
道場日記抄ー その2 −2004年〜2007年 |
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−2007年−
「模様替え」 「作文の素質」 「彼岸花」 「ホップする球」 「セミの脱皮」 「うれしい便り」
「ハスの花の色」 「梅雨の晴れ間」 「進化」 「超リアルタイムのリアルな添削答案」
「武士道と大リーガー」 「作文と証明問題」 「作文のこころ」 「立春・迎春・朗報」
Dec.16 '07 < 模様替え >
5年生の竣くんが「もようがえ」という作文を書いた。勉強机をリビングに移すことになって、それに伴ってピアノやテレビ、テーブル、その他の家具を動かしたが、机がリビングに入らないため机を分解したとか、テレビのコードが届かなくてホームセンターへ2日も行ったとかいう一種の騒動記である。
騒動といえば、道場の楽屋にも態勢を整えるに伴う騒動があった。そこで、竣くんの題を拝借した次第であるが、パニックといってもいいほどものであった。
ほかではない。パソコンを入れ替えたところ、うまく作動しなくなったのだ。4,5日前からのことである。
パソコンも3年を過ぎると、どこかに不具合が生じるようだ。われらがパソコンも動きが鈍くなった。そこで、最新の機能を備えたものに変えたのだが、あまり上等すぎると覚えるのがたいへんだ。メールなどもどこにどの機能があるのか分からない。添付ファイルがうまく開けない。おおよその見当で打ったら、どこかを傷めてしまったようだ。メール自体も開けない。
何より困ったのが、ホームページが動かないことだ。ファイルを取り込む方法には2通りある。前のパソコンからコピーを取って移す方法とサーバーからダウンロードする方法だ。だが、どちらもうまくいかない。ソフトも関係しているようだ。ソフトも身に余るほど上等すぎるのかもしれない。
このホームページには毎週1つは何かを入れており、今は日曜日に発信しているから、日曜までには何とかしたい。動かせないことに焦りが出る。開店休業かと思っていたところ、今日の昼ごろになって、どうやらダウンロードできたようだ。だが、急いで添削しなければならない答案があるため、夕方まで試行はお預けとなった。
これから、このサイトを試験的に転送する。うまくいったらおなぐさみ!
楽屋の模様替えが終われば、次は舞台の模様替えだ。
竣くんは机を移動したことによって勉強の能率が上がってきているようだ。作文にも具体性が盛り込まれて充実している。竣くんにあやかって、がんばろう。
Nov.11〜25 '07 < 作文の素質(1)(2)(3) >
(1)「うちの子は作文が苦手で、……」
訪ねておいでのお母さん方はどなたもこうおっしゃる。それに対する返事は「だれでもそうですよ。むしろ、得意な子はほとんどいないと言ってよいでしょう」となる。それは、学校では小学3年生を過ぎると、作文を書くことはあまりないためであるが、実際、文章を書くとなると、大人でも苦労するのである。
では、得意になる方法は、となると、要は書き慣れること、つまり、練習することである。ところが、多くの諸君が困っているのは何をどう書いてよいか分からないということである。
そこで、当道場では初めに、おもしろかったことや楽しかったことの「あんなこと、こんなこと」をメモ形式で書き出してもらう。
そのメモは「いつ、どこで、何があったか」で、作文ではその何について「それがどうであったか」を具体的に書いていくことになる。書き方のパターンをこのようにしておけば、何をどう書けばよいのかという第一の難題は解決する。あとは状況をありのままに書いていけばよいのである。
とは言うものの、言うは易く行うは難し。難題は続く。「具体的に書く」「事実を正確に」「主語・述語を整えて」等々。ただ、これらを具体例によって語れば、一巻を要する。そこで、これらについては取りあえず「作文ワールド」や「答案百花」の添削例をもって説明に代え、先へ進もう。
こうして、遅速の差はあるが、生徒諸君は書き慣れていく。これに関し、ここで問題として取り上げたいのは、筆が進み始めるまでは周りの者、特にお母さんには我慢が要るということである。
中には「うちの子は作文には向かない」と言って、あきらめてしまう人がいる。問題はこれである。
(2)「〜に向く・向かない」というのを、例えばスポーツにおいてみてみると、「野球に向く」とか「サッカーに向かない」とかいえるかと思う。これらについては、練習すれば、だれでもできるようになる。つまり、下地はあるのだ。
その下地を素質というなら、素質はだれにもあると言える。ただし、野球にせよサッカーにせよ、そこにプロ選手をもってくるなら、話は別である。スポーツであれ他の分野であれ、プロには一般の人とは違った何かがあるようだ。
そこで、話は少しそれるが、プロとアマの違いは何かを探ってみると、これを、例えば将棋においては「ロマンだ」と言った人がいる。いわく言いがたいところを言葉にすれば、こういうことになろうと思われる。けだし、名言である。
このようなロマンの有る無しを尺度に文章の世界でプロ考えてみると、それは言うまでもなく詩人や小説家であろう。ところが、作文を習おうとする者は必ずしもプロを目指しているわけではない。しかし、素質はあるのだ。
これを証明するには、「人間は言葉をもてる動物である」という命題で足りようか。少し深入りしてしまったようだが、野球やサッカーの素質はだれにでもあり、練習すればできるようになるのと同様、作文も練習次第でできるようになるのだ。
しかも、「詩や小説を書くのは難しいが、説明文や論文を書くのは易しい」のである。
(3)名作といわれる詩や小説は、芸術の一回性ということからすれば、方法を伝授することはできない。ただ模倣することができるだけである。
これに対し、説明文や論文は書き方を教えることができる。
ここにおいて、作文は説明文の類と考えればよい。繰り返しになるが、小説のような作文は考えなくてよい。否、考えてはならないといったほうがよい。
この観点から見れば、作文は「こんなことがあったんだよ」と説明する調子で書けばよいのである。基本的には「いつ、どこで、何があったか」→「それがどうであったか」を具体的に書いて、必要に応じて、それに意見・感想を添えればよい。この型でならだれでも書けるであろう。
ついでながら、論文の基本の型は「序論(事例・事実)→本論(検討・考察)→結論(見解・提言)」である。これにおいてはまず「事実」を確定すればよい。科学者ならば、実験・観察の結果を明示する類である。事例が確かならば、考察は確実なものとなり、結論も順当に得られるであろう。大切なのは「事実」である。理屈が「論理」なのではない。「事例」→「考察」→「見解」の流れが「論理」なのである。換言すれば、論理は事実に始まるのである。
したがって、大事なのは「事実」である。作文においては基本的に「事実を正確に書くこと」が求められ、論文(小論文)においては「事実の確定」ば求められる。この点において、難しいといえば難しいのは「事実」である。
だが、小説のような芸術性を要するものとは異なり、説明文の類は誰にも書けるのである。それは素質の問題ではなく努力の問題である。
急ぎ足になったしまったが、テーマが大きすぎたのかもしれない。より平易には、例文を交えて他日を期したい。
Oct.14 '07 < 著書改訂 >
このほど、著書『論作文の奥義』の改訂版が店頭に並ぶ運びとなり、現在『作文試験必勝のパターン』の改定作業に取り組んでいる。今週中には出版社に原稿を渡せる見込みである。
これまで、購読者の卒業年度に合わせて年度版を出していたが、手直し部分は時事問題の課題程度であるため、改訂は三年に一度くらいにしよう、その代わり、本文を全面的に見直して、必要ならば大改訂をしようということになった。春先のことである。
自らの著書でありながら、時がたてば細かいところは忘れている。そこで、大改訂を前提に『奥義』のほうから、腹を据えて読み直しにかかった。ところが、読んでみると、実に快い。話の運びがスムーズで、思考を持続したまま読んでいける。むしろ、よくもこれだけ細やかな組み立てができたものだと、我ながら感心するほどである。
友人・知人にも読んでもらったが、これといったミスはなく補足も不要のようである。このほうは課題例を補ったくらいで、夏休み前に作業を終了した。
『必勝のパターン』のほうは、締め切りを少し延ばしてもらって今月に入って読み直しを始めた。このほうは書き方としての「作文の極意」のところをやり直そうと思って、それなりの覚悟で臨んだのだが、「えいっ、やっ!」という呼吸も、いいタイミングで入っている。話の運びも『奥義』同様、スムーズである。
結局、『必勝のパターン』は、敬語が3種類から5種類に分類されるという記事を補足するだけで改定作業は済みそうだ。
最初にしっかり作っておけば、長持ちするものだということをしみじみ実感している。
ちなみに、初版以来『奥義』は11年目に、『必勝のパターン』は8年目に入る。目次等の概要はこちらへ。
Sep.23 '07 < 彼岸花 >
「立秋から1か月半、まだまだ暑い日がつづいておりますが、抜けるような青空や、時折浮かぶうろこ雲を見ると、秋の到来を感じさせられます。気がつけば、ススキも穂を出しています」
通学生の家庭向けの「今月の手紙」にこんなことを書いて間もなく、今朝の7時のニュースでは「秋を見つけた」と言って、彼岸花を映していた。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるが、「果たして今年はどうか」というのが、その時の予報士の予測でもあった。とはいうものの、今朝の東京地方は、曇っているせいか、むし暑さの中にも風が涼しい。
彼岸花といえば、埼玉県の幸手市では、桜並木の土手に「ヒガンバナロード」を作っているらしい。これから各地にこんな「名所」ができて、テレビや新聞・雑誌で紹介されるだろうが、今のところ、圧巻は西武池袋線高麗駅の近くにある「巾着田」であろう。埼玉県の南西部にある。
去年のものだが、写真を一つ掲載しておこう。
ここに写っているのはこのエリアの三分の一くらいで、このようなエリアがもう一つある。
Sep.9 '07 < ホップする球 >
今日、正午のニュースでレッドソックスの松坂が12敗目を喫したと報じられた。朝の8時半ごろは4対1でレッドソックスがリードしていたから、「松坂は軽く15勝」と思っていただけに、3回に8点も取られたと知ってあっ気にとられた。
松坂はよく打たれる。思うに、躍動するフォームからのホップする球が影を潜めたからであろう。
ホップする球といえば、現在その球で日本球界を代表するのは阪神の藤川であろう。クローザーとして、ほとんどストレートで勝負しているが、三振に打ち取ることが多い。ウィニングショットは確かにホップして見える。その藤川の阪神タイガースは昨夜、首位巨人を破って首位に立った。
西武ライオンズ時代の松坂の球は、藤川に劣らずホップしていたものだった。早くその球のよみがえることを祈る。
今日は午前中授業をしていたために、レッドソックスの試合を見損ねたわけだが、今日で出席日時の希望も出そろって、二学期の出席予定表がほぼ決まった。
大きな変化は、土曜日の午前中の2コマがふさがったために、午後に1コマ設けたこと、および、日曜日の午前中も1コマから2コマに増やしたことである。
さらに、土曜日の午後に1コマ増やしたことによって、それまで行っていたボランティアもどきの活動ができなくなったため、代わりに水曜日をそれに当て、授業は休みとした。この日を希望する諸君には他のウィークデイに移ってもらった。これによって、6時をはさんだウィークデイの2コマもそれぞれ2〜3人ずつで落ち着いてきている。
二学期のこの充実ぶりは、夏期講習から加わった諸君の9割が継続したことによる。これまで教室で、また、このホームページで投げかける言葉に磨きがかかってきたのかなとも思う。言葉はストレートに投げかけているが、もしかしてホップしているのだろうか。
これからも1球1球、一語一語に心をこめて投げていこう。昼下がりの風が残暑の中に快い。
Aug.12 '07 < セミの脱皮 >
昨11日より道場は9日間の夏休みに入る。
夏休みといっても、通学生の授業は休みというだけで、ファクスは受け付けている。道場主はその間、海を見に2〜3日空けるほかは、もっぱら読書である。生徒が来ない限りはクーラーを止めて、自然の風が窓から入るのを待ちながら、椅子に寄りかかってページを繰る。それにしても、暑い。猛暑だ。汗が吹き出る。
それはともかく、読書とはいっても、なかなか趣味の読書とはまいらぬ。文章の要約をする諸君や推薦入試を受ける諸君のための材料探しを優先しなければならない。
下記、5月14日付けの高3Tくんの名著の講読も、夏休みに入って拍車がかかってきた。このため、先回りして読んでおかなければならない。『学問のすゝめ』『武士道』『本を読む本』を終え、現在『寝ながら学べる構造主義』に取り組んでいる。これが終わると『ソクラテスの弁明』から『方法序説』に移る。
義務で読もうとするとしんどいから、話を楽しむことにしている。昨日は最近の話題の書『日本人の矜持・九人との対話』(藤原正彦)をひもといた。ところで、この時期の難物は甲子園で高校野球が始まっていることである。あの試合、この試合が気になってテレビをつける。ついつい見入ってしまうが、見届けたほうが読書の能率が上がるようだ。
3〜4日前のこと、所用があって夜10時過ぎにコンビニへ行く途中、神社の横の例の広場を通り抜けようとすると、老夫婦が懐中電灯で杉の大木を照らしながら「あっ、ここにもいる」「あら、ほんと。今出てくるところね」と話を交わしている。斜め向かいのご夫妻だ。セミが脱皮しているのだという。
近寄ると、電灯をかざして見せてくれた。杉の木につかまっているのもいれば、何かの葉っぱにぶら下がっているのもいる。羽がうすいみどり色だ。時間がたつにつれて、数分のうちに茶色に変わっていくという。今までこんなものは見たことがない。貴重な現象だ。さっそくカメラを取りに戻る。
道々、ホームページで明くんの「モンシロチョウ」と康輔くんの「カブトムシ」の作文が思い浮かんだ。両方とも、誕生の観察記録だから、これらに並ぶ記事ができるかもしれないと思ったのだ。
後で分かったことだが、セミの脱皮はたいてい夜だという。だから、たいていの人の目には触れない。それもさることながら、脱皮時の羽の色は貴重な記録になるぞと思ったものだった。
セミは、あまり大きくないからアブラゼミではなく、ニイニイゼミのようだ。実際、翌日その付近で鳴いている声を聞くと、「ギーギー」というよりは「ジージー」という感じであった。だが、果たして当たっているだろうか。生徒諸君には、こんなことがあれば「よく調べろ!」と言うのだが。
明くんと康輔くんの作文については、こちらへ。
Jul.29 '07 < 道場の夏 うれしい便り >
関東地方にはまだ梅雨明け宣言が出されず、下手をすると、このまま立秋を迎えかねないが、仮に雨が降り続いたとしても、道場には「ああ、夏が来た」あるいは「夏休みに入った」と実感できる一事がある。
それは、夏休みに入ったとたんに、このホームページへのアクセス数がはね上がることである。ふだんのアクセス数は1日150ぐらいであるが、20日を境に250〜300になる。ついでに言えば、8月になると400、お盆のころからは500、下旬には600〜700、そして、31日には1000を記録することもある。
夏期講習は今日で10日目になる。もっとも、今日は日曜日で終日休みである。月曜から土曜日までは午前、午後、夜にそれぞれ2コマを設けている。1コマ90分で、1コマの定員は3人である。原則、午前は小学生、午後は中学生、夜は高校生としている。
受講と出席日時は任意としているため、講習が始まったころは各コマに空席も目だったが、現在、午前は各コマほぼ3人、午後は2人、夜は1人というふうに、きれいに出そろった。新入の諸君の講習もこれから本格化することになる。
うれしい便りも届いている。佐賀大学工学部の先生からである。
<本日,添削答案を拝受いたしました.昨年同様,とても丁寧な添削とご指導ありがとうございました.昨年に比べ,評価が上がっていることに,昨年度,カリキュラム改定を行った効果が少しは現れているのかな?と喜ばしく思っています.「添削をして気づいたこと」については答案返却時に話をしたいと考えております.「添削サービス」が終了するとのことですが,「論作文の奥義」は当学科の1年生にとって,非常に読みやすく,文章を書く際の最良の参考書になると思っていますので,来年からも継続して「大学入門科目」のテキストとして使わせていただくつもりです.また,添削も引き続きお願いできればと思っておりますので,新版が出た頃に,ご相談させてください>。
Jul.15 '07 < ハスの花の色 >
世の中には喩えようもなく美しいものがある。「えもいわれぬ」というふうに形容される。そんなものの一つにハスの花の色がある。薄くれないというのが近いと思われるが、じゅうぶんに言い表しているとはいえない。ピンクというのはもっとそぐわない。
優美で気品があると評する人がいる。気品があるというのは、まことにそのとおりに思われる。それもそのはず、この花は仏様の台座に使われるほどなのである。そうと知ると、薄くれない風情の色に奥ゆかしさが感じられる。思うに、くれない色が白まじりにフェイドアウトしていくところに美があるのだろう。
かねがね、その花をゆっくり見てみたいと思いながら機会を得ず、蓮池があると聞いて立ち寄っても、いつも花期が過ぎていた。それが、4〜5日前、たまたまタウン誌を手にしたとき、「蓮を観る会」という記事が目についた。隣の府中市の公園で3日間開かれるという。
ちょうど、著書『論作文の奥義』の改定作業を終え、佐賀大学工学部から依頼された答案99枚の添削も間もなく終えるというころであった。一息つくには格好の機会だ。
一昨日早朝、府中市健康センターの修景池に出かけた。ここは古代ハスを開花させたことで有名な大賀一郎博士ゆかりの地である。池畔には胸像が建っている。
大賀蓮は早咲きで、6月中旬ごろに咲き始めるということであった。つぼみがいくつか残っていたが、開くのは翌朝ということで、優美な姿にはお目にかかれなかった。代わりに、「原始蓮」という名の一輪がカメラに収まった。
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Jul.8 '07 < 梅雨の晴れ間 >
このところ、土曜日の昼近くになると、近所の広場でサッカーや野球が始まる。
道場の前の道を家二軒分ほど通り過ぎると、神社の広場に突き当たる。広場の広さは、校庭を目安にすると、100メートルトラックをとれる運動場の三分の一ほどである。
したがって、サッカーとはいっても、軽いパス回しやシュート程度のことしかできず、野球のほうもキャッチボールやテニスボールのハーフバッティング程度である。ところが、これがおもしろいらしい。メンバーは主に将くん、文ちゃん、諒くんの3人である。
3人は11時半になるのを待ちかねて、作文の書けた順に外に飛び出す。スポーツではいつも学校で活躍しているようだから、何も道場に来てまですることはないと思うのだが、1つは、一人一人学校が違うために、互いの腕自慢もしたくなるのだろう。だが、何より、互いに意気が投合しているようなのだ。
梅雨に入っても、天はこの3人に味方しているのか、土曜日は雨が降らない。もっとも、今年は空梅雨のようで、梅雨の晴れ間とはいっても、晴れ間のほうが多いようだ。
ところが、こういう時は雨が末期に集中し、ガラガラドッシャ−ンと雷が大音響を響かせて梅雨の明けることが多い。
今年は、それは夏休みに入るころだろうか。そうであれば、夏期講習の幕開けの合図のようでもある。
道場も、講習の準備は整った。現在「夏期時程 出席日時調査票」を配布しているところである。日程表が各人の希望の日時で埋まるころ、幕開けの合図が鳴り響くことだろう。
Jun.24 '07 < 進 化 >
早いもので、「赤」の入った添削答案を添付ファイルで送れるようになった話(下記5月27日付)をしてから1か月近くになる。これがすこぶる好評で、写りの鮮明さに「感動しました」というお便りもいただいた。
ファクスでも、薄い鉛筆書きでなければ、じゅうぶん読めるのだが、添削文字や線による指示は、やはり赤のほうが見やすいのだろう。
IT時代の通信添削講座において、これは一つの進化に数えてよかろう。「迅速・丁寧・鮮明」を旗印にできそうだ。
進化といえば、これは変化の部類に属しようが、半月ほど前、道場に異変があった。道場主が髪を切って丸坊主になったのである。多少の心境の変化があってのことであるが、本心は夏型にしてみたに過ぎない。幸い、「そのほうがいい」と言ってくれる人が少なからずいる。
頭の形を見てか、「ゼロからの出発ですか」と聞く人もいる。それに対しては「はい、初心に返ります」と答えることにしている。これは、あながち嘘ではない。ここからの進化に「乞う、ご期待!」といった心境でもある。
May 27 '07 < 超リアルタイムのリアルな添削答案 >
ご存知のように、当道場では作文・小論文の通信添削を行っている。その方式には2とおりある。ファクスによるものと郵便によるものとである。どちらも答案は到着後3日以内に添削して返すことにしているが、希望の多いのはファクスのほうである。これは、手間と時間の点で効率がよいからである。
また、今どきのファクスは地球の裏側から送られても鮮明に写る。ただ一つ、ファクスの難点は「赤」が出ないことである。そのため、原稿を縮小コピーして、行間に書き込めない分を欄外に引っぱって書くなどの工夫をしているが、そんな作業をしながら、いつも待ち望んでいたのはカラーファクスの出現であった。
ところで、入試問題などをダウンロードすると、写真や図もカラーでプリントされて出てくる。最近になって、そのファイルはPDFだと分かって、わがプリンターを調べてみたところ、何と、その機能があるではないか。
さっそく、赤を入れた答案を「スキャン」してファイルを作り、メールに添付して送ってみたところ、写り具合が鮮明で、見違えるようにきれいだと大好評である。
中にはその道に詳しい方もおいでで、「解像度」のことなどを親切に教えてくださる。お陰で、ファイルにするまでの時間がスピードアップするなど、効率もよくなった。
長年の夢が実現したと、いささか感慨にもふけっている。
ある出版社が「リアルタイムの通信添削」を謳っているがいるが、3週間がリアルであるなら、こちらは「超リアル」と言ってよいであろう。「超リアルタイムのリアルな添削答案」を届けられるようになったのだ。
引き続き「3日以内」を堅持すれば、遠隔地の諸君にも以前に増して満足してもらえるであろう。
May 14, 20 '07 < 武士道と大リーガー @、A>
4月来、古典的名著をあれこれ読み返している。高3のTくんがこれらに取り組んでいるためだ。
読み返すと言っても、往時の読みの浅さからして全く新たに読むのに等しい。Tくんの存在のお陰で、再びのめぐり合わせの幸運を味わうほか、世事に照らして新鮮な思いもさせてもらっている。
Tくんは高校に入った後も、月に一つのペースで作文を書いている。高2になって、秋からはAO入試、推薦入試に備えて、実績や抱負の整理を始めた。ボランティア活動や生徒会活動については、既に整理がついているといってよく、希望の大学の分析も進んだ。
あとは、時期がくれば清書をすればよいというところなのだが、お父さんの目から見ると、もの足りなさがあるようで、もっと視野を広げるため、賢者の知恵に触れさせたい、入試のためだけの勉強でなくてもよいという。そこで、三者で相談して、哲学・言語学の分野から名著を選んで、月に1冊の割合で読んでいこうということになった。
Tくんは現役の高校生であるから、あまり厚くないものがよかろう。また、入手しやすいものでなければなるまい。入手しやすいとなれば、文庫本や新書である。そこで、次のようなものが候補に挙がった。
プラトン『ソクラテスの弁明』、デカルト『方法序説』、福沢諭吉『学問のすゝめ』、新渡戸稲造『武士道』、……。
これらの候補のうち、お父さんの本棚にあるものからということで、『学問のすゝめ』、『武士道』、それに、最新の哲学思想にも触れておこうというわけで、内田樹『寝ながら学べる構造主義』を加え、とりあえず、この3つで出発することにした。
(@ May 14)
『武士道』が書かれたのは100年余り前で、欧米人に日本の道徳や思想、慣習は武士道によって形成されていることを語り聞かせるためであった。日清戦争と日露戦争の間のころで、日本人が欧米に対して、第二次世界大戦後ほど卑屈になっていない時代のことであった。
武士道の根底にあるものとして、義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義・克己等が挙げられ、それぞれについて詳述されているが、興味深いのは、第1章で「武士道はその表徴たる桜花と同じく日本の土地に固有の花で」あり、「今なお我々の間における力と美との活ける対象である」と述べ、終章で「武士道は一の無意識的なる、かつ抵抗し難き力として、国民および個人を動かしてきた」、「武士道は一の独立せる倫理の掟としては消ゆるかもしれない、しかしその力は地上より滅びないであろう」と述べられていることである。
この言は100年後の今も新鮮である。そのまま日本文化に当てはまる。街路やファッションはすっかり欧米化してしまったが、義を初めとする礼・誠・克己等の精神は文化の根底に流れているであろう。その具現されたものは、現代ではスポーツにおいて見ることができる。その最も顕著な姿は「礼」である。
剣道、柔道、相撲においては言うまでもないが、渡来スポーツの野球においてもその例が見られる。試合の開始と終了時にホームベースをはさんで交わす挨拶である。プロ野球はアメリカナイズされているが、この点については草野球においても、小学生に至るまでこの「礼」は守られているのである。
「礼」と言えば、アメリカ大リーグにおいて、日本人選手の、その例を目にする機会があった。
今月の初めごろであったか、レッドソックスとヤンキーズの試合で、松坂投手が相手の主砲・ロドリゲスにボールをぶつけてしまった。そのとき、松坂は帽子を脱いで会釈をした。アメリカの野球では謝るようなことはない。松坂にすれば、尊敬すべき相手に対し、思わず日本の慣習が出てしまったのだろう。
アメリカのファンはどう思ったであろうか。奇異に感じることはあっても、悪い印象はもたないであろう。印象といえば、我々日本人の目から見て、気になるものに「ガム」がある。日本のプロ野球でもガムをかむ選手が増えたが、くちゃくちゃやっている姿は見よいものではない。
そこへ行くと、イチロー、松井、松坂などの一流選手がガムをかんでいるのを見たことがない。救われる思いがするのは、われ一人のみならんや。
武士道には「品性」や「たしなみ」というものもある(第10章)。海外で活躍するアスリートたちは特に、この意味で武士であってほしいものである。
(A May 20)
Mar.18 '07 < 作文と証明問題 >
「コーちゃ」は中学2年生。国語が苦手で、数学が得意というタイプである。ふだんは週1回作文の練習をしているが、春休みは「春期講習」で、数学の証明問題を集中してやってみようということになった。
コーちゃは数学には天才的なひらめきがある。定期試験対策をしている折など、他の子が例えば方程式で行き詰まっているとき、「きみなら、どう解く?」と聞くと、たちどころにすらすらと書いて見せてくれる。立式の過程も分かりやすく話してくれる。
先月、学年末試験対策でマルちゃんが平行四辺形の証明問題で困っていた。そこで、例によって、コーちゃに応援を頼んだのだが、いつものようにすらすらとはいかない。ようやくできたものは何とも読みにくい。三角形の合同から始めているのはよいが、合同条件の順序がはっきりしないため、「ゆえに」とはいかないのだ。
天才肌であれば、学校では授業を聞かなくても、問題は解けるのだろう。そのために、教科書を読むこともなかったのかもしれない。教科書には美しい証明例が載っている。これにならって、合同条件を@、A、Bと書き並べれば、スムーズに「ゆえに」につながるのだが。
そこで、教科書を開いて、コーちゃにもマルちゃんにも、特に@、A、Bをはっきりさせて書くよう指示したところ、コーちゃには納得できるものがあったようだ。「一度、春休みにこんな問題をたくさんやってみるか」と言ったところ、コーちゃは素直にうなずいた。
コーちゃにこれを勧めたのには、もう一つわけがある。
コーちゃは作文を書くとき、例えば「スキー」という題では、出発までのことを詳しく書きすぎて、なかなかスキーをしたことにたどりつかない。たどりついても、簡単に「楽しかった」で終わる。こんなことが多い。つまり、焦点が合わず、無駄が多いのである。
もし、証明のように、必要なことを簡潔に書けるようになれば、作文も洗練されて、かつ、論理性も身につくのではないか。
そんな期待をこめて、現在「春期講習」8日間の教材をそろえている。
Mar.4 '07 < 作文のこころ >
3月1日、ノンちゃんが東大和高校に合格した。この学校はかつて野球で「都立の星」と呼ばれたこともあった。ランクは中の上で、願書を差し替えしての受験だったため、少々気がもめたが、9時過ぎに電話の向こうで元気な声が響いた。これを待って、翌2日に合格祝賀会を行う。下記「朗報の季節」の大学合格組には4か月ほど待たせたことになる。
恒例の合格祝賀会が終わると、カリキュラムは新年度に切り換わる。今年度の新しい試みは公立中高一貫校入試の「適性検査問題の検討講座」である。「通学案内」でお知らせしているように、3月中は試行期間としている。
俊ちゃんがさっそく意欲を見せたので、1日から始めることにした。俊ちゃんの目標は武蔵野地区の一貫校(都立武蔵高校付属中)であるから、傾向を概観しておくためにも、その問題例から見ていくことにする。問題例は「適性検査T」「同U」「同V」とあり、「T」は作文で、「U」「V」は教科関連の総合問題となっている。(問題例は「東京都教育委員会」→「武蔵高等学校」でダウンロードできる)。
本来この講座は作文を補完すべく、教科総合問題を検討するために設けたものであるが、この日は彩ちゃん、恵ちゃんの作文の時間だったので、いっしょに「T」の作文問題を検討することにした。
「T」はA,B二つの文章を読んで設問に答える形となっている。「問題一」はA,Bそれぞれの内容に見出しをつける、「問題二」は「『大発見』の判断基準の設け方」「『大発見』をするための日ごろの心がけ」を「自分の体験」にもとづいて書く、となっている。
検討内容の詳細は「公立中高一貫校入試の作文」に譲るが、「問題一」では、3人で解答を出し合って話しているうちに、問題例に付いている「解答例」よりもふさわしいと思われる見出しができた。
「問題二」ではこの種の設問に対してみんな”経験不足”であったが、例文をもとに類似の体験を出し合っているうちに、それぞれイメージが浮かんできたようだ。
そのイメージをもとに作文することを宿題にして検討会を終えようとするころ、彩ちゃんのお母さんが迎えに見えた。彩ちゃんは「栓抜き」についてのメモを作っている最中だったので、上がってもらって問題文を渡すと、メモと見比べながら「これを体験として書けばよいのですね」とおっしゃる。「そうです」。
彩ちゃんは2年余り作文を書いているから、体験をまとめるのに困難はない。それを冒頭に置けば、「判断基準」も「心がけ」も自然に付いて出てくるであろう。
お母さんは続けて「大切なのは『事実を正確に』書くこと、ですね」「そのとおりです」。
「事実を正確に」というのは、当道場の指導の根幹である。いかなる考えも判断も、事実に基づかない限り説得力をもたない。また、それを正確に伝えてこそ、相手の納得も共感も得られる。これは作文において心得るべき基本であり、いわば「作文のこころ」なのである。
Feb.4 '07 < 立春・迎春 >
なんと、2か月あまり・10週間ぶりの日記となった。
このホームページでは生徒作品とお知らせ類を隔週交互に掲載している。作品は掲載したいものが順番待ちの状態のため、隔週のペースで掲載しているが、日記が遅れたのは、「小学生の作文」や「中学生の作文と国語」、「公立中高一貫校の作文・書き方講座」などを整理・改装していたためである。
それはともかく、今日は立春、昔は元旦だった。そう考えれば、今日を今年の日記初めとするのも悪くない。よい区切りでもある。
折しも、朗報が届く。中高一貫校入試でSさんが県立広島中に合格した。立春!「この子を採らなきゃ、学校は損をする」というふうな生徒がいる。Sさんはそのような生徒の一人である。学校にとっても春だろう。迎春!
首都圏の中学入試は今月初めに行われたばかりで、発表は、特に国公立はこれからであるから、こちらは春を迎えるにはまだ少し間がある。
続報:華凛さんからファクスが入る。東京学芸大学附属国際中等教育学校に合格(Feb.7)。こちらへ。
春といえば、ビッグニュースが入っている。元旦(これは現在の元旦)から連載を開始した「スポーツ作文X(2)スキー大会記」の桜子さんが県大会、東北大会で2種目連覇を果たした。次は全国大会である。今週7〜9日に長野県の野沢スキー場で行われる。
「大会記」はこれまで、今年の大会に遅れないように掲載してきたので、全国大会の模様もローテーションを繰り上げ、この日記といっしょにアップロードすることにしよう。競技の結果は県大会・東北大会と同様、作文の後に「速報」することにする。
| 2007.2.07 作文道場の先生へ 学芸大附属に合格しました。 長かった受験がやっと終わりました。 学芸大附属が第一志望校なので、ここに入学したいと思います。 毎回作文の添削ありがとうございました。 日本語作文の課題は「一番大切にしているもの。また、大切にしている理由」でした。 今まで練習していたので、課題を読んですぐに書き始めることができました。 今はうれしい気持ちでいっぱいです。先生、どうもありがとうございました。 |
この学校は学芸大附大泉校を改編して今春開校する。華凛さんは長くドイツに住んでいたのでドイツ語でも受けたのだが、5.3倍の難関を突破した。
「朗報の季節」 「公立中高一貫校入試の作文」 「かぼちゃまんじゅう」 「爽 秋」
「千客万来人模様」 「盆休み」 「 『友あり遠方より来たる』」 「日曜日」 「道場内外」
「電話三話」 「ゴールデンウィーク」 「始業式」 「WBC余聞」 「春の面談」
「合格祝賀会」 「立春」 「県中学スキー大会で2冠」 「チラシ太平洋を渡る」 「年賀状」
Nov.26 '06 < 朗報の季節 >
11月になると、大学推薦入試の合格発表が相次いで行われる。
今年の第1号はミオさん、中旬に秋草学園の地域保育学科に合格。続いて一昨24日にはアユさんが女子美術大学の芸術学科に、哲くんが東京農業大学オホーツクキャンパスの生物生産学科に合格を決めた。
いずれも公募推薦であったが、彼ら彼女達のすばらしさは自分の適性と将来の職業を考えて進路選択をしていることである。
ミオさんのお母さんには合格のお祝いに「最もふさわしい進路を選んだものと思います。きっとすてきな保母さんになることでしょう」と書いたものだった。ミオさんはおっとりした感じだが、小論文の練習答案にはいかにも子ども好きという様子がにじみ出ていた。
アユさんは、ハンドボール部のマネジャーを務めるほか、学校行事には積極的に参加し、また、1年に1回程度プロの劇団の舞台にも出演するなど、多彩な高校生活を送っている。それでいて、将来は学校の先生になりたいという。絵を描くことが好きだから、というわけで、将来は美術の先生ということに相成った。
アユさんの性格は明るく、けれん味がない。笑顔が愛らしい。試験があった日の夜、道場で「アユちゃんはどうだっただろうか」という話が出たとき、「あんな生徒を採らなきゃ、大学は後悔することになるだろう」という声も聞かれた。小論文の答案練習は「体験を踏まえて考えを述べる」ことを基本にしているが、アユさんの体験の事例にはいずれもパンチがあった。
哲くんが道場に現れたとき、希望は東京農大のバイオセラピー学科だと言った。農業と聞いて、大いに意を強くした。基幹産業へ赴こうとする姿に頼もしさが感じられたのだ。反面、バイオテクノロジー等の「バイオ」人気で、東京農大は年々ランクを上げているために、倍率が心配でもあった。
哲くんは中学生の頃から高尾山(東京)でムササビの観察をしたり、三宅島でアカコッコという鳥の生態研究に参加したりしている。これらの興味・関心から、大学では野生生物の観察・研究をし、将来は絶滅種の保護に取り組みたいという。そうして、答案練習をしている間にも学校説明会に参加し、いろいろ話を聞いているうちに、オホーツクキャンパスに活動の場を見出した。
大志を抱いて、哲くんは北海道に渡る。
余談だが、道場では法学、経済、文学等の、いわゆる文系に進んだ諸君には「入学して一学期のうちに卒論のテーマを決めるように」と勧めている。これは、そうすることによって履修科目の取捨選択もより納得のいくものになるであろうし、卒論のための資料収集と思えば、授業を受けるにも身が入るだろうと思われるからである。
しかし、この3人には、そのような助言は要りそうにない。
「進学状況」についてはこちらへ。合格者の声はこちらの「ドキュメンタリー」で。
Oct.8 '06 < 公立中高一貫校入試の作文 >
「10月に入った。中高一貫校の作文に取りかかろう」
このところは、こんな手紙をメールやファクスで送っている。ぼつぼつ本格的に問題慣れしていかなければならない。その中にOくん、Tさん、Wさんがいる。もちろん、みんな小6である。
Oくんは埼玉、Tさんは広島、Wさんは東京の、それぞれ公立の中高一貫校を目差している。Oくんは夏休みから始めたので、これまでは作文の練習だけであった。TさんやWさんは春から始めたのだが、夏休み前に一度過去問を試しにやってみたところ、まだ練習不足だと言って作文にもどった。
彼、彼女たちは、今も学校生活第一で、それを楽しんでいる。塾の宿題で毎日がつぶされているようなことはなさそうだ。受験生の親としては心配な面があるかもしれないが、それでよいのだ。ただし、勉強をしないでよいというわけではない。「よく遊び、よく学び」。公立の一貫校が求めているのは「柔軟性」なのである。「広い視野と緻密な思考力」といえばよいか。
「特別に入試の勉強をしなくてもよい」とはいえ、入試問題にいきなり取り組んでも何をどう書けばよいか、要領が分からない。そのため、募集する側でも「例題」を出しているのだが、問題慣れはやはり必要である。彼、彼女たちは当面、これまでの作文と入試の過去問とを交互にやっていくことになる。
作文で心がけているのは「具体性」と「緻密さ」である。
Sep.24 '06 < かぼちゃまんじゅう >
「ピン、ポーン」とドアフォンが鳴った。土曜日の朝、11時ごろのことである。
「かぼちゃまんじゅうかな」と、小5の理咲ちゃんが筆を止めて、微笑む。
出てみると、やはりそうだ。シゲおばさんが「おはよう。もってきたよ」と差し出す。うすい黄色のまんじゅうが6個、パックに納まっている。
シゲおばさんは、まんじゅうや水ようかん、くずもちなどを朝早く作って、お得意さんというか、ファンに自転車で配達している。そして、余ると、道場に立ち寄る。のり巻やいなりずしの詰め合わせ、おこわをもっていることもある。かぼちゃまんじゅうはオリジナルのようだ。かぼちゃのあんこが薄皮で包まれている。
理咲ちゃんはかぼちゃまんじゅうが気に入っているので、理咲ちゃんの来る日にかぼちゃまんじゅうがあれば、たいていは買う。先週は売り切れていたので、予約する格好になった。このため、いつもは他のまんじゅうとの組み合わせになっているのだが、この日はオールかぼちゃまんじゅうになっていた。
その時間に作文を書いていたのは、他に小5の文隆くんと小6の翼くんである。高2の諒くんは帰ったばかりであったので、ちょうど2つずつ分けられる。
文隆くんはさっそくぱくりとやった。理咲ちゃんはお母さんと食べるのだと言って、机の上にお供えのように重ねて置いている。翼くんは、来てまだ日が浅いせいか、遠慮がちで手もつけない。
文隆くんは「おいしい」と言って、2つ目を平らげた。理咲ちゃんはお腹が鳴るらしい。一区切り付いたところで「ああ、お腹が空いた」と言って、とうとう一つを割って口に放り込んだ。翼くんは見向きもしないで、せっせと書いている。翼君には土産に持たせることにした。
Sep.10 '06 < 爽 秋 >
実際には残暑の日々である。熱帯夜のような寝苦しい夜も続いている。だが、時として、開け放した窓から、からっとした風を感じることもある。夏休みの間は朝から窓を閉めてクーラーをかけていたから、そんな風が通り過ぎると、二学期を実感する。
見出しの「爽秋」は、しかし、今のところはまだ願望にすぎない。
9月に入って、日曜日が少し忙しくなった。これまで「月1回のスクーリング」でAさん姉妹が月末の日曜日に訪れていたが、夏休みに入門者が増えたこともあって、日曜日の希望者がポツポツと現れたためである。主に近郊・首都圏の諸君であるが、土曜日が休みでない学校もあるのだ。
中には、土曜日が部活になってしまったからというUくんのような、土曜日からの引越し組もある。
学校5日制が始まった頃は、土曜日の午前中はすぐにいっぱいになるほどの賑わいであったが、近所の生徒諸君は次第にウィークデーに移るようになった。土曜日は朝寝をしたいという諸君もいるようだ。
あれやこれやで、二学期の編成はまだ落ち着かない。さりとて、こちらから日時を割り当てるのは控える。希望を待って調整することになるのだが、不思議といえば不思議なことに、1コマ3人に次第に落ち着いていく。
こうして、道場は爽やかな秋を迎える。
Aug.27 '06 < 千客万来人模様 >
夏期講習も20日過ぎの終盤に差しかかって、当初は虫食い状態だった「出席日時予定表」が埋まり始めた。夏の講習は、先月30日の項に書いたように、午前、午後、夕方に各2コマを設けている。1コマの時間は90分、定員は3人である。そのコマがそれぞれ3つの丸で埋まってきたのである。丸の中には名前の一字が記されている。
押せ押せの状態になると、時間ごとの入れ替わりにも気を配らなければならないが、各時間帯には時に異様なというか、おもしろい光景が見られる。小学生の中に大学生や社会人が交じっているのである。
ふだん、大学生や社会人には午前か夜においでを願う。このため、彼らはレギュラーの時間帯に出席しているわけなのだが、夏休みになると、それを小学生が取り囲んでいるのである。
だが、3人とも気にする様子はない。それぞれが自分の作業に集中しているからである。
ところが、ひとたび、例えば高校野球の決勝戦、延長再試合の話が投じられると、話に花が咲く。しかし、それもしばらくの間のことで、すぐに静寂がもどる。軒先では風鈴がリ〜ン、チリ〜ンと風に吹かれている。
静かな中の賑わいとでも言えばよいか、ホームページのほうも相当な賑わいである。ふだんは1日150ほどのアクセス数が夏休みに入って300〜400、お盆になって500を超えて600の台へ、20日には888を記録して以降700〜800。例年の倍ほどもあり、この分では1000を超える日もあるかと思われる。
1日に1000。ふと「千客」という言葉が浮かぶ。これに続く2文字は「万来」。「千客万来」、8月のアクセス数は3週間で1万に達したことでもある。
アクセス数が増えれば、新たな受講生を迎えることになる。そうして、ユニークな作文が増えることにもなろう。現に、夏からの諸君も愉快な作文を書いている。その模様は順次「Gallery」に展示していくことにしよう。
追記:この日以降、次のアクセス数となっている。
8/27…771、/28…852、/29…848、/30…973、/31…1193
夏休みの最終日になって、千客の到来を受けたのだ。(Sep.1)
Aug.13 '06 < 盆休み >
道場は昨12日(土)から19日(土)まで盆休みに入る。
休みといっても、生徒が現れないだけで、ファクスは受け付けているから、休業というわけではない。ふだん土・日に作文を送ってくる諸君の作文はコンスタントに届いている。
とはいえ、比較的解放されるせいだろう、窓辺の風鈴の音が快く響く。
風鈴は奥のほうの部屋の軒下に懸けてある。午後には陽の差し込む窓辺にも朝のうちは木々を透かしてそよ風が通る。机に向かうのも快く仕事がはかどる。
先月の30日(日)からホームページのアクセス数が300を超え、400に達しようとしている。例年のことだが、多くは読書感想文の書き方を調べているのではないかと思われる。
通学生はこの盆休みに一冊を読んで、下旬に仕上げにかかる。通信生も同様であるが、横浜のNくんは先週のうちにやってきて、要領をつかんで半分仕上げていった。
甲子園野球は炎天下で熱戦が繰り広げられている。当国分寺からは早稲田実業が出場し、二回戦を突破した。つい最近まで、早実は国分寺と聞いてもピンと来なかった。それというのも、もともと早実は新宿にあり、5年ほど前に引っ越してきたばかりだからだ。
早稲田は新宿というイメージが抜け切れないでいたが、生徒が一人二人とやってきて、甲子園へ応援に行ってきたという作文を読むと、次第に身近に感じるようになった。優勝候補の横浜高校を大差で破った大阪桐蔭高校を、これまた大差で破ったのだから、こうなれば優勝旗を持ち帰ってほしいとも思う。
野球といえば、プロ野球では中日ドラゴンズに早くもマジックナンバーが点灯した。これにつけて思い出されるのは、先月の初旬に添削した、九州のある国立大学の工学部生96人の答案の中に「中日ドラゴンズと私」という作文のあったことである。
愛知県出身の根っからのドラゴンズファンで、その答案を見ているときはちょうど中日が巨人に3連勝したときであったから、寸評に「ドラゴンズときみにエールを送ろう」と書いたものだった。彼は今、帰省してナゴヤドームに日参し、勝利のたびに快哉を叫んでいることだろう。
Jul.30 '06 < 『友あり遠方より来たる』 >
道場の時間帯は夏休みには、次のようになる。
午前9時〜10時半、10時半〜12時、午後1時半〜3時、3時〜4時半、夕方6時〜7時40分、7時40分〜9時20分。
原則として、午前は小学生、午後は中学生、夕方は高校生と部活をする中学生となっている。
夏期講習は1講座(1科目)が7〜8回(時限)で、受講は任意であるが、たいていの生徒は1〜2講座を受ける。受講しない生徒は例月と同じ日数(回数)の出席となる。
出席日時は任意に選べる。これは、学校行事のほか、合宿や家族旅行等があって、当方で時間表を作って日時を指定した場合には穴が開いてしまうことがあるためである。
1つの時間帯(1コマ)の定員は3人で、出席日時は、あらかじめ希望を出しておいてもらって、ある時点で調整する。当初はその予定であったが、先着順に受け付けても、例年、不思議なことに、希望どおりにコマが埋まっていく。このため、現在は先着順としている。遅れた人には空いたところに入ってもらうが、特別の不都合もなく、コマは埋まってゆく。
夏休みともなると、都内・近県からの諸君も増える。埼玉県志木市のKくん、さいたま市のTくんたちは、夏の間は通って二学期からは通信で、中野区のHくん、板橋区のKくんは「月1回のスクーリングとファクスによる通信添削」を受ける予定でいる。
ふだんはファクスでやり取りしている諸君も顔出しにやってくる。大田区のHくん、横浜市のNくん等である。大田区のHくんにはまだ会ったことがない。顔を合わせるのが楽しみである。
通信講座のほうでは、今夏は広島のSさん、福岡のHさん、愛媛のTくんが新たな友となった。
今はイニシアルで紹介しているこれらの諸君も、やがて「作文ワールド」に本名で登場することになろう。
友といえば、来週の8日に秋田の桜子さんの訪問を受けることになっている。彼女は、下記1月22日〜2月9日の項で紹介したように、県大会、東北大会を制し、全国大会では2位となって、今や全日本のスキーのホープである。8月末から南米チリで約1か月合宿を行った後、国内でも同様の合宿を行い、そのままシーズンインするという。
桜子さんはスキーのほか、夏はバスケットボール部員として県大会準優勝に貢献してもいる。作文のほうも、昨秋は人権作文で県の教育長賞を受けるなど、文武両道の文のほうでも活躍している。
上記3大会での作文、奮闘ぶりの記録も仕上がった。本人の承諾を得て、いずれ「スポーツ作文」の特集でも組んで紹介することになろう。
海外では、「ワールド・クラシック・ベースボール」でおなじみの勇太郎くんが帰国の準備を始めてもいる。
Jul.16 '06 < 日曜日 >
今日は朝8時半から高校生の諒くんが来て作文を書いている。
諒くんの出席日は土曜日なのだが、昨日はコンピュータ関係の資格試験を受けるということで、今日に振り替えた。諒くんは東京の西郊・青梅市から1時間半かけて通っている。
通常、日曜日の道場は休みである。ただし、「月1回のスクーリング」で、日曜日しか時間の取れない生徒もいる。私立の中学へ行っている明穂さんなどがそうだ。彼女たちの出席日は第4日曜日が慣例となっている。
この1週間ほどは気温が高く蒸し暑い日が続いている。
例年、クーラーを入れるのは夏休みに入ってからなのだが、このところはそうも言っていられない。生徒が来るころにはスイッチが入る。今日は駅から15分ほど歩いてくる諒くんのために、クーラーは8時から始動している。
諒くんが帰った後、道場はいつになく静かになった。ふだんでも自動車の音は聞こえてこないのだが、今日は路地の物音も聞こえてこない。「金魚の水槽のしづくならでは、つゆおとなふものなし」。軒に吊るした風鈴が、折々、リ〜ン、チリ〜ンと、かすかな音をたてる。
もうすぐ夏期講習が始まる。嵐の前の静けさなのだろうか。
Jun.18 '06 < 道場内外 >
散歩の途中、こんなものに出会った。
サツキの季節が過ぎようという頃、リボンが貴重だ。
道場の窓の外にはアジサイ。今年も白い大きな花をたっぷりとつけている。雨に打たれる姿は、いかにも梅雨を思わせる。晴れ間の陽に照らされると、夏の到来を思わせる。去年も同じようであった。こちらへ。
アジサイの手前、窓の内には金魚。種類は「丹頂(たんちょう)」
二匹が並ぶことはめったにない。ある日の夕方、5年生のメグちゃんがこれを見つけて、同級生のサエちゃんが「写真に撮ろう」と言ったので、このショットとなった。
タンチョウは本来、リュウキンのように尻尾がふんわりとして優雅なのだが、病気にかかったのか、それがなくなっている。付け根が赤くなって3日ほど底のほうでじっとしていた。祈るような気持ちで回復を待ったところ、今は元気に泳ぎまわっている。元の姿に返ることを、ひたすら祈る。
リ〜ン、チリ〜ン。机を囲んでそれぞれ作業をしていると、時々こんな音が聞こえてくる。奥の部屋の窓辺からだ。
少し早いが、風鈴を吊るした。他ではない。夏期講習の写真を考えていて、こうなった。
春期講習では散歩道の紅梅白梅の写真を配した。ならば、夏期講習も花でいこうか。今はアジサイが咲き誇っている。これも見事だ。だが、イメージとして暑すぎる。炎天の日々の講習であれば、涼しいイメージがほしい。
そこで風鈴を買ってきたのだが、いい音色に恵まれた。こちらから「夏期講習」の項へ。
May 21 '06 < 電話三話 >
三題噺ならぬ、ただの三つの話であるが、「さんわ」と入力すると「三話」が出てきたのには驚いた。それはともかく、……
〈1〉留守番電話
留守番電話の故障が直った。というより、修理代がかなりの額になるということなので、新しいのと取り替えた。
実は、ここ2〜3ヵ月か、それ以上、故障に気がつかないでいた。用件を再生しようとしても「ピー」と鳴るばかりで、「おかしいな」とは思っていたが、通話ができていたので、故障とは思わなかったのである。
それが、外からかけてみて、録音されないことが分かった。
これまで、録音されたものと思っていた方、あるいは、話している最中に切れてしまうので「失礼な奴」と思った方がおいでだったかもしれない。
そこで、通学生の家庭にも通信生の家庭にも、お詫びかたがた事情説明の手紙を出した。
〈2〉IP電話
「電話番号が変わったのですか」という質問を返信がてらにもらうようになった。もう1〜2年になるだろうか。公開している番号(042−325−0678)で掛けるのだが、050で始まる番号が出るということなのだ。
インターネットの回線を光ファイバーに切り替えたとき、IP電話も使えるということを聞いていたように思う。後で契約書類を見ると、なるほど番号が書かれている。当初は、IP電話などそんなに普及してないだろうから使うこともないだろうと思って、そのままにしておいたのだが、いつの間にか勝手に切り替わっていたのだ。
電話が掛かってきたとき、ディスプレイに見知らぬ番号が表示されると無視する家庭もあると聞く。幸い、こちらから掛けたときは、まだ一度も無視されたことはないようだが、勧誘電話が多い昨今、そんな目に遭わないとも限らない。
これについても、事情説明をしておいた。
〈3〉携帯電話
外出すると、渋滞に巻き込まれるなどして、約束の時間までに戻れそうもない時がある。加えて、このごろは公衆電話がなかなか見つからない。そこで、遅ればせながら携帯電話を携行することにした。
緊急を要する際など、適宜利用してくれるよう、併せて通知した。
◎ ファクス
ファクスはこれまでどおり元気に動いており、24時間待機している旨も付け加える。
Apr.30 '06 < ゴールデンウイーク >
5月3日(水)から7日(日)までの5日間、道場は休講する。これは、休んだ分の振り替えの調整が困難なためである。
ふだん、学校行事と重なる場合や急病などの場合は、出席日時を他の空いているところに振り替える。数が多いわけではないから、たいてい収まりがつく。ところが、ゴールデンウィークともなると、ほとんどみんなどこかへ出かけるから、振り替えの希望が翌週に集中する。
そうなると、定員3名のところに倍ほども希望の集まるコマが2つも3つもできるため、これをならすのが一仕事となる。どこにも収まらないという生徒も出てくる。そこで、いっそ休みにしてしまえば、こんな苦労をしないで済む。というわけで、休講にする次第である。
もっとも、通信の生徒諸君には窓口を開けてある。ファクスは、もちろん24時間待機している。道場には生徒が来ないだけで、道場主は本を読んだり、原稿を書いたり、添削をしたり、時にはナイターを見たりして道場で過ごしているから、散歩や野球の練習にでも出ない限り電話も受けられる。
しばらく奥多摩の山や滝に行っていないので、出かけることがあるかもしれないが、たいていは日帰りなので、「答案は3日以内に返送」という原則は守れそうである。
ふだん作文が遅れがちの諸君には、この休みを利用していくつか書くよう、催促してみようかとも考えている。
Apr.15 '06 < 始業式 >
このところ、生徒諸君の作文には「始業式」というのが多い。まだ記憶が鮮明で、順序立てて書きやすいからでもあろう。
その作文をいくつか読んでいて、’発見’のようなものがあった。それは、生徒たちは教室には入らず、校庭に集合してその場で解散していることである。
市内の公立小を例にとれば、生徒は8時半に集合する。集団登校する学校もあれば、1年生がいないからといって自主登校の学校もある。
新3年、新5年の生徒は新しいクラスの名簿をもらって、新しい学年・組の位置に整列する。全学年の生徒がそろったところで、校長先生のお話があり、先生の紹介がある。
滞りなく行われる始業式にも、1つの山がある。それは、クラス担任の発表の時である。歓声と落胆のため息が交互に起こる。古今東西、これは変わらぬ光景のようである。
期待がはずれた生徒は不満を書き記すが、理由がはっきりしない。だからといって、詮索は作文指導の本旨ではないので、これは文を整える程度にさせておく。
クラス担任の紹介の後、校歌を歌って始業式は終わる。その後、クラスごとに校庭の片隅で担任から翌日の指示を受けて解散する。
ずいぶん簡素だ。「なぜ、こんなに早く終わっちゃうんだろう」「この後、入学式があるからじゃない」「なるほど!」
Apr.2 '06 < WBC余聞 >
春期講習も半ばを過ぎた昨日は1日小休止をとった。折しも、東京地方は桜が満開となった。
世の中は三日見ぬ間に桜かな=i大島寥太)
朝は9時から講習を行って外出も怠りがちになると、桜を見てそんな気持ちにもなる。
プロ野球が開幕したが、WBC(World Baseball Classic)での王ジャパンの優勝の快感はまだ冷めやらぬようである。
折しも、ロサンゼルスの勇太郎くんから「ワールド・ベースボール・クラシック」という作文が寄せられた。野球の好きな尊之くんや祐馬くんによれば「うらやましい」ということであるから、ここに掲載することにしよう。
| 今回のワールド・ベースボール・クラシックは日本が勝ち、世界一になってとてもうれしかったです。 ぼくは、幸運にも二次リーグの行われたアナハイム球場のすぐ近くに住んでいます。 まず、試合の前日に日本食レストランで、ぐうぜん日本の選手に会いました。ぼくは選手のテーブルの所に行って「がんばってください」と声をかけました。そして、後ろ向きにすわっていた選手にサインをお願いしました。後でわかったことですが、それは大塚選手でした。大塚選手はよろこんでサインをしてくれ、しかも「おい、みんなもサインしてやれよ」と言ってくれたので、上原選手、長谷川選手のサインをもらうことができました。 とてもどきどきして行ったのですが、大塚選手がとても親切でびっくりしました。とてもうれしかったです。その次の日は日本とアメリカの試合を見に行きました。 そのことはまた今度書きます。 |
勇太郎くんは5年生で、来週「社会科作文」に登場する予定であるが、あの日米戦を見たとあっては、疑惑の試合が少年の目にどう映ったのか、そんなことにも期待がもたれる。
〔追記〕この続きの「ワールド・ベースボール・クラシック2」は「スポーツ作文」のページを設けて掲載することになった。こちらへ。
Mar.19 '06 < 春の面談 >
合格祝賀会を終えると、道場は新学期の態勢に切り換わる。これと前後して問い合わせが多くなり、常にも増してお母さん方がおいでになる。
ふだんは午前なら10時に、午後なら2時または3時においでを願う。授業見学の場合、生徒が来るのは午後4時からであるから、面談はその30分前〜1時間前からとなる。
春休みは、午後を面談に充てる。この時は東北や北陸、近畿、中国地方からの遠来の客を迎えることもある。今年も一人、首都圏からは二人。
道場は駅前の繁華街にあるのではなく、周りに森や植木畑の残る住宅街の、それも路地奥にある。果たして、こんな所で満足していただけるのだろうかと思うのだが、たいていの方にはこのほうがよいようだ。
春休みの午後はまた、新中3の諸君との三者面談にも充てている。2年生の通知表の成績をもとに目標を決め、受験勉強を本格化させる。正月前後に受験校を決めている場合もあるが、通知表が出たことによって気持ちが改まるのであろう、勉強もここから真剣みを帯びてくる。それを、春風と桜の花が後押しする。
桜前線の到来が待たれる。
Mar.5 '06 < 合格祝賀会 >
道場の1年はこの会をもって一区切りがつく。例年、都立高校の合格発表を待って、その週の土曜日の夕刻に開く。今年は昨4日がその日であった。
1日の発表日には、残る一人が難関を突破した。既に「通学案内」に「新着情報」として簡単に記しておいたことであるが、ここに転載しておこう。
………………………………………………………………
○ 新着情報 − 都立高校合格率100%(Mar.1 '06)
3月1日、今日は都立高校の合格発表日である。当道場では今年、花梨さんが立川高校を受験した。同校は旧制府立二中で、府立一中の日比谷高校と並ぶ多摩の名門である。
都立高校は、約25年前にグループ選抜制に移行して以来、私立高に押されて低迷していたが、4,5年前に都が進学指導重点校を指定したのを契機に人気を取り戻し、特に独自問題出題校(日比谷、西、立川、国立、……等)は私立の上位高と並ぶランクを回復した。
その難関に花梨さんは挑んだわけだが、1年余の努力が実って見事合格を果たした。
実は、当道場で今年都立高校を受けたのは彼女一人である。その一人が合格したのだ。合格率100%という次第だが、国語や英語の超長文の克服に努め、数学の記述問題で苦闘した日々が思い出される。
………………………………………………………………
祝賀会といっても、ホテルの一間を借り切ってやるわけではない。
いつもの勉強机が食卓に早がわりする。この周りを囲んで会食をし、おしゃべりをする。上述の花梨さんと、既に推薦合格を決めていた有理佳さん、それに、今年初めて6年生の二人が加わった。下記「立春」で既報の尊之くんと啓介くんである。(宗晃くんと海くんは通信生で、都内在住のため出席できないのは残念である)。
花屋さんには、前日までの桃の花に代わって、桜の花が入荷していた。うれしいことに「桜咲く」会となった。スイートピーに菜の花の黄色も映える。
会は「勇士は還りぬ」の斉唱で始まる。曲は甲子園大会などで優勝旗授与の時に演奏される、あの曲である。歌詞を記しておこう。
| 讃歌『勇士は還りぬ』 若き日は 再びあらず 歌えよ、いざ、よき友よ 若き日の 涙を分かち 歌えよ、いざ、よき友よ 幸い満ちたる この時よ 幸い満ちたる この時よ 若き日は 再びあらず 歌えよ、いざ、よき友よ |
お茶で乾杯をして、寿司をつまみながら、とりとめのない話に花が咲き、差し入れのケーキをいただくころには2時間が経過している。
互いに明日の新たな出発を約束して、散会となる。
Feb.5 '06 < 立 春 >
立春というのは、ただ暦の上のことではなく、この時期にはやはり春は近づいている。
いかにも冬を思わせる風景を撮っておこうと、2〜3日前、枯れ木を撮り歩いた。天気は快晴。太陽を背に、梢の群れを収めようとファインダーを覗いていたときのこと、枯れ木はしかし、寒空にリンと枝を張っているという風情ではない。
枝には何やら、極ごく薄いのだが、紫がかった色が漂っている気配である。春先、木々が芽吹く前の山に入ると、向かいの山が紫がかって見えることがある。あの色を極ごく薄くした、あるかないかの色の気配が感じられたのだ。木々の中では芽吹きや開花に向かっての胎動が始まっているのだろう。
春の訪れは、道場では朗報によってもたらされる。
2月に入ると、東京地方では中学入試が始まる。さっそく1日の夜、まず尊之くんから、聖徳学園合格。続いて啓介くん、明星学園合格。啓介くんは追って「理科作文」でホームページに登場する。
〔追記〕
9日、宗晃くん、小石川中等教育学校(都立中高一貫校)合格。宗晃くんは「社会科作文」に『鑑真記念館』で登場している。「理科作文」にも登場の予定である。
続いて10日、同じく小石川中等教育学校に海(かい)くん合格。海くんは「読書感想文」に『DIVE!!』で登場している。
お話変わって、立春に合わせたわけではないが、「通学案内」のサイトの改装・改築を行っている。事あるごとに書き加えているいるうちに、雑然としたたたずまいになってしまっていた。10日余りかけて、まだ進行中であるが、何とか見られるものになったであろうか。こちらへ。
Jan.22 '06 < 県中学スキー大会で2冠 >
朗報が飛び込んできた。中2の桜子さんが秋田県中学スキー大会で、大回転、回転の2種目を制覇し優勝したというのだ。桜子さんには「社会科作文」の『Saas Fee』で登場してもらっている。
さっそく快挙を報じる新聞を送ってもらった。何ともカッコいい写真が載っている。これが王者の滑りというものなのだろう。
![]() 「秋田さきがけ新報」(平成18年1月17日) |
左に「選手生命の危機克服」とあるが、それが当道場との縁ともなっている。
あちこちのサイトでいろいろ紹介したいところだが、このあと東北大会、全国大会が控えているということなので、取りあえず、ここで活躍ぶりを紹介しておくことにしよう。
〔追記(速報)〕東北大会(26〜27日:山形)、大回転で1位となったが、膝の靭帯に痛みが出たため、回転は途中棄権。
新聞記事の「選手生命の危機」というのは、両膝の靭帯を切ったことを指している。(Jan.28'06)
全国大会(2月:新潟)出場が危ぶまれる。
全国大会(2月7〜8日:新潟)では、大回転で2位ということだ。回転では入賞も逸したということだが、大健闘といってよい。来年が楽しみだ。スキー人生はまだ10年も、20年もあるだろうから、どうか治療に専念してほしいと思う。(Feb.9
'06)
Jan.15 '06 < チラシ太平洋を渡る >
先日、「新聞に入っていたチラシをロサンゼルスの孫に送りましたらね、ホームページを見て気に入ったらしく、『やってみる』というので、申込みにきました」と、おじいちゃん・おばあちゃんが訪ねて見えた。
![]() |
去年の暮、左のようなチラシを近辺に配布した。大きさはB4判。
表題の「社会科作文」の下には、「ひとことのアドバイスで、作文はたちまち紀行文になり、研究レポートになります」と入れてある。その下の表は掲載作品の一覧で、これは当のサイトからのコピーである。(こちらへ)
さらに、その下には「作文道場」の検索方法を記してある。ロサンゼルスのお孫さんとお母さんはここからアクセスしてくれたのだろう。「社会科作文」をはじめ、いろいろな作文を読んでくれたということである。
おじいちゃん・おばあちゃんには、生徒が書いた元の作文やファクスの出具合いを見ていただくなどして歓談したが、インターネットの時代の新しい縁ないし絆というものを実感するひとときであった。
…………………………………………
「社会科作文」には、生徒の写真を入れたり現地のホームページにリンクするなど、新しい試みをしているが、体裁はほぼ整った。
次は「理科作文」にでも取りかかろう。
Jan.1 '06 < 年賀状 >
今年の年賀状をウェブサイトの読者の皆さんにもお届けしよう。
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文字が読める程度にと思って拡大しているうちに、原寸を超してしまった。
ある年の元旦、目が覚めると障子が明るくなっている。時計を見ると6時だ。前日から漠然と、早く目が覚めたら御岳山(みたけさん)へ初詣に行こう、と考えていた。御岳山は東京・多摩の西方にある標高1000メートルほどの山だ。日の出は7時ごろだから、間に合わないだろうが、目覚めついでに出かけることにした。
JR中央線の西国分寺駅まで徒歩15分。東の空は「やうやう白く……」ではなく、赤っぽい。電車は西へ、立川まで10分。そこで青梅線に乗り換える。奥多摩行きであったか、最後尾に立って車掌室越しに遠ざかる景色を眺める。電車は西北西寄りに進む。15分ほどして拝島に着くころ、日の差すのが左後方の家々の間から見えた。
拝島駅でホームに降りて、念のため、その初日を撮っておいた。車掌さんは撮り終えるのを待ってくれていた。
拝島駅を出ると、電車は北西方向に進路を変える。曲がった瞬間、線路の彼方から日の光が車内に差し込んできた。夢中でシャッターを押す。その時、ドアが開いて「どうぞ」と言って、車掌さんが車掌室に招じ入れてくれた。正月のご祝儀か。
おまけに真ん中辺りを空けてくれている。文字どおり線路の真向こうから初日が差してくる。前にも増して夢中でシャッターを押す。逆光で撮ったから、写っているかどうかは分からないが、これは大きなお年玉だ。興奮さめやらぬまま、丁重に礼を言って車掌室を出る。
この後、御岳山からは銀色に光る東京湾を眺め、その先の大岳山ではシンメトリーの白妙の富士山を堪能するなど、大いに恵まれた元旦であったが、それがいつの年のことであったかは、ここでは言えぬ。昨今の世情からして、車掌さんに迷惑がかかってはならないからだ。
ただ、読者諸賢は車掌さんの計らいに共感してくださったであろう。
そこに光を感じて、あらためて、明けましておめでとうございます。
−2005年−
「夕日と子ネコ」 「菊日和」 「大学推薦入試」 「七五の四行詩」 「夏の旅・社会科作文」
「甲子園の砂」 「お盆と甲子園」 「甲子園と広島」 「夏休みの道場」 「ホームページ6周年」
「スポーツ少年と作文」 「ある入試選考」 「『世事雑感』」 「新装開場」 「立春」(1)、(2)
Dec.18 '05 < 夕日と子ネコ >
「ネコがゴミばこに、すてられているの。……ふくろにいれられて、……ふくろに」
3歳の孫が、近づいてきた人にたどたどしい口調でさかんに話しかけている。黒いジャンパーを着ぶくれて、だるまのような格好で訴えている。
12月18日、日曜日の夕方、多摩川の土手の上でのこと。
このところは大寒をもしのぐかと思われる寒さが続いている。雪が降っている地方も多い。日本列島で雪に見舞われていないのは東京とその周辺、阪神地方だけのようだ。朝晩は厳寒とも思える寒さだが、それでも、日中は風さえなければ暖かい。
少しでも外で遊ばせてやろうと、3歳と1歳になる男の子を連れ出して、野球をしブランコとすべり台で遊んだ帰り道、少し長居をしたために、夕日は間もなく沈もうとしている。土手の上にはカメラを構えた人が2人、3人と見える。富士山頂に沈む夕日を撮ろうというのだ。
ここは多摩川の左岸、立川市の富士見町付近。土手の上は車道になっている。車が2台ようやくすれちがえる。土手の下は幅100メートルほどの河川敷の草原で、その向こうに雑木林をはさんで川の流れがある。
ちなみに、この河川敷は当サイトに掲載の物語「晴球雨読」の舞台になっている所でもある。
日が沈めば急に寒くなる。しかし、富士山頂に夕日が沈むとあれば、一見に値しよう。バカチョンカメラをもっていることでもあるから、1枚撮っておこう。そう思って、時間つぶしにかけっこを始めようとしたとき、「にゃおー」という声が聞こえた。チビたちは、とたんに立ち止まって、声のするほうに目をやる。しかし、声はすれども、姿は見えぬ。
声のするほうに近づくと、ゴミの集積所がある。幅約1.5メートル、奥行き50〜60センチ、高さ約1メートルの箱が河川敷を背にする格好で置かれている。手前と上が格子状の網で、底と背面と両端が板になっている。声はこの箱の辺りから聞こえる。
「チョッ、チョッ、チョ」と舌を鳴らして呼びかけると、「にゃお」と応える。箱の中にはゴミ袋が5つほど入っている。その袋の陰にいるのかと思ったが、いない。念のため、箱の裏側を見てみたが、そこにも姿が見えない。声は依然聞こえる。袋に入れられているのか。
右から2つ目の袋が動いた。袋は薄い焦げ茶色のビニール製で、中は見えない。声はだんだん大きくなって、袋の揺れも激しくなった。中から袋を引っかいているようだ。そのうち、爪で引き裂いて出てくるだろうか。それとも、袋を切り裂いて出してやろうか。
そうこう思案をめぐらしているところへ、孫の声となった。近づいてきたのは赤ちゃんを毛布にくるんで散歩をしているおばあさんである。(そのおばあさんをAさんとしておく)。Aさんがのぞきこんでいるところへ、下手から乗用車が近づいてきて、ゴミ箱の並びに止まった。そして、運転席から中年の婦人が飛び出してきた。(この婦人をKさんとしておく)。
後で分かったことだが、Kさんは年老いた母親が富士山を見たいと言うので、助手席に乗せて連れてきたということであった。Kさんは袋を見るなり、「出してやりましょうよ」と言って、袋をほどきにかかった。「おしっこをしていれば、びしょぬれになっているでしょうし」とも言った。
焦げ茶のビニール袋をほどくと、驚いたことに、もう一つ厚手のビニール袋が出てきた。子ネコの爪では破れそうにない。もっと驚いたのは、その袋の中ほどがひもで縛られていたことである。「死なせてゴミにしようというわけなのね」Kさんだったか、Aさんだったかが溜め息まじりに言った。
袋は透明で、子ネコの姿が見える。黒っぽい焦げ茶に白い毛が混じっている。「ああ、やっぱりおしっこをしているわ」と言って、Kさんは袋を横にして子ネコを追い出した。案の定びしょぬれだ。子ネコはしばらくその場で泣いていたが、やがて土手を降りていった。
その姿を見ながら、Kさんが「袋を一つくれませんか」と言った。そこにはAさんの家族と思われるご婦人方がいた。(Bさん、Cさんとしておく)。Kさんは「近所に3匹も4匹も飼っている家がいくつかあるから、相談してみるわ」と言う。さっそくBさんが袋を取りに帰った。その後ろ姿に「紙の袋もあるといいね」という声がかかる。
Bさんが米用の袋とビニール袋をもって戻ったので、子ネコに声をかけると、土手を登ってきた。そして、Kさんの車の前輪のタイヤの上にちょこんと座った。Cさんが「タオルを取ってくる」と言って戻った。体を拭いてやろうというのだ。
ところが、Cさんがタオルをもって近づくと、子ネコは逃げて、タイヤの陰に隠れた。それを捕まえようとすると、車の下から出てひょいひょいと道路を横切ってススキの枯れ藪に逃げ込んだ。藪は幅3メートルほどで、住宅地との間にフェンスがあったから、捕獲は容易にできる思われた。ところが、4人がかりで包囲して分け入っても姿が見えない。予想の範囲を超えて、ススキのトンネルの中を抜けて逃げてしまったのだ。
「袋から出してやったことをもってよしとするか」「あれだけ元気なら、この厳寒のもとでも生き延びてくれるだろう」おそらくはそんな、半ば祈るような思いで、心優しい人々は顔を見合わせて解散した。3歳の孫も、心なしか、ほっとしているように見える。
振り返ると、夕日は既に富士山の向こうに沈んでいた。
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Nov.20 '05 < 菊日和 >
晴天が続いている。例年になく、と思われる。
晴れわたった空に柿の実を見ると、秋日和という言葉が思い浮かぶ。が、旧暦ではもう冬であるから、冬日和と言うべきか。昔の人はこんな天気を小春日和と呼んでいたようでもある。それにしては、日中の日差しはまだ強い。
その強い日差しを受けて、菊の花の輝きが目につく。赤・白・黄色・紫と、今年は菊の当たり年なのだろうか。道端に咲きあふれているという観さえある。
そういえば、菊日和という言葉もある。このところの晴天は秋冬にこだわらず、菊日和と呼ぶのがふさわしかろう。
この菊日和は皇室にお祝い事があったからかもしれない。菊は天皇家の御紋である。
それはそうと、あの結婚式はよかった。簡素なのがいい。簡素は日本文化の粋である。例えば、一輪挿し。極めつけは日の丸の旗であろう。
散歩の途次に見かけた菊の写真でも一つと思ったが、一輪の菊も、咲きあふれている菊も撮り損ねている。ヘッダー、フッター(ホームページの頭と足もと)になりそうなものばかりをねらっていたためなのだ。
代わりに、ある軒先で見かけたものを載せておこう。フウセンカズラかと思ったが、アブチロンという品種で、チロリアンランプという花なのだそうだ。
写真といえば、「作文ワールドV」に掲載した「ヨセミテ国立公園」のジャイアントセコイア(アメリカ杉)や滝の写真が好評である。作文を読みながら、ご覧願えれば幸いである。こちらへ。
晴天のもと、朗報も相次ぐ。Sさんは県の作文コンクールで教育長賞を受けた。Oさんは社会人として看護専門学校の入試に合格した。
大学の推薦入試の合格発表も間もなくである。
Oct.23 '05 < 大学推薦入試 >
大学の推薦入試について朗報の聞かれる季節となった。
MくんはK大の、KくんはD大の、それぞれ「指定校推薦」にパスしたという。この推薦制度の場合、校内選考で推薦を受ければ合格は間違いないと考えてよいのだが、まだ大学での小論文試験や面接があるということなので、決定はまだ少し先のことになる。
大学の推薦入試には「指定校推薦」と「公募推薦」、他に「AO入試」や「スポーツ推薦」がある。
「指定校推薦」は、大学から高校に、例えば「成績が4.2以上の生徒を1名」というふうな推薦依頼がある。高校ではこの条件に合う生徒を募り、意欲や適性を勘案して推薦する。
Mくんは面接に備えて、改めて実績・抱負・自己PRなどを志望理由書に書き込み、Kくんは小論文の練習にいそしんでいる。
「公募推薦」では、大学から高校への、例えば「成績3.8以上の生徒」という要請に対して、この条件を満たせば何名でも応募できる。この段階では合格の保証はなく、合否は書類選考と小論文試験ないし面接によって決まる。この推薦制の場合、応募先の大学に拘束されることなく、複数校を受験できる。
一連の才媛・菜月さん(明治大)、聖子さん(上智大)、香織さん(日本女子大)は、この推薦制での受験生である。こちらへ。彼女たちはいずれも通信受講生であったが、現在、同じく通信受講生のSくんは長文の志望理由書を書き上げ、面接に備えている。
「AO入試」は「公募推薦」の一種で、一応、従来の成績にかかわりなく勉学の意欲と抱負を見るものである。成績を問わないとは言っても、大部の資料を作成しなければならないから、相当の「学力」を要する。選考は、たいてい一夏を超えて行われる。
「スポーツ推薦」は、これも「公募推薦」に準じて行われる。各種競技の技能に秀でていればよいのだが、学業成績が「3.2以上」等の条件も付けられる。将来の職業を考慮してのことでもあろう。
TくんはJ1のユースに所属するサッカー選手である。将来はサッカーの指導者になることを目指している。J1ユースの実力は全日本クラスの高校チームより上だから、入学すれば大学チームの大きな戦力になるだろう。Tくんは「これまでの自分の練習方法と今後の課題」についての小論を書き上げ、願書に添付した。実技面接の日が待たれる。
Sept.25 '05 < 七・五の四行詩 >
先週の土曜日のこと、理咲ちゃん(小4)が「何を書こうかなぁ」と案じている。
「井の頭公園へ散歩に行ったの。そうしたら、ハトがいて、鳴き声がわたしにそっくりだって、お母さんが言うの」
「それ、おもしろそうだね」、「じゃぁ、これにする」。
「ハトは、クゥクゥクゥと鳴くんだよね」と言って書き始めたとき、ふと思いついて「詩にしてみたら」と勧めると、「やってみる」。
あれこれ言葉をやりくりし、時にはヒントを得て、次のような詩ができた。
| ハト ハトが鳴いてる クゥクゥクゥ わたしの声に そっくりだ ここは公園 井の頭 母さん笑う クックックッ |
これには伏線がある。
7月の初めころのことだ。理咲ちゃんは「選ばれなかった『詩』」という作文を書いた。
学校の山荘へ野外観察に行ったときのことをもとに、次のような詩を書いたのだが、いっしょうけんめい書いたのに学級の発表会で選ばれず、くやしかったという。
| くりくり くりを見つけたよ くりくり トゲトゲがいっぱいあった いたかった だけど、小さなくりが三つもあったよ くりくり かわいい赤ちゃん くりくり トゲトゲに守られている |
なかなか着想がおもしろい。これを七・五のリズムで整えれば、もっとおもしろいものになるだろう。
そこで、七・五の詩の手ほどきをする。出だしを作って見せると、けっこう後を続ける。筆が止まるとヒントを出して、次の詩ができた。
| くりくり くりくりくりを 見つけたよ くりくりトゲが たくさんだ いたかったけど 取り出した 小さなくりを 三つもね くりくりくりが 赤ちゃんで くりくりトゲが お母さん 母さんトゲを さか立てて くりくり赤ちゃん 守ってる |
4行で終われば「七・五の絶句」というところであろうが、8行で「七・五の律詩」になってしまった。
それはともかく、詩作は久しぶりのことである。ふだん、多くの諸君の作文は、そこまで手がまわらない。ゆとりがないのだ。だが、こうしてできたのを見ていると、みんなに勧めてみようとも思う。
「七・五の四行詩」は漢詩と明治時代に始まった新体詩を手本にしている。この詩型のよいところは、例えば自由詩に比べて、リズムのあることである。それが作品に緊密感を生み出してもいる。
詩作の効用は何より、言葉選びを通じて言語感覚が磨かれることである。このことは俳句や短歌、あるいは川柳についてもいえる。生徒諸君には、できるだけゆとりをもってもらうことにしよう。
なお、「七・五の四行詩」の既成の例文については、こちらへ。
Sept.11 '05 < 夏の旅・社会科作文 >
この夏も生徒たちはいろいろな所へ出かけている。作文に現れたのをいくつか記しておこう。
誠ちゃん (小5)− 『ヨセミテ』(国立公園・アメリカ)
諒くん (高1)− 『東北本線各駅停車の旅』
貴くん (小5)− 『北海道の旅』(「寝台特急・カシオペア号」)
宗くん (小6)− 『鑑真記念館』(鹿児島県坊津町)
理咲ちゃん(小4)− 『祖谷温泉』(徳島県)→「祖谷のかずら橋」
祐馬くん (小4)− 『ハワイの海』
その他、『愛・地球博』組もいる(小5・佑樹くん、小6・朗くん等)。中学生は部活や受験で忙しく、あまり遠出ができなかったようであるが、それでも、地区の行事で磐梯山の麓まで出かけた生徒もいる(中1・匠くん)。
ただ、せっかくいい所に行っておきながら、作文の中味は総じて簡単である。書くべきことが多すぎるのかもしれない。
例えば、貴くんの『北海道の旅』は、富良野に行ったことは比較的くわしく書かれているが、小樽や函館に行ったことは、ただ行ったとだけしか書かれていない。お母さんに連れていってもらったのだが、話を聞いてみると、どうやら札幌を拠点にしてあちこちに足を運んだようである。
そこで、『北海道の旅』を一編のドキュメントに仕立てることにして、貴くんにはまず、頭の中に札幌を中心にした地図を、日時を追って描いてもらった。着いた日は旭川から富良野へ行って泊まり、翌日は札幌に戻って小樽に行って泊まり、その次の日はまた札幌に戻って函館に行き、そこから新千歳空港に戻ったことを、地図帳を見ながら頭に入れてもらう。
その上で、順次これに風景や歴史などの肉付けをしてもらう。石狩平野を特急で走り抜けるときには地平線まで広がる原野や、富良野の辺りでは美瑛の丘の花のじゅうたんを見たであろう。小樽ではレンガ造りの倉庫や運河の跡を見たようであるから、パンフレットがあればそれで、なければ百科事典で往時の賑わいを調べてみることにする。今なら、インターネットを利用することもできる。函館ならば、今回は行けなかったようだが、五稜郭に触れておいてもよかろう。
貴くん自身の趣味は電車、とりわけ特急に乗ることにある。だから、作文の中には頻繁に特急の名が出てくる。そもそも札幌へは、上野から「寝台特急・カシオペア号」に乗ったのだ。青函トンネルを潜るころは夜中で、眠っていたようだが、停車駅はよく覚えている。それを書いておくのも地理のよい勉強になろう。席は二階の個室だったということだから、眺めもよかったようだ。夕方に上野を発ってしばらくの間眺めていた広々とした風景は関東平野だった、ということを書きとどめておいてもよかろう。
……………………………………………………
このようにしてできたものを、道場では「社会科作文」と呼んでいる。その原型は「作文ワールド」の「熊本」にある。かずやくんの作文も、初めは「夏休みに熊本へ行った。2日目に阿蘇山を見物し、4日目は熊本城に登った」という程度の簡単なものだった。それが、地図帳や百科事典などで調べて、あのようなものになった。ぼんやりしていた記憶が、鮮明な認識になったことであろう。
他の諸君にも同じような指示を出している。それぞれが仕上がれば、名所案内にもなろう。「作文ワールドV」でも設けて「社会科作文」の特集をしてみよう。去年の夏のものを合わせれば、「タイのアユタヤ・日本人町」というのや「スイス・アルプスでのスキー合宿」というものなどもある。
Aug.28 '05 < 甲子園の砂 >
お盆を過ぎて、授業を再開した19日(土)の朝のこと。中1の匠太郎くん、小6の尊之くんと勉強を始めたところへ、ひょっこり勝也くんが現れた。「お土産です」と、ビニール袋を差し出す。さっそく開けてみると、黄色地に「甲子園」と書かれた包みが見える。クッキーのようだ。「ほ〜、ありがとう」と礼を言うと、「もう一つあります」と言う。
袋の底に小ビンが見える。取り出してみると、「甲子園の砂 H17.8.12」とある。一瞬、感動が走る。こんなものが手に入るとは、夢にも思わないことであった。
甲子園では、敗れたチームの選手が両手で土をかき集めて袋に入れているのをよく見る。あれは、帰って自分たちのグラウンドにまくためだと思っていた。だが、こんなふうな土産になることもあるのだ。
ビンのふたをとる。黒っぽい、どちらかといえば、砂だ。土ではない。尊之くんは「すっげぇ」と言って、見入っている。彼は少年野球のエースであるから、感慨は憧れにも似て、ひとしおなのだろう。
写真を載せておこう。
日付は国士舘高校が甲子園球場を去った日のものである。
勝也くんは肘を傷めているようだ。だから、大学では野球はやらず、教員免許をとって少年野球の指導者になりたいと言う。なるほど!
入学先の大学の野球部が放っておかないだろうが、肘が治るまで1〜2年休養するのもよかろう。
Aug.14 '05 < お盆と甲子園 >
道場はお盆の前後を休みにする。今年は一昨12日より18日までだ。ところが、ファクスは入ってくる。通信の受講生には休みにする旨を必ずしも伝えているわけではないからだ。せっかく乗ってきた諸君の気勢をそぐわけにもいかない。
1週間の休みとはいっても、丸まる旅に出るわけではない。せいぜい2泊3日の滝見物が関の山だ。3日以内に返送するという約束は何とか果たせよう。
一昨年は長野の米子大瀑布と岐阜の平湯大滝を見、去年は山梨の精進ヶ滝を遠望することができた。今年は北アルプスをくぐり抜けて、称名滝にでも行ってみようか。
甲子園野球は地元大阪桐蔭の登場で盛り上がりを見せている。駒大苫小牧や青森山田などの北の勢力の健闘ぶりも見逃せない。その青森山田に国士舘が敗れ、わが勝也くんはマウンドに立つことなく、甲子園を去ることになった。
勝也くんの活躍の場は大学に移されよう。ホップする球にみがきをかけて、神宮のマウンドに立つ日の来るのが待たれる。
甲子園といえば、もう1つ、春のセンバツ優勝校の愛工大名電が早くも姿を消した。春夏連覇を逃したのだが、わが道場にはこれを成し遂げた生徒がいる。祐馬くんという。作文にかなり克明な記録が残っている。「作文ワールドU」で紹介しようか。
Aug.7 '05 < 甲子園と広島 >
昨6日は複雑な思いに捉われた。「広島原爆60周年」であるとともに、甲子園の高校野球の開幕日であったからだ。
8時から広島での式典の中継を見た後、9時にチャンネルを甲子園に切り替える。入場行進に、かつての道場生が登場するからだ。
毎年、原爆の記念式典の中継には粛然とした思いで、テレビの前に座る。それは、あのケロイドという無惨な火傷(やけど)を決して人に負わせてはならない、という思いに捉われるばかりではない。身内に今も原爆手帳を持つ者がいるからなのだ。
あの日、叔母や従姉妹たちは爆心地から北東に離れた住宅街にいた。朝食後に外で遊んでいると、大きな音がしたかと思うと、突然屋根瓦ががらがらと崩れ落ちてきたという。結果として思えば幸い、間に土塀があったので、崩れ落ちる瓦からも閃光からも免れたということだ。
毎年、広島市長の訴えは力強くも悲しい。核廃絶を訴えるのは、原爆を投下した者への恨みでも糾弾でもない。原爆は悲惨だからなのだ。あんな火傷は負いたくはないし、負わせてもならない。そこのところが、アメリカばかりでなく、原爆保有国や保有願望国には分かっていないのみならず、そもそも日本政府に分かっていないのだ。
小泉首相の挨拶は毎年のことながら通り一遍で、実に頼りない。日米関係は重要であるとしても、核廃絶には厳然と対処すべきなのだ。
ブッシュが親友であるなら、一度でいいから広島・長崎に呼んでごらん。そうすれば、牛肉を買ってもいいよ、というぐらいは言っていいのだ。
そんな思いで、甲子園の入場行進を見る。いよいよ東東京代表の国士舘高校の列が現れた。先頭の中央に水越勝也くんの姿が見える。180cm余りある。実に朗らかに、手を振り上げて行進している。背番号は「18」。プロならエースナンバーだ。
3年前の今ごろは「夏期講習」の最中であった。成績優秀で、長身の速球投手であるから、引く手あまたであった。直前まで迷ったようだが、結局、監督の出身校に引っぱられてしまった。
これがよかった。「合格祝賀会」で「3年の夏には甲子園」と半ば冗談で言ったことが現実になった。
勝也くんにはお祝いの電話で、僭越ながら「ホップする球に磨きをかけるように」と言っておいた。
国士舘高校は、昨6日、幸いにも延長戦で1回戦を突破した。勝ち進むにつれて、炎天下、セットアッパー、クローザーとして、勝也くんの速球はますます冴えてくるだろう。
Jul.24 '05 < 夏休みの道場 >
窓外の一群のアジサイの葉は伸びに伸びて花を覆いつくしてしまった。先月初めには白く輝いていた、もう一群の花も今はピンクに変わって葉に覆われ始めている。アジサイの花は七変化するといわれるが、盛りを過ぎた花はだんだん薄汚くなってくる。だから、葉に覆われてしまうほうがよいといえる。そこを渡ってくる風は快い。
だが、その風も、夏休みになると9時前には遮断されて、クーラーに変わる。外から入ってきた身には、蒸し暑さが感じられるようだからだ。クーラーはそれから12時間余り断続する。一度クーラーを入れてしまうと、夕風が入るころになっても、それを切り替えるのは難しい。
3日前、夏期講習の初日は匠太郎くん、弘太郎くんの中1コンビで始まった。二人は学校は違うのだが、出会った最初から、なぜか気が合うようだ。互いに自慢をし、相手をからかう。このため、ともすれば作業が中断される。同じ科目では話がいっそうにぎやかになりそうなので、匠くんには英語を、弘くんには国語を作業に課す。
午前の部の後半は、今日は彩ちゃん一人である。いい便りを持ってきたのだが、これは後の機会に譲ろう。
二日目は、中1コンビに小4の龍之介ちゃんが加わる。家は六本木ヒルズの近くにある。「月1回のスクーリング」組なのだが、道場に来るのは3か月ぶりである。学校行事や習い事で忙しかったようだが、道場へ来ると調子が出るという。事実、表情が生き生きしている。夏休み中にはあと2日来る。
この日の午前の部の後半には、小6の太朗くんが加わる。彼は中央線特別快速で一駅の三鷹から通っている。最初の作文はタイ旅行のことで、その中にアユタヤの名が出ていた。お母さんによると、歴史が好きだということなので、「日本人町」のことを調べてみようということにしている。
午後は1時半から3時間余を中3生専用の時間帯にしてある。ところが、耕くんがサッカーで勝ち進んで都大会への出場を決めたため、講習は夜にずれ込んでいる。それでも、予習に課したノルマはこなしている。
今日24日がトーナメントの1回戦だという。結果が待たれる。
今日は、月1回のスクーリング生も面会者もいない。
そんなわけで、昨夜はゆっくり一献を傾けた。メインは、先日Sさんとお母さんが秋田から運んできてくれた「あきたこまち」の純米酒である。舌の上でやわらかにとろける。快いままに杯を重ねる。
ぐっすりと眠れて、寝覚めがさわやかだ。吹き抜ける風が快い。
残余のことは次の機会に譲るとしよう。
Jul.5 '05 < ホームページ6周年 >
窓外のアジサイは葉を繁らせ、花はそれに負けじと首を伸ばす。夜来の雨滴が花にも葉にも薄日に光る。梅雨の晴れ間、朝のうちは涼しさも感じられるが、昼近くから蒸し暑さが加速しよう。午後は思い切り汗をかこう。たまには草取りでもしようか。
このところ、遠来の生徒が増えた。「月1回のスクーリング」では都内の世田谷や練馬のほか、多摩西端の青梅や八王子、神奈川の川崎からの生徒もいるのだが、JR中央線の特別快速で一駅なら毎週でも通う、ウィークデイでもよいという生徒が相次いでやって来たのだ。
7月からは、小田原からの生徒や、はるばる秋田からの生徒も迎える。
夏期講習の準備に本腰を入れなければならぬ時期にもなった。高校入試には記述問題が増えているため、中3生には過去問のその部分の解答例を作っておく必要がある。小学生も作文のほか、記述問題集での演習の希望者が増えているため、学年の違う3人を相手にするときのために、準備を怠りなくやっておかなければならない。
公務員試験は夏がピークで、大学のAO入試は夏休みから始まる。今は過去問をもとに、論文構成の情報交換に忙しい。公務員試験では社会の現状認識と改革へのヴィジョンが必須で、AO入試では過去の実績と学問への意欲が決め手となる。
昨日7月4日はアメリカの独立記念日、今日7月5日は当サイトの記念日である。
6年前の'99年の今日、明け方にアクセスカウンターが付いてカウントを開始した。そして昨日、区切りよく18万カウントを記録した。
1年目は約1万、2年目は2万、3年目は3万、4年目は4万と伸びてきたので、5年目は5万かと思ったのだが、4万止まりで、6年目も4万であった。ただ、ここ3年は毎年4万であるから、1日平均100を越えており、以ってよしとしよう。その道の専門家によっても、これは上々なのだそうだ。
当サイトでよく読まれるのは、生徒の例文と成長過程、教育情勢の分析、当道場の生徒の様子などであるようだ。今後も週に1つは何かを書き記していくとしよう。
Jun.9 '05 < スポーツ少年と作文 >
日付を見ると、5月は全くのブランクとなっている。「世事雑感」の「学力」に気をとられていたようだ。
その間、窓外の若葉が青葉となって庭を埋めてきたなとは思っていたが、気がつけば、早や紫陽花も花をふくらませ始めている。大きいのは子どもの頭ほどもある。
たまには写真を載せてみよう。不細工だが、なまじトリミングするよりはよかろう。陰の濃さが夏の到来を思わせる。空にも夏の趣がある。
これから梅雨に入ると、水色やピンクの紫陽花も咲き始めよう。
この写真の窓は南西に面しており、背後の南東側に教室の入り口がある。現在、日中は窓や戸はすべて開け放ち網戸にしてある。街路に蒸し暑さのある日も、ここにはひんやりとした風が通り抜ける。
午後4時をまわると生徒諸君が庭伝いに入ってきて、網戸をきしませて一人二人と入ってくる。
祐馬くんは小学4年生。3月に入門したてのころはそっぽを向く感じであったが、このごろは晴れやかな顔で入ってくる。そして、宿題の作文を投げるように差し出す。また試合に勝ったようだ。春の大会に優勝して、夏の大会も連戦連勝だという。作文の題には「野球のじゅん決勝」とある。祐馬くんはピッチャー陣の一人で、打つほうも主軸を担っている。
この種の作文では、試合の経過と自分の活躍を書かせるようにしている。
当初は書くことを強いられている観のあった祐馬くんの筆も、近ごろは軽快である。1回の表・裏に始まって経過が克明に書かれている。きっと、勝っているから試合の内容もよく覚えているのだろう。
同じことは小6の尊之くんについても言える。尊之くんもピッチャーでクリーンアップを打っている。こちらは高学年の部で、春に続いて夏の大会でも勝ち進んでいる。
尊之くんは「遠足」のことを書くときはしきりに考え込んで、1枚を書くのがようやくといった感じだが、野球のことになると、しっかり2枚は書いてくる。自分の活躍を書き込むのも忘れない。きっと、勝った試合のことだから、書くのも楽しいのだろう。
ここから得られる、書かせる側の教訓は、生徒にはまず好きなことについて書いてもらうことである。
小4の基くんの場合、身辺雑事をうまく題材にしているのだが、たいてい用紙半分ほどの分量で終わる。ある時、サッカーをやっていることが分かったので、それを書かせてみると、喜んで書き始めた。具体的に聞き出すと、字数が延びて、たちまち2枚になった。
好きなことといえば、これはスポーツではないが、小5の貴晴くんの趣味は電車に乗ることであることが分かった。お母さんによると「鉄道マニア」、今ふうに言えば「電車オタク」で、関東一円の電車にはほとんど乗っているという。そこで、今はもっぱら電車の旅について書いてもらっているのだが、筆は快調に進んでいる。
「好きこそものの上手なれ」
好きなことについて書いていると、作文までが上手になるようだ。
Apr.28 '05 < ある入試選考 >
新学期が始まってまもなく、うれしくも粛然とするファクスが届いた。Tくんのお父さんからだ。Tくんは国立大学の付属高校に通っており、今も作文を続けている。
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坂口先生
今日は嬉しいご報告とお礼を述べさせていただきます。作文添削でめんどうをみていただいている息子ですが、おかげさまで高校に元気に通い始めました。入学試験を受けたときは内申点が悪かったので、合格は無理とあきらめかけていた学校です。それだけに通学の足取りも軽いのでしょう。友達もすぐにできそうだと嬉しそうです。
先週末のこと、息子から思いがけない話を聞かされました。担任の先生から入学試験の結果について、生徒一人一人に面接して話をされたそうなのです。その合格のいきさつを聞いて驚きました。
「通常なら不合格だが、国語の成績があまりによいので合格とした」というのです。
入試の合否判定は内申点と筆記試験の得点とを総合的に判断して行われるのですが、息子は内申点が悪く、通常の平均点以下の成績しかありませんでした。しかも、中学3年生の夏に水泳のパンツを(たぶん、わざと)忘れて、ほとんど水泳の授業をさぼってしまったために、保健体育は5段階評価で「1」という、これまた最低の評価しかいただけなかったのです。このときほどわが息子を情けなく思ったことはありません。
そんなわけですから、本当に不利を承知のチャレンジ受験だったのです。高校の先生の話では、やはり、通常なら内申の評定に「1」があるだけで、『足切り』して当然、不合格とするところだったとのこと。ところが、筆記試験(英数国の3科目)で、息子は、国語の点数が96点で、一般受験者中トップという驚異の成績だったというのです。しかも、漢字を2問間違えただけだそうです。
それで、これほど試験の成績が優秀な生徒を落とすわけにはいかないと、『足切り』はされず合格となったというのです。また、筆記試験の結果と内申点とのあまりの差に多くの先生方がびっくりされたという話です。まったく信じられないような話ですが、どうやら本当みたいです。
息子は、もともと中学のときのテストでも、国語はたまに好成績を出したものの、いつもそうだったわけではありません。読書は好きで、他の子より多く本を読んでいたと思いますけれども、これまで国語はずっと普通の成績でした。ところが、3年生の3学期、年明けに行われた中学で最後の実力テストで、国語で初めて90点以上とったのです。このときはまぐれかなとも思いましたが、本番でもこのような成績を残せたとなると、どうやら本物のようです。
これは、坂口先生のもとでご指導を受けた作文経験のおかげだと思います。自分の考えをまとめ、表現するということはこれほど大きなことなのかと、驚嘆いたしました。本当にどうもありがとうございました。どうか、これからもご指導よろしくお願い申し上げます。
(2005.4.12)
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お父さんは、しかし、結果を手放しで喜んでいるのではない。その後のファクスには、Tくんが「1」をとったことについて、「いかに試験の成績がよかろうとも、それは帳消しにすることの出来ぬ汚点でしょう。愚息には、今回の結果だけに満足せず、行いをしかるべく反省するようにと戒めてあります」とある。
成績の急激な上昇については、何かのきっかけで潜在能力が一気に現れたのであろう。あるいは、それまでの蓄積が噴出したとみるのがよいか。そのきっかけが作文であったとすれば、うれしいことだが、振り返ってみれば、思い当たるふしがないではない。
推薦入試に備えた作文では、初めはぎくしゃくした文章であったが、書き慣れてきたころ、4回目あたりであったか、内容も構成もピタリと決まったことがあった。体操選手が空中で何回転かしたあとピタッと着地する、そんな感じであった。
Apr.7 '05 < 『世事雑感』 >
一昨日「春期講習」を終えた。昨日は一息をつく。10日ぶりに「春眠暁を覚えず」ぐっすりと、惰眠をほしいままにする。
とはいえ、春休みが終われば新学期となる。午後4時からは通常授業に戻る。
4月に入って来訪者が多くなった。道場の建物が、改装によってすっかりきれいになったからだろうか。入門者も例年になく多い。といっても、何十人も押し寄せるわけではない。1コマの定員が3人であるから、器に合わせて人が来る、といった趣きである。
ホームページの改装にもぼつぼつ取りかかる。何はともあれ、例文を増やそう。「作文みるみる上達記」のようなものがよいだろうか。「読書感想文」を提示しておく必要もあろう。
メールマガジンに代えて、「答案百花」も整理しなければならない。
昨6日には、中学の新しい教科書の検定結果が新聞発表された。「発展」というレッテルが貼られて、いろいろな項目が復活した。それらの扱いはどうなるだろうか。生徒諸君の顔が重ね合わさる。過重負担にならなければよいが。
「発展」の学習内容は「学力の低下」を懸念する声に押されて復活したものである。これに並行して「総合学習」の時間の削減の動きもあるが、そもそも「学力」とは何か、これを抜きにして事態が進行しているように思われる。「世事雑感」のサイトでも設けよう。こちらへ。
Mar.24,31 '05 < 新装開場 >
道場の建物は、ただいま改装中である。10日ほど周りを覆っていた足場とネットが、春休みを前に取りはずされ、白い建物が現れた。朝日にはけっこう輝く。燦然と、と言ってもよいほどだ。
これがお店なら新装開店というところなのだろうが、道場だから新装開場とでもいえばよいだろうか。
白い建物を見上げて、ホワイトハウスと呼ぶ人もいれば、白亜の殿堂と呼ぶ人もいる。
気分一新。これを機に、ホームページも装いを新たにすることにしよう。
道場内では既に、小学生にも記述問題中心の講座を設けているが、これを通信による受講生にも紹介するとしよう。その他、最もよく読まれているのは例文のようであるから、これの充実にも努めよう。
例文は当初は「作品展示場」に掲載していたが、3年ほど前には半年ほどメールマガジンに連載し、今もバックナンバーを残したままでいる。だが、読者はこのほうには、登録のわずらわしさもあってか、なかなか見に行ってくれないようだ。常々「展示場」に引き戻すことを考えていたことでもある。今がよい機会でもあろう。
(Mar.24)
メールマガジンをいったん廃刊にすることにした。昨30日から今日にかけて「添削マガジン『光る文章』講座」、「『俳句かるた』マガジン・一句の味わい」の手続きを終えた。
それぞれ半年、3か月の間休刊していたのだが、廃刊を決めて肩の荷を下ろしたような気分でもある。
減量も改装の一つであろう。その上で、新装を考えてみたい。
新しいサイトとして、「世相あれこれ」「時事雑感」というふうなものが思い浮かぶ。生徒諸君に接していると、世相との関係であれこれ思うことが多い。
これまで、この種の問題には、この日記で簡単に触れる程度であったが、少し踏み込んで論じてみると、けっこう反響もある。例えば、去年の8月末の「読書感想文」についての論評である。こんなものをサイトを新たにして随時提起してみようかと思う。
現在なら、「総合学習の時間」の削減問題がある。その一方で、中学進学を目指す小学生が連日大量の宿題とテストに追い立てられていることでもある。
時には、プロ野球はどうなるのか、そんな話もしてみたいと思う。
しかし、初心忘るべからず! 「光る文章」講座に磨きをかけねばならない。
春期講習が終わったら、段取りをつけることにしよう。
(Mar.31)
Feb.25 '05 < 立春(2) >
「立春」の続きを、1週に1つは書こうと思いながら、はや3週たった。入試対策に加え、ファクスの山を見ると、日記は二の次になってしまう。
週初めの21日に高校の入試対策を終え、昨24日の深夜に大学の、まさに追い込みも終えた。
春よ、春。道場の春は朗報によってもたらされる。節分に先立つ1日の夜、シンちゃんから聖徳学園中の特別選抜に合格したとの電話が入る。
この中学は例年作文の課題を前もっていくつか発表していたのだが、今年は当日のぶっつけ本番となった。
お母さんの心配は大変なものだったようだ。試験時間の終わりごろ、題の発表があって、それを見たとたん、お母さんは「目の前の壁が崩れ落ちるような気がして………、でも、終わって出てきた息子の顔が、とても晴ればれしているのにはびっくりしました」
シンちゃんは「『600字以上書いたよ』と、ホクホクして自信満々でした。その自信は先生からの一言であったと思います。『何が出ても書けるようになっているから大丈夫』。前日の寝る時にも、本人も「だいじょうぶ」と言っておりました。
それにしても、聖徳学園中は人気がある。小5のタカくんが同じく特別選抜を目指して、はや控えている。「なぜ、聖徳学園なのだい?」と聞くと、「しっかり勉強できるようにしてくれるんだって」と言う。シンちゃんとタカくんとの間には何のつながりもないようだ。
こんな電話もあった。「合格しました」。ノムさんからだ。ノムさんは印刷関係の会社で働いている。いろいろなデザインの名刺やハガキ、封筒などを見ているいるうちに、自分でもデザインしてみたくなったのだ言う。
動機と抱負が評価されたのだろう。ノムさんは今春、多摩美術大学・造形表現学部・デザイン学科に進む。
都立高校や旧国立大学の発表はまだこれからである。
Feb.4 '05 < 立春(1) >
暦の上の大寒は先月20日であったが、ほんとうの大寒はやはり月末から月初めであったようだ。
今日は立春。厳寒も峠を越えて、これから三寒四温の日々を繰り返しながら暖かさを増していくのだろう。
春といえば、道場にとっては合格の報に優るものはない。しばらく日記を怠っている間にも、朗報は続く。
大学の推薦では、愛知のカオリさんの日本女子大英文学科に続いて、和哉くんが立教大法学部への進学を決めた。本人は社会学部を希望していたが、これは遠慮がちの感じだったので、あえて競争率の高い法学部を勧める。英検2級、漢検2級に加え、卒業論文が評価されたようだ。
高校の推薦入試では、コマくんが都立高に合格した。都立の推薦入試は倍率が高い。内申点がよほど高くないと合格はおぼつかない。トップ校ではオール5でも確実とは言えない。コマくんは平均4で、競争率は3倍であった。合格するかどうかは結果が出るまで分からない。
ところが、「自己PRカード」の下書きを読んでいるうちに、ひょっとしたら、ひょっとするかもと思われた。活動がユニークなのだ。ふだん道場では見せない一面が垣間見える。「高校入試の作文」のページにでも書き記しておくとしよう。 こちらへ
−2004年−
「朗報・雑報」 「入試問題は記述の時代へ」 「読書少年」 「台風の日」 「作文の題材探し」
「読書感想文」 「部活の作文」 「旅だより」 「夏期講習」 「OB」 「漢検」 「著書」
「授業見学」 「身障者受験」 「4年越しの合格」 「チラシ広告」 「背水の陣」
「ユニークな受講生」 「塾保険」 「新傾向の中学入試問題」 「冬の陣」
Dec.28・31 '04 < 朗報・雑報 >
冬期講習時は、例年のことながら忙しい。受験生のことを考えると、緊張も強いられる。そこへもってきて、今年は降って湧いたような事件があった。先月末の、「25年ぶりに見つかった『俳句かるた』の一件である。
それも昨日で落着し、冬期講習も明日で中休みに入る。「朗報・雑報」とでも題し、積もる話を書き記そう。
(Dec.28)
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「合格しました」。電話の向こうで、さわやかな鈴の音のような声が聞こえる。愛知のカオリさんからだ。日本女子大・英文学科に合格したのだ。今期の合格第1号となる。先月末のことである。
答案練習の経緯を詳しく記したいところだが、他日を期して「大学入試の小論文」のページに託すとしよう。
道場主も師の端くれであるなら、この12月はまさに「師走」であった。
冬期講習の準備に加え、先月末から『俳句かるた』の分配の作業を余儀なくされたためである。時には、授業の合間を縫って宅配便の営業所に車を走らせることもあった。
見つかったかるたは、希望者の手に少なくとも一つは渡って、冬休み前に全てなくなった。そんな一件をつゆ知らぬ生徒たちとの授業も中休みを迎え、今、雪の大晦日となった。
(Dec.31)
Nov.18・21・25・30 / '04 < 入試問題は記述の時代へ >
今週末から来週にかけて、中3生は期末試験を終える。道場ではその後すぐ、試験を終えた生徒から順に「冬期講習・80日間トライアル」に入る。都立入試の直前までの、およそ80日を視野に入れ、特訓が続く。
国分寺高校を目指すSくんの中心課題は「記述問題」である。国分寺高校は都立であるが、入試では独自問題を課している。
都立高校は、都知事が代わってから、様変わりした。学区にかかわりなく希望校を選べる他、かつての名門校で独自問題の出題が行われるようになった。4年前の日比谷に始まり、翌年の西、続いて新宿、戸山、国分寺、八王子東、そして、今春は立川、国立、青山、隅田川と、計10校で行われている。
その特徴は問題量が多いことと、記述問題の占める割合が高いことである。
国語では記述問題への配点が約50%となっている。選択肢問題が30%、漢字の読み書きが20%の割合である。数学でさえ、証明問題のほかに、問題を解くプロセスや途中の計算を書かせる問題が2〜3題ある。英語では英作文の比重が高い。
Sくんは内申対策の合間に独自問題に取り組んできた。初めは倍くらいも時間がかかっていたが、次第に時間が短くなり、文章も整ってきた。期末テストが終われば勉強は入試一本に絞れるので、エネルギーを独自問題に注入できる。過去問を練習台に、量をこなしながらすっきりした文章が書けるよう、ともども努めるとしよう。
(11/18) −つづく−
記述問題といえば、私立の雄・開成高校ではここ2〜3年、選択肢問題が消えてきている。今春は漢字の読み書きを含め、100%記述問題になった。
このような傾向を踏まえた「開成Jr模試」というのがある。セタガヤくんがこれに挑戦した。中2であるから、英語は散々であったが、数学はまずまず、国語はこれまでになく高得点をマークした。
とはいえ、答案には丸はあまりなく、三角が多い。これは、おそらく読み飛ばしながら書いているためであろう。セタガヤくんは大手の塾に通ってもいる。そこは、とにかく宿題が多い。夏には全都道府県の入試問題が宿題に課されていた。このノルマをこなすには拾い読みでもして素っ飛ばすしかなかろう。荒っぽい。頭ががさつになりはしないか。
セタガヤくんには「きちんと頭を働かせよう」とアドバイスしている。そうすると精読ということになるのだろうが、入試には時間制限があるから、速読も要する。このあたりの兼ね合いをどうするか。王道は、着実に読み取りながらスピードを上げる練習をするほかにはなかろう。
これは、Sくんについても同じことが言える。読解に取り組むとき、各人は別室で一人ぼっちにさせられる。
(11/21) −つづく−
記述問題への流れの背景には何があるのだろうか。
それは、第一に表現力や思考過程を見るためであるが、選択肢問題には「まぐれ」ということがあるためでもある。
この傾向は中学入試においても見られる。
東京都でも来春より中高一貫教育を始める。
(11/25)
−つづく−
既に、先陣の白鴎高校付属中学校と、それに続く3校では「適性検査」という名の入試問題の課題例を発表している。それらの解答は全て記述方式である。
現在、スミダくんがこれらの課題例に取り組んでいる。入試は来年2月3日である。
例題は「白鴎高校」のホームページの他、東京都のホームページの「東京都教育委員会」→「都立高校改革」〜「適性検査」、もしくは、「両国高校」→「6年制中高一貫教育」→「リンク」によって見られる。
(11/30)
Nov.11 '04 < 読書少年 >
「朝日中学生ウィークリー」という新聞が届いた。セタガヤくんのお父さんからだ。
一面の左半分に「作家・重松清さん 読書好きの中学生と語る」とあって、重松さんを中に男女二人ずつが談笑している写真が掲載されている。その一人がセタガヤくんで、横顔が写っている。「なに、読書好きの仲間入りをしたか」と、多少の感慨を禁じ得ない。
セタガヤくんは、国語力を強化するために去年の夏から遠路を道場に通っている。今年の夏休みに入った頃からであったか、勉強の合間にバッグから本を取り出しては、さかんに「これ、おもしろいっすよ」と言っている。重松清さんの本だ。学校の図書室から取っかえ引っかえ借り出しては読んでいるようだ。
お父さんによれば、「これまで、まともに本を読んでいるところなど見たことはなかったのですが、最近は変わってきましてねえ。真剣になって読んでいるのです。著者が来るというので、話を聞きに行ったとも言っておりました」 それが、新聞の座談会の記事になったわけなのだが、ちゃっかり紛れ込んでいるという感がなくもない。だが、俄仕立てであるにせよ、「読書好きの中学生」であることに違いはない。
何がきっかけであったのか。座談会の記事には、「僕は中二になるまでまったく本を読まなかったけど、塾の国語の問題に重松さんの文章が出ていて、『なんでこの人は僕の気持ちがわかるんだろう』と思って、それから本を読むようになりました」とある。縁とはこんなものか。
重松さんの作品には、直木賞を受けた『ビタミンF』をはじめ、『エイジ』『ナイフ』など、中学生の登場する作品も多いという。セタガヤくんはこれらの本のどこに感銘を受けたのだろうか。そもそも、これらはどんな話なのだろうか。いずれ、セタガヤくんにそれを話してもらおう。いや、書いてもらうとしよう。いい読書感想文ができるに違いない。
Oct.21 '04 < 台風の日 >
大荒れの台風23号は道場にも少し影響を及ぼして通り過ぎていった。
午後になって、23号は岐阜の辺りから進路を東に向けたようだ。こちらに来るのだろうか。既に暴風圏に入っているようだが、風はあまり強くない。時々ザッ、ザザッと、強い雨が落ちてくる。
1時半ごろであったか。小5の貴くんのお母さんから、曜日を変更してほしい旨の電話が入る。貴くんは20分くらいの距離を歩いて通っている。諾とする。折しも、雨が風に叩きつけられた。
続いて、小3の彩ちゃんのお母さんから入る。彩ちゃんは自転車で5分余りの所から通っている。この時点で、今日の授業の中止を決める。
中止の連絡をとり始めたが、なかなかつながらない子もいる。留守のようだが、留守電に切り替わらないのだ。全員に連絡がついたのは5時半ごろであった。
今日は日本シリーズの第4戦も中止になった。では、メールの返事書きでもするか。「時間内に書く方法」を書くには少々時間がかかることでもある。
台風情報のテレビをつけたまま、パソコンに向かおうとしたところ、ドシン、ドシンと庭の方で音がして、ガラッと戸が開いた。豪雨の中から大柄な男の坊主頭が飛び込んできた。高3の慎也くんだ。今日はきみの日ではないよ、と言おうとする間もなく、「あしたは古文の試験なんです」。
慎也くんは中間試験の最中なのだ。二学期の成績はもう内申には関係ないから、勉強は現国と英語に絞ろうと言ってあったのだが、慎也くんは熱心だ。『源氏物語』「若菜」の巻を読み合わせ、訳を確かめる。
雨脚は依然強いが、風は次第に弱まってきたようだ。
Oct.7 '04 < 作文の題材探し >
このところ、日曜の夜から月曜日の朝にかけて、ファクスの受け皿に用紙がふわふわと盛り上がる。その山を見ると、一瞬プレッシャーを感じるが、それはうれしいプレッシャーでもある。主に小学生の作文なのだが、ほとんどの生徒が週に一つは書くようになっているのだ。
一般に、何を書いてよいか分らない、という生徒が多い。そこで、道場ではあらかじめ、「あんなこと、こんなこと」というメモ用紙を渡して、題材を7つ8つ用意させるのだが、それが尽きてしまうと、考えあぐねることにもなる。
そんな生徒には、「きのうのこと」を書くよう勧める。
前の日のことなら、「忘れた」とは言えまい。朝起きてから夜寝るまでのことを、何時に起きて、朝食には何を食べ、何時に家を出て、だれそれといっしょに学校へ行き、1時間目は何で、…、給食では何を食べ、昼休みには何をして遊び、…、放課後には何をし、何時に家に帰り、夕食までは何をし、夕食後には何をし、何時に寝たかを、メモふうにでもよいからと言って書かせる。
そうすれば、いつもと変わらぬ一日のように見えても、何か一つは変わった出来事があるものだ。それを聞き出して、くわしく書かせる。
これによって、生徒は題材探しの要領を覚えるようである。「きのうのこと」を2度も3度も書く生徒はいない。遠足や運動会がなくても、書く材料に困る生徒はいなくなった。
題材探しといえば、ユニークなものを見つけてくる生徒もいる。
小5の直宏くんは今、日本の歴史を書いている。塾で習っているのだそうで、学習の記録なのだが、単に事柄を列挙するだけでなく、工夫もしている。例えば、奈良時代では安倍仲麻呂を取り上げて、その生涯を描いている。一人物について語ることは、自然に時代背景に触れることにもなる。読んでいるうちに奈良時代に誘い込まれる。
「山の池」というロマンティックなものもある。これは小3の勇くんの長野旅行の記録である。中1のリカちゃんは少林寺拳法の「六日間の合宿」を6週にわたって書き上げた。
これらを読んでいると、プレッシャーも次第にほぐれてくる。
Sep.2 '04 < 講習余聞 >
夏期講習は8月30日をもって、ほぼ予定どおりに終了した。31日と9月1日、2日を予備日とし、補講に充てるつもりであったが、2日の今日だけで済みそうだ。お陰で2日間はいい休養になりそうだと思いきや、ファクスが続々と届く。宿題の作文のほか、就職試験など急ぎのものもあるようだ。2日間は、丸々添削に充てることになった。
増え続けるアクセス数は、夏休みの最終日の31日、遂に500を超えて515となった。作文の宿題に追われている人が多いと見える。中には、下記の「読書感想文」読んでくれていた人も少なからずいたようだ。
読書感想文の例文を読みたいという希望も寄せられている。
Aug.26〜31 '04 < 読書感想文 >
夏休みに入ると、それも後半になると、当ホームページへのアクセス数がぐんと増える。ふだんは1日100〜150くらいなのだが、8月も下旬になると、300〜400にもなる。きっと、作文の宿題で困っている人が多いのだろう。実際、作文についての問い合わせが多く、読書感想文についての相談も多い。 (8/26)
読書感想文は、あらすじ・あらましを書き、印象に残ったこと・興味をもった部分について書けばよいのだが、これが二つの点でなかなか難しい。一つは、あらすじ・あらましがまとまらないこと、もう一つは、感想が浮かんでこないことである。 (8/28)
あらすじのまとめ方は、一般的には「こんな話なんだよ」と、人に話して聞かせる調子でよいのだが、難しいのは、コンクールで入賞でもねらうつもりなら、それが感想部分の位置を示すために必要十分なものでなければならないことである。
もう一つの「感想」については、実はこれは、難しいというより、生徒には酷なのである。読後に「どうだった?」と聞いても、「おもしろかった」 あるいは、「つまらなかった」というのが関の山であろう。それ以上に「もっと何かを感じろ」と強いられでもすれば、これは生徒には拷問にも等しい。
読書家と言われる人でも、読後の感想はたいてい一言なのである。 (8/29)
感想文といえば、「あらすじを書くな」という先生がいるようだ。「すじを書いて字数を稼ごうとするな。感想を書け。自分の考えを書け」ということのようだが、これは極めて危険な指導法である。どんな話のどの部分について書いているのかが分からなければ、せっかくの考えも「木を見て森を見ず」ということになりかねないからである。 (8/30)
これとは逆に、「あらすじをしっかり書きなさい」という指導があってもよいのではないか。一部を取り上げてあれこれ理屈をこねるよりも、一遍の物語のすじをしっかりつかむほうが、どれだけ読書の収穫が得られることか。
実際、すじさえしっかりつかめば、感想は自ずと出てくるもので、うまくすれば、それが主題に関わるものである場合もある。
それほどでなくても、あらすじをしっかり書いた上で、最後にひとこと「○○が〜〜したところがおもしろかった」とでも書き添えれば、それで立派な感想文になろう。中味をしっかりつかんだという収穫があれば、たとえコンクールで入賞しなくても、それでよいのだ。 (8/31)
Aug.5〜12〜19 '04 < 部活の作文 >
夏休みは部活にとっての書入れ時でもある。
ミチオくんは京都の名門大学付属中でホッケーをしている。1年の当初はお遊び程度のものという感じであったが、2年になってからは練習試合の数も増えたようで、作文の内容はもっぱらホッケーのことになった。試合の経過と反省が、次第に念入りにつづられるようになった。
対外試合やリクレーションの様子を読んでいると、部は相当の伝統があり、100人近い大所帯であるようだ。高校や大学の先輩とのつながりも強いようで、実力は全国レベルにあることも分かってきた。
では、いったいどんな練習をしているのだろうか。最近それを書いてもらった。 (8/5)
「今は最も練習が厳しい時です。全国大会の前だからです」 という書き出しで、「たとえば、追っかけ走50メートルを5本2セット、その後に100メートルダッシュと100メートルジョグのインターバルを10本3セット、その他、50メートル折り返し5本連続3セット」等の練習メニューが紹介される。
さらに、「夏休みになると、朝9時から練習が始まります。まず、基本中の基本のパスまわしからです」とあり、「2人パスシュート、スピードをつけてのパスシュート、フォワード2人対ディフェンス1人のカウンター、3人対2人、……」等々とだんだん専門化していき、「最後に実戦形式の練習試合をします」とある。
読んでいるだけでも、汗だくになり息も切れてしまいそうになるが、本人たちは平気のようだ。大きな目標があるからなのだろう。
それはともかく、ミチオくんの作文はそのまま部のミーティングや部の紹介の資料としても役立つことだろう。 (8/12)
モモちゃん(中1)はジュニア・オーケストラに入っている。夏休みの練習は朝の10時から夕方の6時まであるそうだ。体育館のステージにはクーラーがないから、全体練習の時はのどがからからになる。「終わってから水を飲むと、水のありがたさを感じる。もしも水がなかったら、……」ということから、発展途上国の水問題にも話が及び、「水と命」についての一遍ができ上がった。
少林寺拳法のリカちゃん(中1)は、今は合宿中とのことだが、先日は武道館で行われた「練成大会」について書いていた。大会には全国から小中学生が集まっていたこと、天井には大きな国旗が掲げられていたこと等に続いて、演武について「私はまだ見習いなので、技が成功した、失敗したなどはよく分かりませんが、とにかく迫力があり、かっこよかった」とあった。
合宿についてはどんな模様・印象がつづられるであろうか。 (8/19)
Jul.28 '04 < 旅だより >
神戸の格くん(小3)から「おきなわ」という作文が届いた。今夏の旅だよりの第1号である。旅の話がファクスや郵便で届くと、作文であっても、たよりという感じがする。
格くんは家族で4泊5日の旅であったようだ。作文には到着した日のことが書かれている。これから、何回かに分けて日記風に見聞記が送られてくることだろう。
近所の幸ちゃん(小6)は、今ハワイに行っている。一つ言い忘れたのは、日記をつけるようにということだ。帰ってくれば、もちろん作文を書いてもらうことになる。なるべく詳しく書いてもらうとしよう。
幸ちゃんは忙しい。8日間の夏期講習を終えると、お盆のころから月末まで、宮城の栗駒山麓に行くようなのだ。今度は日記帳を持っていってもらおう。
小田原の近くの町に住む直くん(小5)は、この夏休みに大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くと、5月ごろの作文に書いてあった。今度行けば4回目になるという。ディズニーランドやディズニーシーにも同じくらい行っているようだ。
これらの話になると、作文は俄然活気づく。話の運びに力強さがある。
合宿も、遠隔地で行われれば、旅となろう。アユちゃんが昨夜、長野・安曇野の合宿から帰ってきた。彼女は高校のハンドボール部のマネジャーをしている。
午後3時ごろ、「疲れた〜」と言って入ってきた。12時間余りも眠ったはずなのだが、まだ眠いと言う。合宿では午前0時就寝、5時起床の毎日だったそうだ。マネジャーとはそんなものらしい。旅どころではなかったことだろう。
Jul.21 '04 < 夏期講習 >
今日から夏休み。そこで、道場の時間帯が変わる。
午前の2コマは小学生と中学1・2年生、午後は中学3年生、夕方からの2コマは高校生と部活のない中学生の時間帯となる。この範囲で、通学生は出席日を選べる。
夏休みは部活の合宿があり、家族旅行があり、という具合であるから、合間に出席する、という格好であるが、生徒諸君には、出席日を選べるほうが気が楽なようだ。その分、勉強の能率は上がる。
ただ、一つの時間帯に希望が集中しても困るから、予め「希望日時調査票」を提出させる。だが、不思議なことに、希望がぶつかり合うことはほとんどない。各コマに2〜3人ずつ収まっていく。未定の諸君は徐々に空いた所に収まって、例年これで「夏期講習」は進行する。
夕刻の1時限目、『徒然草』を訳出していたかずや君が「漢検、受かっていたよ」ともらした。2級合格だ。インターネットで発表されているのだそうだ。「拍手!」と言ったら、隣の部屋からひときわ大きくパチパチと手が鳴った。大志君だ。彼は中3ながら、準2級に合格している。苦労を知る者の歓び、といったところであろうか。
Jul.8 '04 < OB >
昨日に続いて今日も異常な暑さである。じっと座っているだけでも、風がないと汗が吹き出てくる。東京都心では35℃近くを記録し、内陸部では38℃まで上がっているという。
7月上旬のこんな暑さは、しばらく前にもあった。サッカーのワールドカップがアメリカで行われていた頃であるから、10年前のことである。
「言ふまいと思へど今日の暑さかな」。昔の人はこんな暑さにもじっと耐えていたのであろう。今はクーラーがあるから、この句の実感が伝わりにくいかもしれない。
道場では、生徒が来ない間はクーラーを入れず、窓を開け放っておく。汗をかくのも気持ちがいい。葉裏の呼吸がムンムンとして汗がにじみ出すころ、風が通り過ぎる。これが実に快い。
10年前といえば、ひと昔、作文道場が発足した年であるが、当時中3であったKaworuくんが先週の夜、7年ぶりに訪ねてくれた。いよいよ就職が決まったから、という次第である。
日時をいつにするか。双方が空いているのは日曜日か、平日の夜しかない。結局、木曜日の夜9時半からということになった。そのほうが心置きなく飲めることでもある。
庭伝いの足音に続いて現れたのは、紅顔の美少年ならぬ悟り顔の青年である。道で出会っても、こちらからは果たしてKaworuくんと分かるだろうか。だが、才気の感じられるオデコは昔のままである。今は大学院のマスターコースでコンピュータ関連の新しい理論に取り組んでいる。
まずはビールで乾杯をして、話は未明に及んだ。尽きぬ話は第2ラウンドを約して、再会はお開きとなったが、当ホームページには強い味方が現れたものだ。
Jun.23 '04 < 漢検 >
かずやくんの漢検対策は先週で終わり、20日の日曜日に試験があった。2級と、ついでに準2級も受けたということで、自己採点の結果、どちらも180点くらいであったと言う。200点満点で合格ラインは80%ということであるから、合格はまず間違いなかろう。
かずやくんの勉強ぶりだが、3月から3か月の間に「ステップ問題集」と、続いて「分野別問題集」の2冊をこなした。いずれも約200ページあるのを12分割して宿題とし、毎週遂行度のチェックを行うとともに、過去問によって「力だめし」を行った。
過去問の出来は、最初は70%ぐらいで、次第に5%ぐらいずつ伸びて、直前には170点、つまり85%を取るようになった。それが試験の日まで、まだ伸びていたことになる。毎週のノルマをこなしたことが、着実に力をつけることになったといえる。
では、次は1級を目差して、と言いたいところだが、漢検の準1級・1級は娯楽のようなもので、英検とは違って実用の役には立たない。2級でじゅうぶんである。
かずやくんの勉強は『徒然草』の全訳に戻った。今週は第207段から再開して212段まで進んだ。
このペースでいけば、あと2か月で全243段を終えることになるが、夏休みには卒論を書かなければならないと言う。10,000字以上だというから、400字詰めの用紙にして25枚以上ということになる。
私立高で、大学へはエスカレーターに乗れるとは言え、学校生活はなかなかの充実ぶりである。
Jun.10 '04 < アクセス数急増 >
中2のセタガヤくんは入門以来かれこれ1年になる。当初は土曜の午前、時には日曜の午前に来ていたのだが、ここ1か月ほどは水曜日の夕方7時ころにやってくる。帰りが8時半から9時ころになるから、雨の日などは駅まで車で送っていくことになる。
そのセタガヤくんのお気に入りは「ジムニー」という軽自動車である。車高が高いので、普通の乗用車に較べて見晴らしがいい。そこが気に入りで、「ベンツよりいい」と言う。
先週の土曜日くらいから、アクセス数が急に多くなった。ふだんは100程度なのだが、連日150くらいになっている。通例、土日は70〜80くらいに減るから、これは、常とは異なるという意味で、異常である。
いったい、何を見に来てくれているのだろう。
『ある出版祝賀会』(トピックス)の噂が広がったのだろうか。
それとも、『作文みるみる上達記』の予告(下記)に期待が集まったのだろうか。
あるいは、誰かがどこかで『俳句かるた』を紹介してくれたのだろうか。
Jun. 2 '04 < 著書 >
『論作文の奥義』と『作文試験・必勝のパターン』の、それぞれ2005年版が改めて一ツ橋書店より届く。秋に2006年版を出すから、必要に応じて改訂するようにとの要請である。毎年コンスタントに売れているようだ。これらが出ると、『奥義』は8年目、『必勝』は5年目に入る。
著書といえば、2月に依頼を受けた、理系の学生や研究者、技術者向けの「日本語文章の鉄則」(仮題)は、資料(生の答案)集めが難しいため、共著でいこうということになった。
さあ、どなたを相棒にしようか。自薦、他薦も受け付けよう。
著作といえば、先月末、『添削マガジン「光る文章講座」』の再開に向け、当マガジンに予告を出した。題して『作文みるみる上達記』。ふだん話している指導法を、例文をもとにまとめようと思う。指導の体系も整い、「勇樹くん」以来、いろいろな答案が蓄積されていることでもある。
目次ができたら連載を始める予定だが、連載が終わったら一冊にまとめることにしよう。
May 12 '04 < 授業見学 >
午後4時、小3の圭ちゃんがお母さんといっしょに授業見学に現れる。ちょうど、ファクス添削の書き直し分が二つ届いたところだったので、それをもとに話を進める。既に電話で話をし、ホームページも見てもらっていたので、指導法を現物で確かめてもらう格好となった。
届いた作文は、いずれも「あんなこと、こんなこと」のメモをもとに書いたものを、添削を受けて書き直したものである。一つは小3の格くんの「ロックガーデン」で、主に、それがどこにあり、いつ、だれと行ったのかを書き加えてある。ロックガーデンの、一目見た姿形を書いてほしかったのだが、これは書かれていない。一歩の前進をもってよしとしよう。
もう一つは小5の直くんの「富士山」で、これは、箱根の旅館の露天風呂や御殿場の峠から見た富士山の印象を書いたものなのだが、最初の作文は文字どおりメモのようなもので、順序もばらばらであった。そこで、例によって、順序を整えるとともに、足りないところを想像で補って例文とし、間違いがあれば書き直すようにと指示する。
「ああ、勇樹くんのところにあった方法ですね」と、お母さん。「そうです。こうしておくと、生徒は喜んで直します。’これは違う。この時はそうではなく、こうだったんだ’とか言ってね」 「これだと、何をどう書いていいか分かっていいですね」。 ※ 『勇樹くんの作文みるみる上達記』は、こちらへ。
圭ちゃんは入門して、来週から通うことになった。
お母さんの願いは国語力をつけることにある。そこで、教科書の物語や説明文のあらすじ・あらましをまとめる練習もすることになるが、差しあたって「あんなこと、こんなこと」のメモの作成を宿題とする。
Apr. 8 '04 < 身障者受験 >
桜前線は関東平野を北上中であろう。そんなあたりから、合格便りがあった。
Uくんは公務員試験を目指して勉強中であったが、身体に少しハンディーがあることもあって、就職コンサルタントの勧めでコンピュータの会社を受験することにしたという。外資系の著名な会社である。
「1次・2次・3次試験があり、1次・2次では作文がありました。作文試験には、公務員試験とは違い、制限時間がなく、先生に指導していただいた成果をじゅうぶん発揮することができました。……心温まるご指導有り難うございました」
これから1年、コンピュータ技術をはじめ、ビジネスマナーやコミュニケーション能力についての研修があるという。ずいぶん時間をかけて育成を図るものだ。Uくんへの期待のほどが察せられる。
心ばかりのお祝いに、「紅白桜」の写真を葉書に託すとしよう。
Apr. 1 '04 < 4年越しの合格 >
「やっと希望の区役所に合格しました。4年越しです」4,5日前、Uririn
さんから電話があった。
1年目は作文でダメ、2年目・3年目は最終の面接までいったが、涙を飲んだということであった。主婦の身で、いろいろ制約があったと思われるが、よくがんばったものだ。まさに、「さくら咲く」である。
東京地方の桜もそのころから今日にかけて満開となった。まるでUririn さんを祝福しているかのようである。
お祝いにひとことと思ったとき、紅梅白梅の写真があるのを思い出した。たまたま散歩の途中で撮ったものなのだが、紅梅が半円状に枝を広げ、その後ろに白梅が控えている。これを葉書にプリントして贈る。
この写真については、「ちょっと自慢」してもいいかな。こちらへ。
Mar.16 '04 < チラシ広告 >
久しぶりに新聞にチラシを入れる。2年ぶりか。
表には「インターネットでも好評!」とうたってトップページの「近道」の一覧表を入れ、裏には「通学案内」にある「指導理念」を左に配し、右にはももちゃん、かずやくん、まさのりくん3人の諸君に登場願って感想を配す。
ももちゃんの感想には下記3月1日付けのメールを転用させてもらった。かずやくん、まさのりくんの感想はそれぞれ次のようなものである。
「めちゃくちゃな作文でも、書いて直されているうちに、考え方もすっきりしてきたような気がする。今は『徒然草』の全訳に取り組んでいる。「漢検」を受けてみようかなあ」(かず:立教高)
「とにかく書かされた。中1の夏休みに『アンネの日記』1冊のあらましを書くよう言われたのにはまいった!」(まさ:国分寺高)
今月から「漢検講座」を設けることにしたが、これは高3のかずやくんの希望がきっかけになっている。立教では内部進学の条件に、漢検2級があるというのだ。
漢検といえば、見開き対訳ノートを考案した「げんき先生」が「漢検ノート」も作ったので、講座の開設は前々からの懸案であった。そこで、講座開設の旨をチラシに付記しておいた。講座の概要についてこちらへ。
Mar.1 '04 < 背水の陣 >
「もしもし、……」 あゆみちゃんからだ。静かである。さては……、と思った刹那、「合格しました」ときた。思わず、「おめでとう」と声がほとばしる。
合格発表から1時間半ほどたったころのことである。背水の陣で臨んだ一戦であった。
それというのも、これに先立つ私立校入試で、滑り止めに受けた学校が滑り止めにならなかったからだ。外れた理由が、あゆみちゃんらしいといえば、あゆみちゃんらしい。高校に問い合わせてみると、数学の解答を一問ずつずれて記入していたということであった。
本命一校に賭ける受験となったが、瀬戸際で踏ん張った度胸のよさも、あゆみちゃんらしい。自己採点によると、苦手の英語で80点をクリアし、他の4教科も80点前後で、400点は確保していた。だが、倍率は1.41で、都立人気の復活ということもあり、予断は許されなかった。
6日(土)の合格祝賀会は予定どおりに開ける。盛大にやってやろう。
吉報が続く。
1週間ほど前、こんなメールが飛び込んできた。ももちゃんからだ。「百宇」は「もも」と読む。
「お久しぶりです。小学校のときにお世話になった加藤百宇です。もうすぐ高校生になります。なんとか、第一志望の筑波大学附属高等学校に合格し、そこに通うことにしました。
4倍を超える競争率を乗り切れたのも、小学校のころに培った国語力のお陰のような気がします。
ありがとうございました。風邪などひかないようにしてください。」
ももちゃんは6年生で作文を卒業した。特異な才能の見られる生徒で、芸術方面へ進む気配であったから、このメールには、いやはや驚いた。
オーソドックスな進学だが、なまじ芸術関係の高校へ行くより、このほうがいい。資質は、却ってその先で開くだろう。
ももちゃんの作文は今も「作文ワールド」に残っている。「風」という作品で、地球の自転・公転の速度を計算したことが思い出される。こちらへ。
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Feb.19 '04 < ユニークな受講生 >
E さんはいわゆるOLで、総務部に所属し経理のほか社外文書も担当しているという。お礼の手紙などがなかなか厄介なので文章修行をしたいというわけなのだが、申込書を見ると、「中1」「文章の要約」となっている。
念のため確かめてみると、基礎の基礎から学びたいのだと言う。謙虚な姿勢が頼もしい。本物志向の姿勢が感じられる。
リカちゃんは6年生。名門中の名門大学の付属中に合格して、これから作文の練習をしたいと言う。受験勉強が終わると、それも、名門大学への切符を手に入れたとなると、たいていはほっとして勉強などしなくなるものだが、作文をやろうというのが頼もしい。
読書でお茶を濁すのでなく、ここにも本物の勉強への姿勢が感じられる。
この人たちは今どき珍しい、ユニークな人と言えるかもしれない。
ユニークといえば、このところ土日には都内・近郊から訪れる小中学生が増えている。「月1回のスクーリング」が知られてきたからのようだが、作文にせよ国語にせよ、「頭を使って書く」という道場の指導方針がユニークに映るからでもあるようだ。
今日は、当ホームページにとっては、ちょっとした記念日である。
暮れから正月にかけてはご難続きであったが、パソコンの故障を機に、パソコン、プリンターを一新するとともに、インターネット接続も光ファイバーに切り換えた。
最大の懸念はホームページビルダーをヴァージョンアップした場合、果たしてうまく作動するかどうかということであったが、この日記もどうやら転送できているようだ。
最新のメディアで臨むことになった。
「Version 8」ではいろいろなことができるようだ。当サイトも、内容はもとよりコミュニケイションをとりやすくするなど、ヴァージョンアップを図るとしよう。
Feb.12 '04 < 塾保険 >
塾保険の更新の時季になった。保険会社から更新の通知があるたびに思い出すことがある。この保険は塾の行き帰りや塾内で事故に遭った場合の治療費などを保障するものであるが、使わぬに越したことはないから、こんな保険に入っていることを事改めて生徒にも父兄にも話してはいない。
思い出すことというのは、そのことではなく、万が一事故に遭った場合のことである。「ナンバープレイトの4けたの数字を覚えておけ」と言いたいのだが、必ずしも生徒たちみんなに話しおおせているわけではない。言い忘れているのだ。
「4けたの数字」というのは、例えば「多摩300 ね 12‐05」とある、おしまいの「12−05」のことである。とっさの場合に全部を覚えるのは難しいが、これなら大きく書かれているし、4けたならすぐに覚えられるだろう。それに、これさえ覚えておけば、仮に逃げられたとしても、警察が捜し出すのは容易だろう。
こんな話は道場で話すまでもなく、だれもが承知のことと思うのだが、生徒たちは意外にも神妙に聞き入る。保護者宛ての今月の手紙にでも書いて、周知徹底を図ることにしよう。
Jan.28 < 新傾向の入試問題 >
「『未来の人に伝えたい宝物』という題で記事を書きなさい」。
ある県の公立中高一貫校では、こんな題を小学生に課している。その他、「全校児童の思い出に残るイベントを行うとすれば……」とか、「地域のよさを生かしたテーマパークを造るとすれば……」というものもある。
中学入試といえば、課題は「小学校生活でいちばん思い出に残ったこと」とか、「中学に入ってしたいこと」「将来の夢」とかいうのが基本パターンだが、新傾向のものが増えてきた。だが、このような課題はその場で出されて1時間程度で書けるものではなかろう。
新年は、帰国子女の対策に加え、新傾向の対策にも追われている。
Jan.8 '04 < 冬の陣 >
「ほうじ茶の ほうほうとして 冬の陣」
冬の陣といえば、大坂冬の陣。決戦を前に身の引き締まる思いのひと時、茶を喫しているのは家康か、幸村か、はたまた一兵卒か。ようやく差してきた陽に湯気が映える。辺りには霜も降りていよう。そんな光景が想い浮かぶ。
道場の冬の陣は昨日で一段落した。いわゆる冬期講習を終えたのだ。だが、これで陣を解くというわけではない。入試はまだこれから、来週の高校推薦入試を皮切りに、2月の下旬まで続く。忙中の閑のひととき、今冬一番の冷え込みの中で、茶がほうほうと湯気を立ち昇らせていた。
