文学館)の寄贈を受けた。第2次大戦後の甘いものに飢えていたころの、それでも野球に熱中していた少年たちの風景が自伝風につづられている。「泣けとごとくに」と言えばよいか、限りない郷愁をそそられる。いずれ、「トピックス」か「寄贈本文庫」のサイトで紹介するとしよう。
さて、今年の道場はいかなる展開を見せるであろうか。差し当たっての関心は公立中高一貫校入試である。ここ多摩地方でも都立の一貫校が2つ開校する。それを目指しての冬期講習でもあったが、人気の高さは異常なほどである。都内の一貫校を参考にすれば、倍率は両校とも20倍は下らないであろう。その先は見当もつかない。
異常といえば、当ホームページへのアクセス数も異常ともいえる上昇ぶりである。三が日は150前後であったが、4日から7日にかけて200の台、300、400、500の台と、100ずつ増えていっているのである。今日はどこまで行くのやら。
これは、公立中高一貫校の作文が大きな関心事になっているせいなのか、「社会科作文」「理科作文」等々がおもしろいからなのか、それとも、「トピックス」に登場する多彩なメンバーに関心が寄せられているためなのか、……。
いずれにしても、読むに堪えるホームページを目指すとしよう。
Jan.1'08 < 年賀状 >
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−2007年−
Dec.16 '07 < 模様替え >
5年生の竣くんが「もようがえ」という作文を書いた。勉強机をリビングに移すことになって、それに伴ってピアノやテレビ、テーブル、その他 の家具を動かしたが、机がリビングに入らないため机を分解したとか、テレビのコードが届かなくてホームセンターへ2日も行ったとかいう一種の騒動記である。
騒動といえば、道場の楽屋にも態勢を整えるに伴う騒動があった。そこで、竣くんの題を拝借した次第であるが、パニックといってもいいほどものであった。
ほかではない。パソコンを入れ替えたところ、うまく作動しなくなったのだ。4,5日前からのことである。
パソコンも3年を過ぎると、どこかに不具合が生じるようだ。われらがパソコンも動きが鈍くなった。そこで、最新の機能を備えたものに変えたのだが、あまり上等すぎると覚えるのがたいへんだ。メールなどもどこにどの機能があるのか分からない。添付ファイルがうまく開けない。おおよその見当で打ったら、どこかを傷めてしまったようだ。メール自体も開けない。
何より困ったのが、ホームページが動かないことだ。ファイルを取り込む方法には2通りある。前のパソコンからコピーを取って移す方法とサーバーからダウンロードする方法だ。だが、どちらもうまくいかない。ソフトも関係しているようだ。ソフトも身に余るほど上等すぎるのかもしれない。
このホームページには毎週1つは何かを入れており、今は日曜日に発信しているから、日曜までには何とかしたい。動かせないことに焦りが出る。開店休業かと思っていたところ、今日の昼ごろになって、どうやらダウンロードできたようだ。だが、急いで添削しなければならない答案があるため、夕方まで試行はお預けとなった。
これから、このサイトを試験的に転送する。うまくいったらおなぐさみ!
楽屋の模様替えが終われば、次は舞台の模様替えだ。
竣くんは机を移動したことによって勉強の能率が上がってきているようだ。作文にも具体性が盛り込まれて充実している。竣くんにあやかって、がんばろう。
Nov.11〜25 '07 < 作文の素質(1)(2)(3) >
(1)「うちの子は作文が苦手で、……」
訪ねておいでのお母さん方はどなたもこうおっしゃる。それに対する返事は「だれでもそうですよ。むしろ、得意な子はほとんどいないと言ってよいでしょう」となる。それは、学校では小学3年生を過ぎると、作文を書くことはあまりないためであるが、実際、文章を書くとなると、大人でも苦労するのである。
では、得意になる方法は、となると、要は書き慣れること、つまり、練習することである。ところが、多くの諸君が困っているのは何をどう書いてよいか分からないということである。
そこで、当道場では初めに、おもしろかったことや楽しかったことの「あんなこと、こんなこと」をメモ形式で書き出してもらう。
そのメモは「いつ、どこで、何があったか」で、作文ではその何について「それがどうであったか」を具体的に書いていくことになる。書き方のパターンをこのようにしておけば、何をどう書けばよいのかという第一の難題は解決する。あとは状況をありのままに書いていけばよいのである。
とは言うものの、言うは易く行うは難し。難題は続く。「具体的に書く」「事実を正確に」「主語・述語を整えて」等々。ただ、これらを具体例によって語れば、一巻を要する。そこで、これらについては取りあえず「作文ワールド」や「答案百花」の添削例をもって説明に代え、先へ進もう。
こうして、遅速の差はあるが、生徒諸君は書き慣れていく。これに関し、ここで問題として取り上げたいのは、筆が進み始めるまでは周りの者、特にお母さんには我慢が要るということである。
中には「うちの子は作文には向かない」と言って、あきらめてしまう人がいる。問題はこれである。
(2)「〜に向く・向かない」というのを、例えばスポーツにおいてみてみると、「野球に向く」とか「サッカーに向かない」とかいえるかと思う。これらについては、練習すれば、だれでもできるようになる。つまり、下地はあるのだ。
その下地を素質というなら、素質はだれにもあると言える。ただし、野球にせよサッカーにせよ、そこにプロ選手をもってくるなら、話は別である。スポーツであれ他の分野であれ、プロには一般の人とは違った何かがあるようだ。
そこで、話は少しそれるが、プロとアマの違いは何かを探ってみると、これを、例えば将棋においては「ロマンだ」と言った人がいる。いわく言いがたいところを言葉にすれば、こういうことになろうと思われる。けだし、名言である。
このようなロマンの有る無しを尺度に文章の世界でプロ考えてみると、それは言うまでもなく詩人や小説家であろう。ところが、作文を習おうとする者は必ずしもプロを目指しているわけではない。しかし、素質はあるのだ。
これを証明するには、「人間は言葉をもてる動物である」という命題で足りようか。少し深入りしてしまったようだが、野球やサッカーの素質はだれにでもあり、練習すればできるようになるのと同様、作文も練習次第でできるようになるのだ。
しかも、「詩や小説を書くのは難しいが、説明文や論文を書くのは易しい」のである。
(3)名作といわれる詩や小説は、芸術の一回性ということからすれば、方法を伝授することはできない。ただ模倣することができるだけである。
これに対し、説明文や論文は書き方を教えることができる。
ここにおいて、作文は説明文の類と考えればよい。繰り返しになるが、小説のような作文は考えなくてよい。否、考えてはならないといったほうがよい。
この観点から見れば、作文は「こんなことがあったんだよ」と説明する調子で書けばよいのである。基本的には「いつ、どこで、何があったか」→「それがどうであったか」を具体的に書いて、必要に応じて、それに意見・感想を添えればよい。この型でならだれでも書けるであろう。
ついでながら、論文の基本の型は「序論(事例・事実)→本論(検討・考察)→結論(見解・提言)」である。これにおいてはまず「事実」を確定すればよい。科学者ならば、実験・観察の結果を明示する類である。事例が確かならば、考察は確実なものとなり、結論も順当に得られるであろう。大切なのは「事実」である。理屈が「論理」なのではない。「事例」→「考察」→「見解」の流れが「論理」なのである。換言すれば、論理は事実に始まるのである。
したがって、大事なのは「事実」である。作文においては基本的に「事実を正確に書くこと」が求められ、論文(小論文)においては「事実の確定」ば求められる。この点において、難しいといえば難しいのは「事実」である。
だが、小説のような芸術性を要するものとは異なり、説明文の類は誰にも書けるのである。それは素質の問題ではなく努力の問題である。
急ぎ足になったしまったが、テーマが大きすぎたのかもしれない。より平易には、例文を交えて他日を期したい。
Nov.4 '07 < 菊の花 >
「きれいな花よ、菊の花、白や黄色の 菊の花、……」(文部省唱歌「菊の花」)
この秋は花が少ないような気がする。あまり動き回らないから花を目にしないのかと思ったが、別に部屋に閉じこもっているわけでもない。少ないといえば、道場の庭も(と言っても、猫の額ほどなのだが)、金木犀の花が散った後はセンリョウ(千両)の赤が目につくくらいである。
散歩の途中、野菜スタンドで小菊の鉢植えを売っているのに出会わせた。まだ二分咲きだが、花は数百はついていよう。さっそく買い求めた。
だが、テラスに置いただけでは見映えがしない。教室の中では大きく場を占領されてしまう。そこで、庭に入って正面の奥の所に据えてみた。
このほうが生徒たちの目にもつき、菊のためにもよさそうだ。現在八分咲きくらいになったが、曇天続きで花の光は遠くへ届かないため、上から撮った写真も載せることにしよう。
このくらいの距離になると、いい香りがする。冒頭の歌詞は一番で、三番は次のようになっている。
「日本の秋をかざる花、きよいかおりの菊の花」
Oct.14 '07 < 著書改訂 >
このほど、著書『論作文の奥義』の改訂版が店頭に並ぶ運びとなり、現在『作文試験必勝のパターン』の改定作業に取り組んでいる。今週中には出版社に原稿を渡せる見込みである。
これまで、購読者の卒業年度に合わせて年度版を出していたが、手直し部分は時事問題の課題程度であるため、改訂は三年に一度くらいにしよう、その代わり、本文を全面的に見直して、必要ならば大改訂をしようということになった。春先のことである。
自らの著書でありながら、時がたてば細かいところは忘れている。そこで、大改訂を前提に『奥義』のほうから、腹を据えて読み直しにかかった。ところが、読んでみると、実に快い。話の運びがスムーズで、思考を持続したまま読んでいける。むしろ、よくもこれだけ細やかな組み立てができたものだと、我ながら感心するほどである。
友人・知人にも読んでもらったが、これといったミスはなく補足も不要のようである。このほうは課題例を補ったくらいで、夏休み前に作業を終了した。
『必勝のパターン』のほうは、締め切りを少し延ばしてもらって今月に入って読み直しを始めた。このほうは書き方としての「作文の極意」のところをやり直そうと思って、それなりの覚悟で臨んだのだが、「えいっ、やっ!」という呼吸も、いいタイミングで入っている。話の運びも『奥義』同様、スムーズである。
結局、『必勝のパターン』は、敬語が3種類から5種類に分類されるという記事を補足するだけで改定作業は済みそうだ。
最初にしっかり作っておけば、長持ちするものだということをしみじみ実感している。
ちなみに、初版以来『奥義』は11年目に、『必勝のパターン』は8年目に入る。目次等の概要はこちらへ。
Sep.23 '07 < 彼岸花 >
「立秋から1か月半、まだまだ暑い日がつづいておりますが、抜けるような青空や、時折浮かぶうろこ雲を見ると、秋の到来を感じさせられます。気がつけば、ススキも穂を出しています」
通学生の家庭向けの「今月の手紙」にこんなことを書いて間もなく、今朝の7時のニュースでは「秋を見つけた」と言って、彼岸花を映していた。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるが、「果たして今年はどうか」というのが、その時の予報士の予測でもあった。とはいうものの、今朝の東京地方は、曇っているせいか、むし暑さの中にも風が涼しい。
彼岸花といえば、埼玉県の幸手市では、桜並木の土手に「ヒガンバナロード」を作っているらしい。これから各地にこんな「名所」ができて、テレビや新聞・雑誌で紹介されるだろうが、今のところ、圧巻は西武池袋線高麗駅の近くにある「巾着田」であろう。埼玉県の南西部にある。
去年のものだが、写真を一つ掲載しておこう。
ここに写っているのはこのエリアの三分の一くらいで、このようなエリアがもう一つある。
Sep.9 '07 < ホップする球 >
今日、正午のニュースでレッドソックスの松坂が12敗目を喫したと報じられた。朝の8時半ごろは4対1でレッドソックスがリードしていたから、「松坂は軽く15勝」と思っていただけに、3回に8点も取られたと知ってあっ気にとられた。
松坂はよく打たれる。思うに、躍動するフォームからのホップする球が影を潜めたからであろう。
ホップする球といえば、現在その球で日本球界を代表するのは阪神の藤川であろう。クローザーとして、ほとんどストレートで勝負しているが、三振に打ち取ることが多い。ウィニングショットは確かにホップして見える。その藤川の阪神タイガースは昨夜、首位巨人を破って首位に立った。
西武ライオンズ時代の松坂の球は、藤川に劣らずホップしていたものだった。早くその球のよみがえることを祈る。
今日は午前中授業をしていたために、レッドソックスの試合を見損ねたわけだが、今日で出席日時の希望も出そろって、二学期の出席予定表がほぼ決まった。
大きな変化は、土曜日の午前中の2コマがふさがったために、午後に1コマ設けたこと、および、日曜日の午前中も1コマから2コマに増やしたことである。
さらに、土曜日の午後に1コマ増やしたことによって、それまで行っていたボランティアもどきの活動ができなくなったため、代わりに水曜日をそれに当て、授業は休みとした。この日を希望する諸君には他のウィークデイに移ってもらった。これによって、6時をはさんだウィークデイの2コマもそれぞれ2〜3人ずつで落ち着いてきている。
二学期のこの充実ぶりは、夏期講習から加わった諸君の9割が継続したことによる。これまで教室で、また、このホームページで投げかける言葉に磨きがかかってきたのかなとも思う。言葉はストレートに投げかけているが、もしかしてホップしているのだろうか。
これからも1球1球、一語一語に心をこめて投げていこう。昼下がりの風が残暑の中に快い。
Aug.26 '07 < 向日葵は金の油を身に浴びて >
猛暑が残暑に変わって、開け放した窓から時折涼しい風が入ってくる。
今日は日曜日。道場の授業は休み。夏期講習はあと1週間。振り返れば1か月余り。ほっと一息つく時。だが、気を緩めてはならない。あと1週間は「詰め」の作業の時と考えなければならない。生徒諸君が講習の成果を実感できるようにしなければならないからだ。
夏の甲子園は佐賀北高の優勝で幕を閉じた。同校は「普通の県立高」だそうだ。大騒動の、金がからむ高校球界にあって、一服の清涼剤の観がある。佐賀北高には心からの祝福を送りたい。
その一方で、広陵高には8回裏になって気の緩みがなかったか、詰めに甘さがあったのではないかとも思う。われわれはこんなところからも教訓を得る。
「向日葵は金の油を身に浴びてゆらりと高し日の小ささよ」(前田夕暮)。向日葵はヒマワリ。
4,5日前のこと、ヒデちゃんのテキストにこんな歌が出てきた。設問は「金の油とは何か」である。これはすぐに「太陽の光」と分かったようだが、これでこの歌を終えるのは惜しい。この歌の眼目は「ゆらりと高し」にあると思われるからだ。
折しも、道場の入口に植えたヒマワリが細々と育って小さな花を一輪つけているのを思い出した。ちょうど授業が始まって1時間くらいたったころだったので、ルリくんとメグちゃんも誘って、休憩がてらにそれを見に外に出た。
とても「金の油」とはいかないが、「ゆらりと高し」の感じは出ているであろうか。ほんとうは花は人の顔よりも大きく、茎も太いと話すと、3人は納得したようであった。
Aug.12 '07 < セミの脱皮 >
昨11日より道場は9日間の夏休みに入る。
夏休みといっても、通学生の授業は休みというだけで、ファクスは受け付けている。道場主はその間、海を見に2〜3日空けるほかは、もっぱら読書である。生徒が来ない限りはクーラーを止めて、自然の風が窓から入るのを待ちながら、椅子に寄りかかってページを繰る。それにしても、暑い。猛暑だ。汗が吹き出る。
それはともかく、読書とはいっても、なかなか趣味の読書とはまいらぬ。文章の要約をする諸君や推薦入試を受ける諸君のための材料探しを優先しなければならない。
下記、5月14日付けの高3Tくんの名著の講読も、夏休みに入って拍車がかかってきた。このため、先回りして読んでおかなければならない。『学問のすゝめ』『武士道』『本を読む本』を終え、現在『寝ながら学べる構造主義』に取り組んでいる。これが終わると『ソクラテスの弁明』から『方法序説』に移る。
義務で読もうとするとしんどいから、話を楽しむことにしている。昨日は最近の話題の書『日本人の矜持・九人との対話』(藤原正彦)をひもといた。ところで、この時期の難物は甲子園で高校野球が始まっていることである。あの試合、この試合が気になってテレビをつける。ついつい見入ってしまうが、見届けたほうが読書の能率が上がるようだ。
3〜4日前のこと、所用があって夜10時過ぎにコンビニへ行く途中、神社の横の例の広場を通り抜けようとすると、老夫婦が懐中電灯で杉の大木を照らしながら「あっ、ここにもいる」「あら、ほんと。今出てくるところね」と話を交わしている。斜め向かいのご夫妻だ。セミが脱皮しているのだという。
近寄ると、電灯をかざして見せてくれた。杉の木につかまっているのもいれば、何かの葉っぱにぶら下がっているのもいる。羽がうすいみどり色だ。時間がたつにつれて、数分のうちに茶色に変わっていくという。今までこんなものは見たことがない。貴重な現象だ。さっそくカメラを取りに戻る。
道々、ホームページで明くんの「モンシロチョウ」と康輔くんの「カブトムシ」の作文が思い浮かんだ。両方とも、誕生の観察記録だから、これらに並ぶ記事ができるかもしれないと思ったのだ。
後で分かったことだが、セミの脱皮はたいてい夜だという。だから、たいていの人の目には触れない。それもさることながら、脱皮時の羽の色は貴重な記録になるぞと思ったものだった。
セミは、あまり大きくないからアブラゼミではなく、ニイニイゼミのようだ。実際、翌日その付近で鳴いている声を聞くと、「ギーギー」というよりは「ジージー」という感じであった。だが、果たして当たっているだろうか。生徒諸君には、こんなことがあれば「よく調べろ!」と言うのだが。
明くんと康輔くんの作文については、こちらへ。
Jul.29 '07 < 道場の夏 >
関東地方にはまだ梅雨明け宣言が出されず、下手をすると、このまま立秋を迎えかねないが、仮に雨が降り続いたとしても、道場には「ああ、夏が来た」あるいは「夏休みに入った」と実感できる一事がある。
それは、夏休みに入ったとたんに、このホームページへのアクセス数がはね上がることである。ふだんのアクセス数は1日150ぐらいであるが、20日を境に250〜300になる。ついでに言えば、8月になると400、お盆のころからは500、下旬には600〜700、そして、31日には1000を記録することもある。
夏期講習は今日で10日目になる。もっとも、今日は日曜日で終日休みである。月曜から土曜日までは午前、午後、夜にそれぞれ2コマを設けている。1コマ90分で、1コマの定員は3人である。原則、午前は小学生、午後は中学生、夜は高校生としている。
受講と出席日時は任意としているため、講習が始まったころは各コマに空席も目だったが、現在、午前は各コマほぼ3人、午後は2人、夜は1人というふうに、きれいに出そろった。新入の諸君の講習もこれから本格化することになる。
うれしい便りも届いている。ある国立大学工学部の先生からである。
<本日,添削答案を拝受いたしました.昨年同様,とても丁寧な添削とご指導ありがとうございました.昨年に比べ,評価が上がっていることに,昨年度,カリキュラム改定を行った効果が少しは現れているのかな?と喜ばしく思っています.「添削をして気づいたこと」については答案返却時に話をしたいと考えております.「添削サービス」が終了するとのことですが,「論作文の奥義」は当学科の1年生にとって,非常に読みやすく,文章を書く際の最良の参考書になると思っていますので,来年からも継続して「大学入門科目」のテキストとして使わせていただくつもりです.また,添削も引き続きお願いできればと思っておりますので,新版が出た頃に,ご相談させてください>。
Jul.15 '07 < ハスの花の色 >
世の中には喩えようもなく美しいものがある。「えもいわれぬ」というふうに形容される。そんなものの一つにハスの花の色がある。薄くれないというのが近いと思われるが、じゅうぶんに言い表しているとはいえない。ピンクというのはもっとそぐわない。
優美で気品があると評する人がいる。気品があるというのは、まことにそのとおりに思われる。それもそのはず、この花は仏様の台座に使われるほどなのである。そうと知ると、薄くれない風情の色に奥ゆかしさが感じられる。思うに、くれない色が白まじりにフェイドアウトしていくところに美があるのだろう。
かねがね、その花をゆっくり見てみたいと思いながら機会を得ず、蓮池があると聞いて立ち寄っても、いつも花期が過ぎていた。それが、4〜5日前、たまたまタウン誌を手にしたとき、「蓮を観る会」という記事が目についた。隣の府中市の公園で3日間開かれるという。
ちょうど、著書『論作文の奥義』の改定作業を終え、九州の大学工学部から依頼された答案99枚の添削も間もなく終えるというころであった。一息つくには格好の機会だ。
一昨日早朝、府中市健康センターの修景池に出かけた。ここは古代ハスを開花させたことで有名な大賀一郎博士ゆかりの地である。池畔には胸像が建っている。
大賀蓮は早咲きで、6月中旬ごろに咲き始めるということであった。つぼみがいくつか残っていたが、開くのは翌朝ということで、優美な姿にはお目にかかれなかった。代わりに、「原始蓮」という名の一輪がカメラに収まった。
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Jul.8 '07 < 梅雨の晴れ間 >
このところ、土曜日の昼近くになると、近所の広場でサッカーや野球が始まる。
道場の前の道を家二軒分ほど通り過ぎると、神社の広場に突き当たる。広場の広さは、校庭を目安にすると、100メートルトラックをとれる運動場の三分の一ほどである。
したがって、サッカーとはいっても、軽いパス回しやシュート程度のことしかできず、野球のほうもキャッチボールやテニスボールのハーフバッティング程度である。ところが、これがおもしろいらしい。メンバーは主に将くん、文ちゃん、諒くんの3人である。
3人は11時半になるのを待ちかねて、作文の書けた順に外に飛び出す。スポーツではいつも学校で活躍しているようだから、何も道場に来てまですることはないと思うのだが、1つは、一人一人学校が違うために、互いの腕自慢もしたくなるのだろう。だが、何より、互いに意気が投合しているようなのだ。
梅雨に入っても、天はこの3人に味方しているのか、土曜日は雨が降らない。もっとも、今年は空梅雨のようで、梅雨の晴れ間とはいっても、晴れ間のほうが多いようだ。
ところが、こういう時は雨が末期に集中し、ガラガラドッシャ−ンと雷が大音響を響かせて梅雨の明けることが多い。
今年は、それは夏休みに入るころだろうか。そうであれば、夏期講習の幕開けの合図のようでもある。
道場も、講習の準備は整った。現在「夏期時程 出席日時調査票」を配布しているところである。日程表が各人の希望の日時で埋まるころ、幕開けの合図が鳴り響くことだろう。
Jun.24 '07 < 進 化 >
早いもので、「赤」の入った添削答案を添付ファイルで送れるようになった話(下記5月27日付)をしてから1か月近くになる。これがすこぶる好評で、写りの鮮明さに「感動しました」というお便りもいただいた。
ファクスでも、薄い鉛筆書きでなければ、じゅうぶん読めるのだが、添削文字や線による指示は、やはり赤のほうが見やすいのだろう。
IT時代の通信添削講座において、これは一つの進化に数えてよかろう。「迅速・丁寧・鮮明」を旗印にできそうだ。
進化といえば、これは変化の部類に属しようが、半月ほど前、道場に異変があった。道場主が髪を切って丸坊主になったのである。多少の心境の変化があってのことであるが、本心は夏型にしてみたに過ぎない。幸い、「そのほうがいい」と言ってくれる人が少なからずいる。
頭の形を見てか、「ゼロからの出発ですか」と聞く人もいる。それに対しては「はい、初心に返ります」と答えることにしている。これは、あながち嘘ではない。ここからの進化に「乞う、ご期待!」といった心境でもある。
May 27 '07 < 三日以内に朱筆の添削答案を返送 >
ご存知のように、当道場では作文・小論文の通信添削を行っている。その方式には2とおりある。ファクスによるものと郵便によるものとである。どちらも答案は到着後3日以内に添削して返すことにしているが、希望の多いのはファクスのほうである。これは、手間と時間の点で効率がよいからである。
また、今どきのファクスは地球の裏側から送られても鮮明に写る。ただ一つ、ファクスの難点は「赤」が出ないことである。そのため、原稿を縮小コピーして、行間に書き込めない分を欄外に引っぱって書くなどの工夫をしているが、そんな作業をしながら、いつも待ち望んでいたのはカラーファクスの出現であった。
ところで、入試問題などをダウンロードすると、写真や図もカラーでプリントされて出てくる。最近になって、そのファイルはPDFだと分かって、わがプリンターを調べてみたところ、何と、その機能があるではないか。
さっそく、赤を入れた答案を「スキャン」してファイルを作り、メールに添付して送ってみたところ、写り具合が鮮明で、見違えるようにきれいだと大好評である。
中にはその道に詳しい方もおいでで、「解像度」のことなどを親切に教えてくださる。お陰で、ファイルにするまでの時間がスピードアップするなど、効率もよくなった。
長年の夢が実現したと、いささか感慨にもふけっている。リアルタイムでリアルな添削答案を届けられるようになったのだ。
引き続き「3日以内」を堅持すれば、遠隔地の諸君にもより満足してもらえるであろう。
May 14, 20 '07 < 武士道と大リーガー @、A>
4月来、古典的名著をあれこれ読み返している。高3のTくんがこれらに取り組んでいるためだ。
読み返すと言っても、往時の読みの浅さからして全く新たに読むのに等しい。Tくんの存在のお陰で、再びのめぐり合わせの幸運を味わうほか、世事に照らして新鮮な思いもさせてもらっている。
Tくんは高校に入った後も、月に一つのペースで作文を書いている。高2になって、秋からはAO入試、推薦入試に備えて、実績や抱負の整理を始めた。ボランティア活動や生徒会活動については、既に整理がついているといってよく、希望の大学の分析も進んだ。
あとは、時期がくれば清書をすればよいというところなのだが、お父さんの目から見ると、もの足りなさがあるようで、もっと視野を広げるため、賢者の知恵に触れさせたい、入試のためだけの勉強でなくてもよいという。そこで、三者で相談して、哲学・言語学の分野から名著を選んで、月に1冊の割合で読んでいこうということになった。
Tくんは現役の高校生であるから、あまり厚くないものがよかろう。また、入手しやすいものでなければなるまい。入手しやすいとなれば、文庫本や新書である。そこで、次のようなものが候補に挙がった。
プラトン『ソクラテスの弁明』、デカルト『方法序説』、福沢諭吉『学問のすゝめ』、新渡戸稲造『武士道』、……。
これらの候補のうち、お父さんの本棚にあるものからということで、『学問のすゝめ』、『武士道』、それに、最新の哲学思想にも触れておこうというわけで、内田樹『寝ながら学べる構造主義』を加え、とりあえず、この3つで出発することにした。
(@ May 14)
『武士道』が書かれたのは100年余り前で、欧米人に日本の道徳や思想、慣習は武士道によって形成されていることを語り聞かせるためであった。日清戦争と日露戦争の間のころで、日本人が欧米に対して、第二次世界大戦後ほど卑屈になっていない時代のことであった。
武士道の根底にあるものとして、義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義・克己等が挙げられ、それぞれについて詳述されているが、興味深いのは、第1章で「武士道はその表徴たる桜花と同じく日本の土地に固有の花で」あり、「今なお我々の間における力と美との活ける対象である」と述べ、終章で「武士道は一の無意識的なる、かつ抵抗し難き力として、国民および個人を動かしてきた」、「武士道は一の独立せる倫理の掟としては消ゆるかもしれない、しかしその力は地上より滅びないであろう」と述べられていることである。
この言は100年後の今も新鮮である。そのまま日本文化に当てはまる。街路やファッションはすっかり欧米化してしまったが、義を初めとする礼・誠・克己等の精神は文化の根底に流れているであろう。その具現されたものは、現代ではスポーツにおいて見ることができる。その最も顕著な姿は「礼」である。
剣道、柔道、相撲においては言うまでもないが、渡来スポーツの野球においてもその例が見られる。試合の開始と終了時にホームベースをはさんで交わす挨拶である。プロ野球はアメリカナイズされているが、この点については草野球においても、小学生に至るまでこの「礼」は守られているのである。
「礼」と言えば、アメリカ大リーグにおいて、日本人選手の、その例を目にする機会があった。
今月の初めごろであったか、レッドソックスとヤンキーズの試合で、松坂投手が相手の主砲・ロドリゲスにボールをぶつけてしまった。そのとき、松坂は帽子を脱いで会釈をした。アメリカの野球では謝るようなことはない。松坂にすれば、尊敬すべき相手に対し、思わず日本の慣習が出てしまったのだろう。
アメリカのファンはどう思ったであろうか。奇異に感じることはあっても、悪い印象はもたないであろう。印象といえば、我々日本人の目から見て、気になるものに「ガム」がある。日本のプロ野球でもガムをかむ選手が増えたが、くちゃくちゃやっている姿は見よいものではない。
そこへ行くと、イチロー、松井、松坂などの一流選手がガムをかんでいるのを見たことがない。救われる思いがするのは、われ一人のみならんや。
武士道には「品性」や「たしなみ」というものもある(第10章)。海外で活躍するアスリートたちは特に、この意味で武士であってほしいものである。
(A May 20)
Apr.22 '07 < 日々是好日 >
新緑の候、時に菜種梅雨気味の雨に見舞われもするが、芽吹きの木の葉を日に透かし見るのはまことに快い。
学校では新学期の勉強も進み始めたようで、道場での内申対策も歯車が噛み合ってきて、生徒諸君の姿勢には充実感が見てとれる。
例年のことながら、道場での勉強はゆとりをもってスタートする。ここで「ゆとり」というのは勉強のペースのことのほか、席の混み具合のことでもある。ウィークデーの夕方の時間帯は各曜日3コマ、計15コマあるが、4月は各コマに1人か2人、なぜか生徒は散らばっている。
だが、これでよいのだ。1人1人にゆっくり要領・必勝法を伝授できる。
作文では「いつ、どこで、何があったか。そして、それがどんなふうであったかを具体的に」という基本のパターンについて、実例をもってゆっくり手ほどきができる。国語では要約のしかた、英語なら訳の予習といった具合・案配である。
そして、5月、6月と月が進むにつれて2人か3人ずつ入門者を迎える。これらの諸君もなぜか、うまい具合に各コマに散らばる。新入生に手間をかけている間に、先に手ほどきを受けた諸君の作業は加速する。
ただ、例年になく、ということも1つある。それは土・日の午前中がほぼ満席になっていることである。電車で通ってくる諸君が多い。土・日といえば、月曜日にかけて、ファクスが集中する時でもある。このため、週の半ばまでは添削に明け暮れる。合い間に散歩に出る。
新緑の下、ともども「日々是充実」でもある。
Mar.18 '07 < 作文と証明問題 >
「コーちゃ」は中学2年生。国語が苦手で、数学が得意というタイプである。ふだんは週1回作文の練習をしているが、春休みは「春期講習」で、数学の証明問題を集中してやってみようということになった。
コーちゃは数学には天才的なひらめきがある。定期試験対策をしている折など、他の子が例えば方程式で行き詰まっているとき、「きみなら、どう解く?」と聞くと、たちどころにすらすらと書いて見せてくれる。立式の過程も分かりやすく話してくれる。
先月、学年末試験対策でマルちゃんが平行四辺形の証明問題で困っていた。そこで、例によって、コーちゃに応援を頼んだのだが、いつものようにすらすらとはいかない。ようやくできたものは何とも読みにくい。三角形の合同から始めているのはよいが、合同条件の順序がはっきりしないため、「ゆえに」とはいかないのだ。
天才肌であれば、学校では授業を聞かなくても、問題は解けるのだろう。そのために、教科書を読むこともなかったのかもしれない。教科書には美しい証明例が載っている。これにならって、合同条件を@、A、Bと書き並べれば、スムーズに「ゆえに」につながるのだが。
そこで、教科書を開いて、コーちゃにもマルちゃんにも、特に@、A、Bをはっきりさせて書くよう指示したところ、コーちゃには納得できるものがあったようだ。「一度、春休みにこんな問題をたくさんやってみるか」と言ったところ、コーちゃは素直にうなずいた。
コーちゃにこれを勧めたのには、もう一つわけがある。
コーちゃは作文を書くとき、例えば「スキー」という題では、出発までのことを詳しく書きすぎて、なかなかスキーをしたことにたどりつかない。たどりついても、簡単に「楽しかった」で終わる。こんなことが多い。つまり、焦点が合わず、無駄が多いのである。
もし、証明のように、必要なことを簡潔に書けるようになれば、作文も洗練されて、かつ、論理性も身につくのではないか。
そんな期待をこめて、現在「春期講習」8日間の教材をそろえている。
Mar.4 '07 < 作文のこころ >
3月1日、ノンちゃんが東大和高校に合格した。この学校はかつて野球で「都立の星」と呼ばれたこともあった。ランクは中の上で、願書を差し替えしての受験だったため、少々気がもめたが、9時過ぎに電話の向こうで元気な声が響いた。これを待って、翌2日に合格祝賀会を行う。下記「朗報の季節」の大学合格組には4か月ほど待たせたことになる。
恒例の合格祝賀会が終わると、カリキュラムは新年度に切り換わる。今年度の新しい試みは公立中高一貫校入試の「適性検査問題の検討講座」である。「通学案内」でお知らせしているように、3月中は試行期間としている。
俊ちゃんがさっそく意欲を見せたので、1日から始めることにした。俊ちゃんの目標は武蔵野地区の一貫校(都立武蔵高校付属中)であるから、傾向を概観しておくためにも、その問題例から見ていくことにする。問題例は「適性検査T」「同U」「同V」とあり、「T」は作文で、「U」「V」は教科関連の総合問題となっている。(問題例は「東京都教育委員会」→「武蔵高等学校」でダウンロードできる)。
本来この講座は作文を補完すべく、教科総合問題を検討するために設けたものであるが、この日は彩ちゃん、恵ちゃんの作文の時間だったので、いっしょに「T」の作文問題を検討することにした。
「T」はA,B二つの文章を読んで設問に答える形となっている。「問題一」はA,Bそれぞれの内容に見出しをつける、「問題二」は「『大発見』の判断基準の設け方」「『大発見』をするための日ごろの心がけ」を「自分の体験」にもとづいて書く、となっている。
検討内容の詳細は「公立中高一貫校入試の作文」に譲るが、「問題一」では、3人で解答を出し合って話しているうちに、問題例に付いている「解答例」よりもふさわしいと思われる見出しができた。
「問題二」ではこの種の設問に対してみんな”経験不足”であったが、例文をもとに類似の体験を出し合っているうちに、それぞれイメージが浮かんできたようだ。
そのイメージをもとに作文することを宿題にして検討会を終えようとするころ、彩ちゃんのお母さんが迎えに見えた。彩ちゃんは「栓抜き」についてのメモを作っている最中だったので、上がってもらって問題文を渡すと、メモと見比べながら「これを体験として書けばよいのですね」とおっしゃる。「そうです」。
彩ちゃんは2年余り作文を書いているから、体験をまとめるのに困難はない。それを冒頭に置けば、「判断基準」も「心がけ」も自然に付いて出てくるであろう。
お母さんは続けて「大切なのは『事実を正確に』書くこと、ですね」「そのとおりです」。
「事実を正確に」というのは、当道場の指導の根幹である。いかなる考えも判断も、事実に基づかない限り説得力をもたない。また、それを正確に伝えてこそ、相手の納得も共感も得られる。これは作文において心得るべき基本であり、いわば「作文のこころ」なのである。
Feb.4 '07 < 立春・迎春 >
なんと、2か月あまり・10週間ぶりの日記となった。
このホームページでは生徒作品とお知らせ類を隔週交互に掲載している。作品は掲載したいものが順番待ちの状態のため、隔週のペースで掲載しているが、日記が遅れたのは、「小学生の作文」や「中学生の作文と国語」、「公立中高一貫校の作文・書き方講座」などを整理・改装していたためである。
それはともかく、今日は立春、昔は元旦だった。そう考えれば、今日を今年の日記初めとするのも悪くない。よい区切りでもある。
折しも、朗報が届く。中高一貫校入試でSさんが県立広島中に合格した。立春!「この子を採らなきゃ、学校は損をする」というふうな生徒がいる。Sさんはそのような生徒の一人である。学校にとっても春だろう。迎春!
首都圏の中学入試は今月初めに行われたばかりで、発表は、特に国公立はこれからであるから、こちらは春を迎えるにはまだ少し間がある。
続報:華凛さんからファクスが入る。東京学芸大学附属国際中等教育学校に合格(Feb.7)。こちらへ。
春といえば、ビッグニュースが入っている。元旦(これは現在の元旦)から連載を開始した「スポーツ作文X(2)スキー大会記」の桜子さんが県大会、東北大会で2種目連覇を果たした。次は全国大会である。今週7〜9日に長野県の野沢スキー場で行われる。
「大会記」はこれまで、今年の大会に遅れないように掲載してきたので、全国大会の模様もローテーションを繰り上げ、この日記といっしょにアップロードすることにしよう。競技の結果は県大会・東北大会と同様、作文の後に「速報」することにする。
| 2007.2.07 作文道場の先生へ 学芸大附属に合格しました。 長かった受験がやっと終わりました。 学芸大附属が第一志望校なので、ここに入学したいと思います。 毎回作文の添削ありがとうございました。 日本語作文の課題は「一番大切にしているもの。また、大切にしている理由」でした。 今まで練習していたので、課題を読んですぐに書き始めることができました。 今はうれしい気持ちでいっぱいです。先生、どうもありがとうございました。 |
この学校は学芸大附大泉校を改編して今春開校する。華凛さんは長くドイツに住んでいたのでドイツ語でも受けたのだが、5.3倍の難関を突破した。
−2006年−
Nov.26 '06 < 朗報の季節 >
11月になると、大学推薦入試の合格発表が相次いで行われる。
今年の第1号はミオさん、中旬に秋草学園の地域保育学科に合格。続いて一昨24日にはアユさんが女子美術大学の芸術学科に、哲くんが東京農業大学オホーツクキャンパスの生物生産学科に合格を決めた。
いずれも公募推薦であったが、彼ら彼女達のすばらしさは自分の適性と将来の職業を考えて進路選択をしていることである。
ミオさんのお母さんには合格のお祝いに「最もふさわしい進路を選んだものと思います。きっとすてきな保母さんになることでしょう」と書いたものだった。ミオさんはおっとりした感じだが、小論文の練習答案にはいかにも子ども好きという様子がにじみ出ていた。
アユさんは、ハンドボール部のマネジャーを務めるほか、学校行事には積極的に参加し、また、1年に1回程度プロの劇団の舞台にも出演するなど、多彩な活動で高校生活を送っている。それでいて、将来は学校の先生になりたいという。絵を描くことが好きだから、というわけで、将来は美術の先生ということに相成った。
アユさんの性格は明るく、けれん味がない。笑顔が愛らしい。試験があった日の夜、道場で「アユちゃんはどうだっただろうか」という話が出たとき、「あんな生徒を採らなきゃ、大学は後悔することになるだろう」という声も聞かれた。小論文の答案練習は「体験を踏まえて考えを述べる」ことを基本にしているが、アユさんの体験の事例にはいずれもパンチがあった。
哲くんが道場に現れたとき、希望は東京農大のバイオセラピー学科だと言った。農業と聞いて、大いに意を強くした。基幹産業へ赴こうとする姿に頼もしさが感じられたのだ。反面、バイオテクノロジー等の「バイオ」人気で、東京農大は年々ランクを上げているために、倍率が心配でもあった。
哲くんは中学生の頃から高尾山(東京)でムササビの観察をしたり、三宅島でアカコッコという鳥の生態研究に参加したりしている。これらの興味・関心から、大学では野生生物の観察・研究をし、将来は絶滅種の保護に取り組みたいという。そうして、答案練習をしている間にも学校説明会に参加し、いろいろ話を聞いているうちに、オホーツクキャンパスに活動の場を見出した。
大志を抱いて、哲くんは北海道に渡る。
余談だが、道場では法学、経済、文学等の、いわゆる文系に進んだ諸君には「入学して一学期のうちに卒論のテーマを決めるように」と勧めている。これは、そうすることによって履修科目の取捨選択もより納得のいくものになるであろうし、卒論のための資料収集と思えば、授業を受けるにも身が入るだろうと思われるからである。
しかし、この3人には、そのような助言は要りそうにない。
「進学状況」についてはこちらへ。合格者の声はこちらの「ドキュメンタリー」で。
Oct.8 '06 < 公立中高一貫校の作文 >
「10月に入った。中高一貫校の作文に取りかかろう」
このところは、こんな手紙をメールやファクスで送っている。ぼつぼつ本格的に問題慣れしていかなければならない。その中にOくん、Tさん、Wさんがいる。もちろん、みんな小6である。
Oくんは埼玉、Tさんは広島、Wさんは東京の、それぞれ公立の中高一貫校を目差している。Oくんは夏休みから始めたので、これまでは作文の練習だけであった。TさんやWさんは春から始めたのだが、夏休み前に一度過去問を試しにやってみたところ、まだ練習不足だと言って作文にもどった。
彼、彼女たちは、今も学校生活第一で、それを楽しんでいる。塾の宿題で毎日がつぶされているようなことはなさそうだ。受験生の親としては心配な面があるかもしれないが、それでよいのだ。ただし、勉強をしないでよいというわけではない。「よく遊び、よく学び」。公立の一貫校が求めているのは「柔軟性」なのである。「広い視野と緻密な思考力」といえばよいか。
「特別に入試の勉強をしなくてもよい」とはいえ、入試問題にいきなり取り組んでも何をどう書けばよいか、要領が分からない。そのため、募集する側でも「例題」を出しているのだが、問題慣れはやはり必要である。彼、彼女たちは当面、これまでの作文と入試の過去問とを交互にやっていくことになる。
作文で心がけているのは「具体性」と「緻密さ」である。
Sep.24 '06 < かぼちゃまんじゅう >
「ピン、ポーン」とドアフォンが鳴った。土曜日の朝、11時ごろのことである。
「かぼちゃまんじゅうかな」と、小5の理咲ちゃんが筆を止めて、微笑む。
出てみると、やはりそうだ。シゲおばさんが「おはよう。もってきたよ」と差し出す。うすい黄色のまんじゅうが6個、パックに納まっている。
シゲおばさんは、まんじゅうや水ようかん、くずもちなどを朝早く作って、お得意さんというか、ファンに自転車で配達している。そして、余ると、道場に立ち寄る。のり巻やいなりずしの詰め合わせ、おこわをもっていることもある。かぼちゃまんじゅうはオリジナルのようだ。かぼちゃのあんこが薄皮で包まれている。
理咲ちゃんはかぼちゃまんじゅうが気に入っているので、理咲ちゃんの来る日にかぼちゃまんじゅうがあれば、たいていは買う。先週は売り切れていたので、予約する格好になった。このため、いつもは他のまんじゅうとの組み合わせになっているのだが、この日はオールかぼちゃまんじゅうになっていた。
その時間に作文を書いていたのは、他に小5の文隆くんと小6の翼くんである。高2の諒くんは帰ったばかりであったので、ちょうど2つずつ分けられる。
文隆くんはさっそくぱくりとやった。理咲ちゃんはお母さんと食べるのだと言って、机の上にお供えのように重ねて置いている。翼くんは、来てまだ日が浅いせいか、遠慮がちで手もつけない。
文隆くんは「おいしい」と言って、2つ目を平らげた。理咲ちゃんはお腹が鳴るらしい。一区切り付いたところで「ああ、お腹が空いた」と言って、とうとう一つを割って口に放り込んだ。翼くんは見向きもしないで、せっせと書いている。翼君には土産に持たせることにした。
Sep.10 '06 < 爽 秋 >
実際には残暑の日々である。熱帯夜のような寝苦しい夜も続いている。だが、時として、開け放した窓から、からっとした風を感じることもある。夏休みの間は朝から窓を閉めてクーラーをかけていたから、そんな風が通り過ぎると、二学期を実感する。
見出しの「爽秋」は、しかし、今のところはまだ願望にすぎない。
9月に入って、日曜日が少し忙しくなった。これまで「月1回のスクーリング」でAさん姉妹が月末の日曜日に訪れていたが、夏休みに入門者が増えたこともあって、日曜日の希望者がポツポツと現れたためである。主に近郊・首都圏の諸君であるが、土曜日が休みでない学校もあるのだ。
中には、土曜日が部活になってしまったからというUくんのような、土曜日からの引越し組もある。
学校5日制が始まった頃は、土曜日の午前中はすぐにいっぱいになるほどの賑わいであったが、近所の生徒諸君は次第にウィークデーに移るようになった。土曜日は朝寝をしたいという諸君もいるようだ。
あれやこれやで、二学期の編成はまだ落ち着かない。さりとて、こちらから日時を割り当てるのは控える。希望を待って調整することになるのだが、不思議といえば不思議なことに、1コマ3人に次第に落ち着いていく。
こうして、道場は爽やかな秋を迎える。
Aug.27 '06 < 千客万来人模様 >
夏期講習も20日過ぎの終盤に差しかかって、当初は虫食い状態だった「出席日時予定表」が埋まり始めた。夏の講習は、先月30日の項に書いたように、午前、午後、夕方に各2コマを設けている。1コマの時間は90分、定員は3人である。そのコマがそれぞれ3つの丸で埋まってきたのである。丸の中には名前の一字が記されている。
押せ押せの状態になると、時間ごとの入れ替わりにも気を配らなければならないが、各時間帯には時に異様なというか、おもしろい光景が見られる。小学生の中に大学生や社会人が交じっているのである。
ふだん、大学生や社会人には午前か夜においでを願う。このため、彼らはレギュラーの時間帯に出席しているわけなのだが、夏休みになると、それを小学生が取り囲んでいるのである。
だが、3人とも気にする様子はない。それぞれが自分の作業に集中しているからである。
ところが、ひとたび、例えば高校野球の決勝戦、延長再試合の話が投じられると、話に花が咲く。しかし、それもしばらくの間のことで、すぐに静寂がもどる。軒先では風鈴がリ〜ン、チリ〜ンと風に吹かれている。
静かな中の賑わいとでも言えばよいか、ホームページのほうも相当な賑わいである。ふだんは1日150ほどのアクセス数が夏休みに入って300〜400、お盆になって500を超えて600の台へ、20日には888を記録して以降700〜800。例年の倍ほどもあり、この分では1000を超える日もあるかと思われる。
1日に1000。ふと「千客」という言葉が浮かぶ。これに続く2文字は「万来」。「千客万来」、8月のアクセス数は3週間で1万に達したことでもある。
アクセス数が増えれば、新たな受講生を迎えることになる。そうして、ユニークな作文が増えることにもなろう。現に、夏からの諸君も愉快な作文を書いている。その模様は順次「Gallery」に展示していくことにしよう。
追記:この日以降、次のアクセス数となっている。
8/27…771、/28…852、/29…848、/30…973、/31…1193
夏休みの最終日になって、千客の到来を受けたのだ。(Sep.1)
Aug.13 '06 < 盆休み >
道場は昨12日(土)から19日(土)まで盆休みに入る。
休みといっても、生徒が現れないだけで、ファクスは受け付けているから、休業というわけではない。ふだん土・日に作文を送ってくる諸君の作文はコンスタントに届いている。
とはいえ、比較的解放されるせいだろう、窓辺の風鈴の音が快く響く。
風鈴は奥のほうの部屋の軒下に懸けてある。午後には陽の差し込む窓辺にも朝のうちは木々を透かしてそよ風が通る。机に向かうのも快く仕事がはかどる。
先月の30日(日)からホームページのアクセス数が300を超え、400に達しようとしている。例年のことだが、多くは読書感想文の書き方を調べているのではないかと思われる。
通学生はこの盆休みに一冊を読んで、下旬に仕上げにかかる。通信生も同様であるが、横浜のNくんは先週のうちにやってきて、要領をつかんで半分仕上げていった。
甲子園野球は炎天下で熱戦が繰り広げられている。当国分寺からは早稲田実業が出場し、二回戦を突破した。つい最近まで、早実は国分寺と聞いてもピンと来なかった。それというのも、もともと早実は新宿にあり、5年ほど前に引っ越してきたばかりだからだ。
早稲田は新宿というイメージが抜け切れないでいたが、生徒が一人二人とやってきて、甲子園へ応援に行ってきたという作文を読むと、次第に身近に感じるようになった。優勝候補の横浜高校を大差で破った大阪桐蔭高校を、これまた大差で破ったのだから、こうなれば優勝旗を持ち帰ってほしいとも思う。
野球といえば、プロ野球では中日ドラゴンズに早くもマジックナンバーが点灯した。これにつけて思い出されるのは、先月の初旬に添削した、九州のある国立大学の工学部生96人の答案の中に「中日ドラゴンズと私」という作文のあったことである。
愛知県出身の根っからのドラゴンズファンで、その答案を見ているときはちょうど中日が巨人に3連勝したときであったから、寸評に「ドラゴンズときみにエールを送ろう」と書いたものだった。彼は今、帰省してナゴヤドームに日参し、勝利のたびに快哉を叫んでいることだろう。
Jul.30 '06 < 友あり遠方より来たる >
道場の時間帯は夏休みには、次のようになる。
午前9時〜10時半、10時半〜12時、午後1時半〜3時、3時〜4時半、夕方6時〜7時40分、7時40分〜9時20分。
原則として、午前は小学生、午後は中学生、夕方は高校生と部活をする中学生となっている。
夏期講習は1講座(1科目)が7〜8回(時限)で、受講は任意であるが、たいていの生徒は1〜2講座を受ける。受講しない生徒は例月と同じ日数(回数)の出席となる。
出席日時は任意に選べる。これは、学校行事のほか、合宿や家族旅行等があって、当方で時間表を作って日時を指定した場合には穴が開いてしまうことがあるためである。
1つの時間帯(1コマ)の定員は3人で、出席日時は、あらかじめ希望を出しておいてもらって、ある時点で調整する。当初はその予定であったが、先着順に受け付けても、例年、不思議なことに、希望どおりにコマが埋まっていく。このため、現在は先着順としている。遅れた人には空いたところに入ってもらうが、特別の不都合もなく、コマは埋まってゆく。
夏休みともなると、都内・近県からの諸君も増える。埼玉県志木市のKくん、さいたま市のTくんたちは、夏の間は通って二学期からは通信で、中野区のHくん、板橋区のKくんは「月1回のスクーリングとファクスによる通信添削」を受ける予定でいる。
ふだんはファクスでやり取りしている諸君も顔出しにやってくる。大田区のHくん、横浜市のNくん等である。大田区のHくんにはまだ会ったことがない。顔を合わせるのが楽しみである。
通信講座のほうでは、今夏は広島のSさん、福岡のHさん、愛媛のTくんが新たな友となった。
今はイニシアルで紹介しているこれらの諸君も、やがて「作文ワールド」に本名で登場することになろう。
友といえば、来週の8日に秋田の桜子さんの訪問を受けることになっている。彼女は、下記1月22日〜2月9日の項で紹介したように、県大会、東北大会を制し、全国大会では2位となって、今や全日本のスキーのホープである。8月末から南米チリで約1か月合宿を行った後、国内でも同様の合宿を行い、そのままシーズンインするという。
桜子さんはスキーのほか、夏はバスケットボール部員として県大会準優勝に貢献してもいる。作文のほうも、昨秋は人権作文で県の教育長賞を受けるなど、文武両道の文のほうでも活躍している。
上記3大会での作文、奮闘ぶりの記録も仕上がった。本人の承諾を得て、いずれ「スポーツ作文」の特集でも組んで紹介することになろう。
海外では、「ワールド・クラシック・ベースボール」でおなじみの勇太郎くんが帰国の準備を始めてもいる。
Jul.16 '06 < 日曜日の道場 >
今日は朝8時半から高校生の諒くんが来て作文を書いている。
諒くんの出席日は土曜日なのだが、昨日はコンピュータ関係の資格試験を受けるということで、今日に振り替えた。諒くんは東京の西郊・青梅市から1時間半かけて通っている。
通常、日曜日の道場は休みである。ただし、「月1回のスクーリング」で、日曜日しか時間の取れない生徒もいる。私立の中学へ行っている明穂さんなどがそうだ。彼女たちの出席日は第4日曜日が慣例となっている。
この1週間ほどは気温が高く蒸し暑い日が続いている。
例年、クーラーを入れるのは夏休みに入ってからなのだが、このところはそうも言っていられない。生徒が来るころにはスイッチが入る。今日は駅から15分ほど歩いてくる諒くんのために、クーラーは8時から始動している。
諒くんが帰った後、道場はいつになく静かになった。ふだんでも自動車の音は聞こえてこないのだが、今日は路地の物音も聞こえてこない。「金魚の水槽のしづくならでは、つゆおとなふものなし」。軒に吊るした風鈴が、折々、リ〜ン、チリ〜ンと、かすかな音をたてる。
もうすぐ夏期講習が始まる。嵐の前の静けさなのだろうか。
Jun.18 '06 < 道場内外 >
散歩の途中、こんなものに出会った。
サツキの季節が過ぎようという頃、リボンが貴重だ。
道場の窓の外にはアジサイ。今年も白い大きな花をたっぷりとつけている。雨に打たれる姿は、いかにも梅雨を思わせる。晴れ間の陽に照らされると、夏の到来を思わせる。去年も同じようであった。こちらへ。
アジサイの手前、窓の内には金魚。種類は「丹頂(たんちょう)」
二匹が並ぶことはめったにない。ある日の夕方、5年生のメグちゃんがこれを見つけて、同級生のサエちゃんが「写真に撮ろう」と言ったので、このショットとなった。
タンチョウは本来、リュウキンのように尻尾がふんわりとして優雅なのだが、病気にかかったのか、それがなくなっている。付け根が赤くなって3日ほど底のほうでじっとしていた。祈るような気持ちで回復を待ったところ、今は元気に泳ぎまわっている。元の姿に返ることを、ひたすら祈る。
リ〜ン、チリ〜ン。机を囲んでそれぞれ作業をしていると、時々こんな音が聞こえてくる。奥の部屋の窓辺からだ。
少し早いが、風鈴を吊るした。他ではない。夏期講習の写真を考えていて、こうなった。
春期講習では散歩道の紅梅白梅の写真を配した。ならば、夏期講習も花でいこうか。今はアジサイが咲き誇っている。これも見事だ。だが、イメージとして暑すぎる。炎天の日々の講習であれば、涼しいイメージがほしい。
そこで風鈴を買ってきたのだが、いい音色に恵まれた。こちらから「夏期講習」の項へ。
May 21 '06 < 電話三話 >
三題噺ならぬ、ただの三つの話であるが、「さんわ」と入力すると「三話」が出てきたのには驚いた。それはともかく、……
〈1〉留守番電話
留守番電話の故障が直った。というより、修理代がかなりの額になるということなので、新しいのと取り替えた。
実は、ここ2〜3ヵ月か、それ以上、故障に気がつかないでいた。用件を再生しようとしても「ピー」と鳴るばかりで、「おかしいな」とは思っていたが、通話ができていたので、故障とは思わなかったのである。
それが、外からかけてみて、録音されないことが分かった。
これまで、録音されたものと思っていた方、あるいは、話している最中に切れてしまうので「失礼な奴」と思った方がおいでだったかもしれない。
そこで、通学生の家庭にも通信生の家庭にも、お詫びかたがた事情説明の手紙を出した。
〈2〉IP電話
「電話番号が変わったのですか」という質問を返信がてらにもらうようになった。もう1〜2年になるだろうか。公開している番号(042−325−0678)で掛けるのだが、050で始まる番号が出るということなのだ。
インターネットの回線を光ファイバーに切り替えたとき、IP電話も使えるということを聞いていたように思う。後で契約書類を見ると、なるほど番号が書かれている。当初は、IP電話などそんなに普及してないだろうから使うこともないだろうと思って、そのままにしておいたのだが、いつの間にか勝手に切り替わっていたのだ。
電話が掛かってきたとき、ディスプレイに見知らぬ番号が表示されると無視する家庭もあると聞く。幸い、こちらから掛けたときは、まだ一度も無視されたことはないようだが、勧誘電話が多い昨今、そんな目に遭わないとも限らない。
これについても、事情説明をしておいた。
〈3〉携帯電話
外出すると、渋滞に巻き込まれるなどして、約束の時間までに戻れそうもない時がある。加えて、このごろは公衆電話がなかなか見つからない。そこで、遅ればせながら携帯電話を携行することにした。
緊急を要する際など、適宜利用してくれるよう、併せて通知した。
◎ ファクス
ファクスはこれまでどおり元気に動いており、24時間待機している旨も付け加える。
Apr.30 '06 < ゴールデンウイーク >
5月3日(水)から7日(日)までの5日間、道場は休講する。これは、休んだ分の振り替えの調整が困難なためである。
ふだん、学校行事と重なる場合や急病などの場合は、出席日時を他の空いているところに振り替える。数が多いわけではないから、たいてい収まりがつく。ところが、ゴールデンウィークともなると、ほとんどみんなどこかへ出かけるから、振り替えの希望が翌週に集中する。
そうなると、定員3名のところに倍ほども希望の集まるコマが2つも3つもできるため、これをならすのが一仕事となる。どこにも収まらないという生徒も出てくる。そこで、いっそ休みにしてしまえば、こんな苦労をしないで済む。というわけで、休講にする次第である。
もっとも、通信の生徒諸君には窓口を開けてある。ファクスは、もちろん24時間待機している。道場には生徒が来ないだけで、道場主は本を読んだり、原稿を書いたり、添削をしたり、時にはナイターを見たりして道場で過ごしているから、散歩や野球の練習にでも出ない限り電話も受けられる。
しばらく奥多摩の山や滝に行っていないので、出かけることがあるかもしれないが、たいていは日帰りなので、「答案は3日以内に返送」という原則は守れそうである。
ふだん作文が遅れがちの諸君には、この休みを利用していくつか書くよう、催促してみようかとも考えている。
Apr.15 '06 < 始業式 >
このところ、生徒諸君の作文には「始業式」というのが多い。まだ記憶が鮮明で、順序立てて書きやすいからでもあろう。
その作文をいくつか読んでいて、’発見’のようなものがあった。それは、生徒たちは教室には入らず、校庭に集合してその場で解散していることである。
市内の公立小を例にとれば、生徒は8時半に集合する。集団登校する学校もあれば、1年生がいないからといって自主登校の学校もある。
新3年、新5年の生徒は新しいクラスの名簿をもらって、新しい学年・組の位置に整列する。全学年の生徒がそろったところで、校長先生のお話があり、先生の紹介がある。
滞りなく行われる始業式にも、1つの山がある。それは、クラス担任の発表の時である。歓声と落胆のため息が交互に起こるようだ。昔も今も、これは全国どこにおいても変わらぬ光景のようである。
期待がはずれた生徒は不満を書き記すが、理由がはっきりしない。だからといって、詮索は作文指導の本旨ではないので、これは文を整える程度にさせておく。
クラス担任の紹介の後、校歌を歌って始業式は終わる。その後、クラスごとに校庭の片隅で担任から翌日の指示を受けて解散する。
ずいぶん簡素だ。「なぜ、こんなに早く終わっちゃうんだろう」「この後、入学式があるからじゃない」「なるほど!」
Apr.2 '06 < WBC余聞 >
春期講習も半ばを過ぎた昨日は1日小休止をとった。折しも、東京地方は桜が満開となった。
世の中は三日見ぬ間に桜かな=i大島寥太)
朝は9時から講習を行って外出も怠りがちになると、桜を見てそんな気持ちにもなる。
プロ野球が開幕したが、WBC(World Baseball Classic)での王ジャパンの優勝の快感はまだ冷めやらぬようである。
折しも、ロサンゼルスの勇太郎くんから「ワールド・ベースボール・クラシック」という作文が寄せられた。野球の好きな尊之くんや祐馬くんによれば「うらやましい」ということであるから、ここに掲載することにしよう。
| 今回のワールド・ベースボール・クラシックは日本が勝ち、世界一になってとてもうれしかったです。 ぼくは、幸運にも二次リーグの行われたアナハイム球場のすぐ近くに住んでいます。 まず、試合の前日に日本食レストランで、ぐうぜん日本の選手に会いました。ぼくは選手のテーブルの所に行って「がんばってください」と声をかけました。そして、後ろ向きにすわっていた選手にサインをお願いしました。後でわかったことですが、それは大塚選手でした。大塚選手はよろこんでサインをしてくれ、しかも「おい、みんなもサインしてやれよ」と言ってくれたので、上原選手、長谷川選手のサインをもらうことができました。 とてもどきどきして行ったのですが、大塚選手がとても親切でびっくりしました。とてもうれしかったです。その次の日は日本とアメリカの試合を見に行きました。 そのことはまた今度書きます。 |
勇太郎くんは5年生で、来週「社会科作文」に登場する予定であるが、あの日米戦を見たとあっては、疑惑の試合が少年の目にどう映ったのか、そんなことにも期待がもたれる。
〔追記〕この続きの「ワールド・ベースボール・クラシック2」は「スポーツ作文」のページを設けて掲載することになった。こちらへ。
Mar.19 '06 < 春の面談 >
合格祝賀会を終えると、道場は新学期の態勢に切り換わる。これと前後して問い合わせが多くなり、常にも増してお母さん方がおいでになる。
ふだんは午前なら10時に、午後なら2時または3時においでを願う。授業見学の場合、生徒が来るのは午後4時からであるから、面談はその30分前〜1時間前からとなる。
春休みは、午後を面談に充てる。この時は東北や北陸、近畿、中国地方からの遠来の客を迎えることもある。今年も一人、首都圏からは二人。
道場は駅前の繁華街にあるのではなく、周りに森や植木畑の残る住宅街の、それも路地奥にある。果たして、こんな所で満足していただけるのだろうかと思うのだが、たいていの方にはこのほうがよいようだ。
春休みの午後はまた、新中3の諸君との三者面談にも充てている。2年生の通知表の成績をもとに目標を決め、受験勉強を本格化させる。正月前後に受験校を決めている場合もあるが、通知表が出たことによって気持ちが改まるのであろう、勉強もここから真剣みを帯びてくる。それを、春風と桜の花が後押しする。
桜前線の到来が待たれる。
Mar.5 '06 < 合格祝賀会 >
道場の1年はこの会をもって一区切りがつく。例年、都立高校の合格発表を待って、その週の土曜日の夕刻に開く。今年は昨4日がその日であった。
1日の発表日には、残る一人が難関を突破した。既に「通学案内」に「新着情報」として簡単に記しておいたことであるが、ここに転載しておこう。
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○ 新着情報 − 都立高校合格率100%(Mar.1 '06)
3月1日、今日は都立高校の合格発表日である。当道場では今年、花梨さんが立川高校を受験した。同校は旧制府立二中で、府立一中の日比谷高校と並ぶ多摩の名門である。
都立高校は、約25年前にグループ選抜制に移行して以来、私立高に押されて低迷していたが、4,5年前に都が進学指導重点校を指定したのを契機に人気を取り戻し、特に独自問題出題校(日比谷、西、立川、国立、……等)は私立の上位高と並ぶランクを回復した。
その難関に花梨さんは挑んだわけだが、1年余の努力が実って見事合格を果たした。
実は、当道場で今年都立高校を受けたのは彼女一人である。その一人が合格したのだ。合格率100%という次第だが、国語や英語の超長文の克服に努め、数学の記述問題で苦闘した日々が思い出される。
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祝賀会といっても、ホテルの一間を借り切ってやるわけではない。
いつもの勉強机が食卓に早がわりする。この周りを囲んで会食をし、おしゃべりをする。上述の花梨さんと、既に推薦合格を決めていた有理佳さん、それに、今年初めて6年生の二人が加わった。下記「立春」で既報の尊之くんと啓介くんである。(宗晃くんと海くんは通信生で、都内在住のため出席できないのは残念である)。
花屋さんには、前日までの桃の花に代わって、桜の花が入荷していた。うれしいことに「桜咲く」会となった。スイートピーに菜の花の黄色も映える。
会は「勇士は還りぬ」の斉唱で始まる。曲は甲子園大会などで優勝旗授与の時に演奏される、あの曲である。歌詞を記しておこう。
| 讃歌『勇士は還りぬ』 若き日は 再びあらず 歌えよ、いざ、よき友よ 若き日の 涙を分かち 歌えよ、いざ、よき友よ 幸い満ちたる この時よ 幸い満ちたる この時よ 若き日は 再びあらず 歌えよ、いざ、よき友よ |
お茶で乾杯をして、寿司をつまみながら、とりとめのない話に花が咲き、差し入れのケーキをいただくころには2時間が経過している。
互いに明日の新たな出発を約束して、散会となる。
Feb.5 '06 < 立 春 >
立春というのは、ただ暦の上のことではなく、この時期にはやはり春は近づいている。
いかにも冬を思わせる風景を撮っておこうと、2〜3日前、枯れ木を撮り歩いた。天気は快晴。太陽を背に、梢の群れを収めようとファインダーを覗いていたときのこと、枯れ木はしかし、寒空にリンと枝を張っているという風情ではない。
枝には何やら、極ごく薄いのだが、紫がかった色が漂っている気配である。春先、木々が芽吹く前の山に入ると、向かいの山が紫がかって見えることがある。あの色を極ごく薄くした、あるかないかの色の気配が感じられたのだ。木々の中では芽吹きや開花に向かっての胎動が始まっているのだろう。
春の訪れは、道場では朗報によってもたらされる。
2月に入ると、東京地方では中学入試が始まる。さっそく1日の夜、まず尊之くんから、聖徳学園合格。続いて啓介くん、明星学園合格。啓介くんは追って「理科作文」でホームページに登場する。
〔追記〕
9日、宗晃くん、小石川中等教育学校(都立中高一貫校)合格。宗晃くんは「社会科作文」に『鑑真記念館』で登場している。「理科作文」にも登場の予定である。
続いて10日、同じく小石川中等教育学校に海(かい)くん合格。海くんは「読書感想文」に『DIVE!!』で登場している。
お話変わって、立春に合わせたわけではないが、「通学案内」のサイトの改装・改築を行っている。事あるごとに書き加えているいるうちに、雑然としたたたずまいになってしまっていた。10日余りかけて、まだ進行中であるが、何とか見られるものになったであろうか。こちらへ。
Jan.22 '06 < 県中学スキー大会で2冠 >
朗報が飛び込んできた。中2の桜子さんが秋田県中学スキー大会で、大回転、回転の2種目を制覇し優勝したというのだ。桜子さんには「社会科作文」の『Saas Fee』で登場してもらっている。
さっそく快挙を報じる新聞を送ってもらった。何ともカッコいい写真が載っている。これが王者の滑りというものなのだろう。
![]() 「秋田さきがけ新報」(平成18年1月17日) |
左に「選手生命の危機克服」とあるが、それが当道場との縁ともなっている。
あちこちのサイトでいろいろ紹介したいところだが、このあと東北大会、全国大会が控えているということなので、取りあえず、ここで活躍ぶりを紹介しておくことにしよう。
〔追記(速報)〕東北大会(26〜27日:山形)、大回転で1位となったが、膝の靭帯に痛みが出たため、回転は途中棄権。
新聞記事の「選手生命の危機」というのは、両膝の靭帯を切ったことを指している。(Jan.28'06)
全国大会(2月:新潟)出場が危ぶまれる。
全国大会(2月7〜8日:新潟)では、大回転で2位ということだ。回転では入賞も逸したということだが、大健闘といってよい。来年が楽しみだ。スキー人生はまだ10年も、20年もあるだろうから、どうか治療に専念してほしいと思う。(Feb.9
'06)
Jan.15 '06 < チラシ太平洋を渡る >
先日、「新聞に入っていたチラシをロサンゼルスの孫に送りましたらね、ホームページを見て気に入ったらしく、『やってみる』というので、申込みにきました」と、おじいちゃん・おばあちゃんが訪ねて見えた。
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去年の暮、左のようなチラシを近辺に配布した。大きさはB4判。
表題の「社会科作文」の下には、「ひとことのアドバイスで、作文はたちまち紀行文になり、研究レポートになります」と入れてある。その下の表は掲載作品の一覧で、これは当のサイトからのコピーである。(こちらへ)
さらに、その下には「作文道場」の検索方法を記してある。ロサンゼルスのお孫さんとお母さんはここからアクセスしてくれたのだろう。「社会科作文」をはじめ、いろいろな作文を読んでくれたということである。
おじいちゃん・おばあちゃんには、生徒が書いた元の作文やファクスの出具合いを見ていただくなどして歓談したが、インターネットの時代の新しい縁ないし絆というものを実感するひとときであった。
…………………………………………
「社会科作文」には、生徒の写真を入れたり現地のホームページにリンクするなど、新しい試みをしているが、体裁はほぼ整った。
次は「理科作文」にでも取りかかろう。
Jan.1 '06 < 年賀状 >
今年の年賀状をウェブサイトの読者の皆さんにもお届けしよう。
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文字が読める程度にと思って拡大しているうちに、原寸を超してしまった。
ある年の元旦、目が覚めると障子が明るくなっている。時計を見ると6時だ。前日から漠然と、早く目が覚めたら御岳山(みたけさん)へ初詣に行こう、と考えていた。御岳山は東京・多摩の西方にある標高1000メートルほどの山だ。日の出は7時ごろだから、間に合わないだろうが、目覚めついでに出かけることにした。
JR中央線の西国分寺駅まで徒歩15分。東の空は「やうやう白く……」ではなく、赤っぽい。電車は西へ、立川まで10分。そこで青梅線に乗り換える。奥多摩行きであったか、最後尾に立って車掌室越しに遠ざかる景色を眺める。電車は西北西寄りに進む。15分ほどして拝島に着くころ、日の差すのが左後方の家々の間から見えた。
拝島駅でホームに降りて、念のため、その初日を撮っておいた。車掌さんは撮り終えるのを待ってくれていた。
拝島駅を出ると、電車は北西方向に進路を変える。曲がった瞬間、線路の彼方から日の光が車内に差し込んできた。夢中でシャッターを押す。その時、ドアが開いて「どうぞ」と言って、車掌さんが車掌室に招じ入れてくれた。正月のご祝儀か。
おまけに真ん中辺りを空けてくれている。文字どおり線路の真向こうから初日が差してくる。前にも増して夢中でシャッターを押す。逆光で撮ったから、写っているかどうかは分からないが、これは大きなお年玉だ。興奮さめやらぬまま、丁重に礼を言って車掌室を出る。
この後、御岳山からは銀色に光る東京湾を眺め、その先の大岳山ではシンメトリーの白妙の富士山を堪能するなど、大いに恵まれた元旦であったが、それがいつの年のことであったかは、ここでは言えぬ。昨今の世情からして、車掌さんに迷惑がかかってはならないからだ。
ただ、読者諸賢は車掌さんの計らいに共感してくださったであろう。
そこに光を感じて、あらためて、明けましておめでとうございます。
Dec.18 '05 < 夕日と子ネコ >
「ネコがゴミばこに、すてられているの。……ふくろにいれられて、……ふくろに」
3歳の孫が、近づいてきた人にたどたどしい口調でさかんに話しかけている。黒いジャンパーを着ぶくれて、だるまのような格好で訴えている。
12月18日、日曜日の夕方、多摩川の土手の上でのこと。
このところは大寒をもしのぐかと思われる寒さが続いている。雪が降っている地方も多い。日本列島で雪に見舞われていないのは東京とその周辺、阪神地方だけのようだ。朝晩は厳寒とも思える寒さだが、それでも、日中は風さえなければ暖かい。
少しでも外で遊ばせてやろうと、3歳と1歳になる男の子を連れ出して、野球をしブランコとすべり台で遊んだ帰り道、少し長居をしたために、夕日は間もなく沈もうとしている。土手の上にはカメラを構えた人が2人、3人と見える。富士山頂に沈む夕日を撮ろうというのだ。
ここは多摩川の左岸、立川市の富士見町付近。土手の上は車道になっている。車が2台ようやくすれちがえる。土手の下は幅100メートルほどの河川敷の草原で、その向こうに雑木林をはさんで川の流れがある。
ちなみに、この河川敷は当サイトに掲載の物語「晴球雨読」の舞台になっている所でもある。
日が沈めば急に寒くなる。しかし、富士山頂に夕日が沈むとあれば、一見に値しよう。バカチョンカメラをもっていることでもあるから、1枚撮っておこう。そう思って、時間つぶしにかけっこを始めようとしたとき、「にゃおー」という声が聞こえた。チビたちは、とたんに立ち止まって、声のするほうに目をやる。しかし、声はすれども、姿は見えぬ。
声のするほうに近づくと、ゴミの集積所がある。幅約1.5メートル、奥行き50〜60センチ、高さ約1メートルの箱が河川敷を背にする格好で置かれている。手前と上が格子状の網で、底と背面と両端が板になっている。声はこの箱の辺りから聞こえる。
「チョッ、チョッ、チョ」と舌を鳴らして呼びかけると、「にゃお」と応える。箱の中にはゴミ袋が5つほど入っている。その袋の陰にいるのかと思ったが、いない。念のため、箱の裏側を見てみたが、そこにも姿が見えない。声は依然聞こえる。袋に入れられているのか。
右から2つ目の袋が動いた。袋は薄い焦げ茶色のビニール製で、中は見えない。声はだんだん大きくなって、袋の揺れも激しくなった。中から袋を引っかいているようだ。そのうち、爪で引き裂いて出てくるだろうか。それとも、袋を切り裂いて出してやろうか。
そうこう思案をめぐらしているところへ、孫の声となった。近づいてきたのは赤ちゃんを毛布にくるんで散歩をしているおばあさんである。(そのおばあさんをAさんとしておく)。Aさんがのぞきこんでいるところへ、下手から乗用車が近づいてきて、ゴミ箱の並びに止まった。そして、運転席から中年の婦人が飛び出してきた。(この婦人をKさんとしておく)。
後で分かったことだが、Kさんは年老いた母親が富士山を見たいと言うので、助手席に乗せて連れてきたということであった。Kさんは袋を見るなり、「出してやりましょうよ」と言って、袋をほどきにかかった。「おしっこをしていれば、びしょぬれになっているでしょうし」とも言った。
焦げ茶のビニール袋をほどくと、驚いたことに、もう一つ厚手のビニール袋が出てきた。子ネコの爪では破れそうにない。もっと驚いたのは、その袋の中ほどがひもで縛られていたことである。「死なせてゴミにしようというわけなのね」Kさんだったか、Aさんだったかが溜め息まじりに言った。
袋は透明で、子ネコの姿が見える。黒っぽい焦げ茶に白い毛が混じっている。「ああ、やっぱりおしっこをしているわ」と言って、Kさんは袋を横にして子ネコを追い出した。案の定びしょぬれだ。子ネコはしばらくその場で泣いていたが、やがて土手を降りていった。
その姿を見ながら、Kさんが「袋を一つくれませんか」と言った。そこにはAさんの家族と思われるご婦人方がいた。(Bさん、Cさんとしておく)。Kさんは「近所に3匹も4匹も飼っている家がいくつかあるから、相談してみるわ」と言う。さっそくBさんが袋を取りに帰った。その後ろ姿に「紙の袋もあるといいね」という声がかかる。
Bさんが米用の袋とビニール袋をもって戻ったので、子ネコに声をかけると、土手を登ってきた。そして、Kさんの車の前輪のタイヤの上にちょこんと座った。Cさんが「タオルを取ってくる」と言って戻った。体を拭いてやろうというのだ。
ところが、Cさんがタオルをもって近づくと、子ネコは逃げて、タイヤの陰に隠れた。それを捕まえようとすると、車の下から出てひょいひょいと道路を横切ってススキの枯れ藪に逃げ込んだ。藪は幅3メートルほどで、住宅地との間にフェンスがあったから、捕獲は容易にできる思われた。ところが、4人がかりで包囲して分け入っても姿が見えない。予想の範囲を超えて、ススキのトンネルの中を抜けて逃げてしまったのだ。
「袋から出してやったことをもってよしとするか」「あれだけ元気なら、この厳寒のもとでも生き延びてくれるだろう」おそらくはそんな、半ば祈るような思いで、心優しい人々は顔を見合わせて解散した。3歳の孫も、心なしか、ほっとしているように見える。
振り返ると、夕日は既に富士山の向こうに沈んでいた。
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