
道場日記抄ー その2 − |
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Dec.18 '05 < 夕日と子ネコ >
「ネコがゴミばこに、すてられているの。……ふくろにいれられて、……ふくろに」
3歳の孫が、近づいてきた人にたどたどしい口調でさかんに話しかけている。黒いジャンパーを着ぶくれて、だるまのような格好で訴えている。
12月18日、日曜日の夕方、多摩川の土手の上でのこと。
このところは大寒をもしのぐかと思われる寒さが続いている。雪が降っている地方も多い。日本列島で雪に見舞われていないのは東京とその周辺、阪神地方だけのようだ。朝晩は厳寒とも思える寒さだが、それでも、日中は風さえなければ暖かい。
少しでも外で遊ばせてやろうと、3歳と1歳になる男の子を連れ出して、野球をしブランコとすべり台で遊んだ帰り道、少し長居をしたために、夕日は間もなく沈もうとしている。土手の上にはカメラを構えた人が2人、3人と見える。富士山頂に沈む夕日を撮ろうというのだ。
ここは多摩川の左岸、立川市の富士見町付近。土手の上は車道になっている。車が2台ようやくすれちがえる。土手の下は幅100メートルほどの河川敷の草原で、その向こうに雑木林をはさんで川の流れがある。
ちなみに、この河川敷は当サイトに掲載の物語「晴球雨読」の舞台になっている所でもある。
日が沈めば急に寒くなる。しかし、富士山頂に夕日が沈むとあれば、一見に値しよう。バカチョンカメラをもっていることでもあるから、1枚撮っておこう。そう思って、時間つぶしにかけっこを始めようとしたとき、「にゃおー」という声が聞こえた。チビたちは、とたんに立ち止まって、声のするほうに目をやる。しかし、声はすれども、姿は見えぬ。
声のするほうに近づくと、ゴミの集積所がある。幅約1.5メートル、奥行き50〜60センチ、高さ約1メートルの箱が河川敷を背にする格好で置かれている。手前と上が格子状の網で、底と背面と両端が板になっている。声はこの箱の辺りから聞こえる。
「チョッ、チョッ、チョ」と舌を鳴らして呼びかけると、「にゃお」と応える。箱の中にはゴミ袋が5つほど入っている。その袋の陰にいるのかと思ったが、いない。念のため、箱の裏側を見てみたが、そこにも姿が見えない。声は依然聞こえる。袋に入れられているのか。
右から2つ目の袋が動いた。袋は薄い焦げ茶色のビニール製で、中は見えない。声はだんだん大きくなって、袋の揺れも激しくなった。中から袋を引っかいているようだ。そのうち、爪で引き裂いて出てくるだろうか。それとも、袋を切り裂いて出してやろうか。
そうこう思案をめぐらしているところへ、孫の声となった。近づいてきたのは赤ちゃんを毛布にくるんで散歩をしているおばあさんである。(そのおばあさんをAさんとしておく)。Aさんがのぞきこんでいるところへ、下手から乗用車が近づいてきて、ゴミ箱の並びに止まった。そして、運転席から中年の婦人が飛び出してきた。(この婦人をKさんとしておく)。
後で分かったことだが、Kさんは年老いた母親が富士山を見たいと言うので、助手席に乗せて連れてきたということであった。Kさんは袋を見るなり、「出してやりましょうよ」と言って、袋をほどきにかかった。「おしっこをしていれば、びしょぬれになっているでしょうし」とも言った。
焦げ茶のビニール袋をほどくと、驚いたことに、もう一つ厚手のビニール袋が出てきた。子ネコの爪では破れそうにない。もっと驚いたのは、その袋の中ほどがひもで縛られていたことである。「死なせてゴミにしようというわけなのね」Kさんだったか、Aさんだったかが溜め息まじりに言った。
袋は透明で、子ネコの姿が見える。黒っぽい焦げ茶に白い毛が混じっている。「ああ、やっぱりおしっこをしているわ」と言って、Kさんは袋を横にして子ネコを追い出した。案の定びしょぬれだ。子ネコはしばらくその場で泣いていたが、やがて土手を降りていった。
その姿を見ながら、Kさんが「袋を一つくれませんか」と言った。そこにはAさんの家族と思われるご婦人方がいた。(Bさん、Cさんとしておく)。Kさんは「近所に3匹も4匹も飼っている家がいくつかあるから、相談してみるわ」と言う。さっそくBさんが袋を取りに帰った。その後ろ姿に「紙の袋もあるといいね」という声がかかる。
Bさんが米用の袋とビニール袋をもって戻ったので、子ネコに声をかけると、土手を登ってきた。そして、Kさんの車の前輪のタイヤの上にちょこんと座った。Cさんが「タオルを取ってくる」と言って戻った。体を拭いてやろうというのだ。
ところが、Cさんがタオルをもって近づくと、子ネコは逃げて、タイヤの陰に隠れた。それを捕まえようとすると、車の下から出てひょいひょいと道路を横切ってススキの枯れ藪に逃げ込んだ。藪は幅3メートルほどで、住宅地との間にフェンスがあったから、捕獲は容易にできる思われた。ところが、4人がかりで包囲して分け入っても姿が見えない。予想の範囲を超えて、ススキのトンネルの中を抜けて逃げてしまったのだ。
「袋から出してやったことをもってよしとするか」「あれだけ元気なら、この厳寒のもとでも生き延びてくれるだろう」おそらくはそんな、半ば祈るような思いで、心優しい人々は顔を見合わせて解散した。3歳の孫も、心なしか、ほっとしているように見える。
振り返ると、夕日は既に富士山の向こうに沈んでいた。
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Nov.20 '05 < 菊日和 >
晴天が続いている。例年になく、と思われる。
晴れわたった空に柿の実を見ると、秋日和という言葉が思い浮かぶ。が、旧暦ではもう冬であるから、冬日和と言うべきか。昔の人はこんな天気を小春日和と呼んでいたようでもある。それにしては、日中の日差しはまだ強い。
その強い日差しを受けて、菊の花の輝きが目につく。赤・白・黄色・紫と、今年は菊の当たり年なのだろうか。道端に咲きあふれているという観さえある。
そういえば、菊日和という言葉もある。このところの晴天は秋冬にこだわらず、菊日和と呼ぶのがふさわしかろう。
この菊日和は皇室にお祝い事があったからかもしれない。菊は天皇家の御紋である。
それはそうと、あの結婚式はよかった。簡素なのがいい。簡素は日本文化の粋である。例えば、一輪挿し。極めつけは日の丸の旗であろう。
散歩の途次に見かけた菊の写真でも一つと思ったが、一輪の菊も、咲きあふれている菊も撮り損ねている。ヘッダー、フッター(ホームページの頭と足もと)になりそうなものばかりをねらっていたためなのだ。
代わりに、ある軒先で見かけたものを載せておこう。フウセンカズラというのだろうか。
写真といえば、「作文ワールドV」に掲載した「ヨセミテ国立公園」のジャイアントセコイア(アメリカ杉)や滝の写真が好評である。作文を読みながら、ご覧願えれば幸いである。こちらへ。
晴天のもと、朗報も相次ぐ。Sさんは県の作文コンクールで教育長賞を受けた。Oさんは社会人として看護専門学校の入試に合格した。
大学の推薦入試の合格発表も間もなくである。
Oct.23 '05 <大学推薦入試>
大学の推薦入試について朗報の聞かれる季節となった。
MくんはK大の、KくんはD大の、それぞれ「指定校推薦」にパスしたという。この推薦制度の場合、校内選考で推薦を受ければ合格は間違いないと考えてよいのだが、まだ大学での小論文試験や面接があるということなので、決定はまだ少し先のことになる。
大学の推薦入試には「指定校推薦」と「公募推薦」、他に「AO入試」や「スポーツ推薦」がある。
「指定校推薦」は、大学から高校に、例えば「成績が4.2以上の生徒を1名」というふうな推薦依頼がある。高校ではこの条件に合う生徒を募り、意欲や適性を勘案して推薦する。
Mくんは面接に備えて、改めて実績・抱負・自己PRなどを志望理由書に書き込み、Kくんは小論文の練習にいそしんでいる。
「公募推薦」では、大学から高校への、例えば「成績3.8以上の生徒」という要請に対して、この条件を満たせば何名でも応募できる。この段階では合格の保証はなく、合否は書類選考と小論文試験ないし面接によって決まる。この推薦制の場合、応募先の大学に拘束されることなく、複数校を受験できる。
一連の才媛・菜月さん(明治大)、聖子さん(上智大)、香織さん(日本女子大)は、この推薦制での受験生である。こちらへ。彼女たちはいずれも通信受講生であったが、現在、同じく通信受講生のSくんは長文の志望理由書を書き上げ、面接に備えている。
「AO入試」は「公募推薦」の一種で、一応、従来の成績にかかわりなく勉学の意欲と抱負を見るものである。成績を問わないとは言っても、大部の資料を作成しなければならないから、相当の「学力」を要する。選考は、たいてい一夏を超えて行われる。
「スポーツ推薦」は、これも「公募推薦」に準じて行われる。各種競技の技能に秀でていればよいのだが、学業成績が「3.2以上」等の条件も付けられる。将来の職業を考慮してのことでもあろう。
TくんはJ1のユースに所属するサッカー選手である。将来はサッカーの指導者になることを目指している。J1ユースの実力は全日本クラスの高校チームより上だから、入学すれば大学チームの大きな戦力になるだろう。Tくんは「これまでの自分の練習方法と今後の課題」についての小論を書き上げ、願書に添付した。実技面接の日が待たれる。
Sept.25 '05 <七・五の四行詩>
先週の土曜日のこと、理咲ちゃん(小4)が「何を書こうかなぁ」と案じている。
「井の頭公園へ散歩に行ったの。そうしたら、ハトがいて、鳴き声がわたしにそっくりだって、お母さんが言うの」
「それ、おもしろそうだね」、「じゃぁ、これにする」。
「ハトは、クゥクゥクゥと鳴くんだよね」と言って書き始めたとき、ふと思いついて「詩にしてみたら」と勧めると、「やってみる」。
あれこれ言葉をやりくりし、時にはヒントを得て、次のような詩ができた。
| ハト ハトが鳴いてる クゥクゥクゥ わたしの声に そっくりだ ここは公園 井の頭 母さん笑う クックックッ |
これには伏線がある。
7月の初めころのことだ。理咲ちゃんは「選ばれなかった『詩』」という作文を書いた。
学校の山荘へ野外観察に行ったときのことをもとに、次のような詩を書いたのだが、いっしょうけんめい書いたのに学級の発表会で選ばれず、くやしかったという。
| くりくり くりを見つけたよ くりくり トゲトゲがいっぱいあった いたかった だけど、小さなくりが三つもあったよ くりくり かわいい赤ちゃん くりくり トゲトゲに守られている |
なかなか着想がおもしろい。これを七・五のリズムで整えれば、もっとおもしろいものになるだろう。
そこで、七・五の詩の手ほどきをする。出だしを作って見せると、けっこう後を続ける。筆が止まるとヒントを出して、次の詩ができた。
| くりくり くりくりくりを 見つけたよ くりくりトゲが たくさんだ いたかったけど 取り出した 小さなくりを 三つもね くりくりくりが 赤ちゃんで くりくりトゲが お母さん 母さんトゲを さか立てて くりくり赤ちゃん 守ってる |
4行で終われば「七・五の絶句」というところであろうが、8行で「七・五の律詩」になってしまった。
それはともかく、詩作は久しぶりのことである。ふだん、多くの諸君の作文は、そこまで手がまわらない。ゆとりがないのだ。だが、こうしてできたのを見ていると、みんなに勧めてみようとも思う。
「七・五の四行詩」は漢詩と明治時代に始まった新体詩を手本にしている。この詩型のよいところは、例えば自由詩に比べて、リズムのあることである。それが作品に緊密感を生み出してもいる。
詩作の効用は何より、言葉選びを通じて言語感覚が磨かれることである。このことは俳句や短歌、あるいは川柳についてもいえる。生徒諸君には、できるだけゆとりをもってもらうことにしよう。
なお、「七・五の四行詩」の既成の例文については、こちらへ。
Sept.11 '05 <夏の旅・社会科作文>
この夏も生徒たちはいろいろな所へ出かけている。作文に現れたのをいくつか記しておこう。
誠ちゃん (小5)− 『ヨセミテ』(国立公園・アメリカ)
諒くん (高1)− 『東北本線各駅停車の旅』
貴くん (小5)− 『北海道の旅』(「寝台特急・カシオペア号」)
宗くん (小6)− 『鑑真記念館』(鹿児島県坊津町)
理咲ちゃん(小4)− 『祖谷温泉』(徳島県)→「祖谷のかずら橋」
祐馬くん (小4)− 『ハワイの海』
その他、『愛・地球博』組もいる(小5・佑樹くん、小6・朗くん等)。中学生は部活や受験で忙しく、あまり遠出ができなかったようであるが、それでも、地区の行事で磐梯山の麓まで出かけた生徒もいる(中1・匠くん)。
ただ、せっかくいい所に行っておきながら、作文の中味は総じて簡単である。書くべきことが多すぎるのかもしれない。
例えば、貴くんの『北海道の旅』は、富良野に行ったことは比較的くわしく書かれているが、小樽や函館に行ったことは、ただ行ったとだけしか書かれていない。お母さんに連れていってもらったのだが、話を聞いてみると、どうやら札幌を拠点にしてあちこちに足を運んだようである。
そこで、『北海道の旅』を一編のドキュメントに仕立てることにして、貴くんにはまず、頭の中に札幌を中心にした地図を、日時を追って描いてもらった。着いた日は旭川から富良野へ行って泊まり、翌日は札幌に戻って小樽に行って泊まり、その次の日はまた札幌に戻って函館に行き、そこから新千歳空港に戻ったことを、地図帳を見ながら頭に入れてもらう。
その上で、順次これに風景や歴史などの肉付けをしてもらう。石狩平野を特急で走り抜けるときには地平線まで広がる原野や、富良野の辺りでは美瑛の丘の花のじゅうたんを見たであろう。小樽ではレンガ造りの倉庫や運河の跡を見たようであるから、パンフレットがあればそれで、なければ百科事典で往時の賑わいを調べてみることにする。今なら、インターネットを利用することもできる。函館ならば、今回は行けなかったようだが、五稜郭に触れておいてもよかろう。
貴くん自身の趣味は電車、とりわけ特急に乗ることにある。だから、作文の中には頻繁に特急の名が出てくる。そもそも札幌へは、上野から「寝台特急・カシオペア号」に乗ったのだ。青函トンネルを潜るころは夜中で、眠っていたようだが、停車駅はよく覚えている。それを書いておくのも地理のよい勉強になろう。席は二階の個室だったということだから、眺めもよかったようだ。夕方に上野を発ってしばらくの間眺めていた広々とした風景は関東平野だった、ということを書きとどめておいてもよかろう。
……………………………………………………
このようにしてできたものを、道場では「社会科作文」と呼んでいる。その原型は「作文ワールド」の「熊本」にある。かずやくんの作文も、初めは「夏休みに熊本へ行った。2日目に阿蘇山を見物し、4日目は熊本城に登った」という程度の簡単なものだった。それが、地図帳や百科事典などで調べて、あのようなものになった。ぼんやりしていた記憶が、鮮明な認識になったことであろう。
他の諸君にも同じような指示を出している。それぞれが仕上がれば、名所案内にもなろう。「作文ワールドV」でも設けて「社会科作文」の特集をしてみよう。去年の夏のものを合わせれば、「タイのアユタヤ・日本人町」というのや「スイス・アルプスでのスキー合宿」というものなどもある。
Aug.28 '05 <甲子園の砂>
お盆を過ぎて、授業を再開した19日(土)の朝のこと。中1の匠太郎くん、小6の尊之くんと勉強を始めたところへ、ひょっこり勝也くんが現れた。「お土産です」と、ビニール袋を差し出す。さっそく開けてみると、黄色地に「甲子園」と書かれた包みが見える。クッキーのようだ。「ほ〜、ありがとう」と礼を言うと、「もう一つあります」と言う。
袋の底に小ビンが見える。取り出してみると、「甲子園の砂 H17.8.12」とある。一瞬、感動が走る。こんなものが手に入るとは、夢にも思わないことであった。
甲子園では、敗れたチームの選手が両手で土をかき集めて袋に入れているのをよく見る。あれは、帰って自分たちのグラウンドにまくためだと思っていた。だが、こんなふうな土産になることもあるのだ。
ビンのふたをとる。黒っぽい、どちらかといえば、砂だ。土ではない。尊之くんは「すっげぇ」と言って、見入っている。彼は少年野球のエースであるから、感慨は憧れにも似て、ひとしおなのだろう。
写真を載せておこう。
日付は国士舘高校が甲子園球場を去った日のものである。
勝也くんは肘を傷めているようだ。だから、大学では野球はやらず、教員免許をとって少年野球の指導者になりたいと言う。なるほど!
入学先の大学の野球部が放っておかないだろうが、肘が治るまで1〜2年休養するのもよかろう。
Aug.14 '05 <お盆と野球>
道場はお盆の前後を休みにする。今年は一昨12日より18日までだ。ところが、ファクスは入ってくる。通信の受講生には休みにする旨を必ずしも伝えているわけではないからだ。せっかく乗ってきた諸君の気勢をそぐわけにもいかない。
1週間の休みとはいっても、丸まる旅に出るわけではない。せいぜい2泊3日の滝見物が関の山だ。3日以内に返送するという約束は何とか果たせよう。
一昨年は長野の米子大瀑布と岐阜の平湯大滝を見、去年は山梨の精進ヶ滝を遠望することができた。今年は北アルプスをくぐり抜けて、称名滝にでも行ってみようか。
甲子園野球は地元大阪桐蔭の登場で盛り上がりを見せている。駒大苫小牧や青森山田などの北の勢力の健闘ぶりも見逃せない。その青森山田に国士舘が敗れ、わが勝也くんはマウンドに立つことなく、甲子園を去ることになった。
勝也くんの活躍の場は大学に移されよう。ホップする球にみがきをかけて、神宮のマウンドに立つ日の来るのが待たれる。
甲子園といえば、もう1つ、春のセンバツ優勝校の愛工大名電が早くも姿を消した。春夏連覇を逃したのだが、わが道場にはこれを成し遂げた生徒がいる。祐馬くんという。作文にかなり克明な記録が残っている。「作文ワールドU」で紹介しようか。
Aug.7 '05 <甲子園>
昨6日は複雑な思いに捉われた。「広島原爆60周年」であるとともに、甲子園の高校野球の開幕日であったからだ。
8時から広島での式典の中継を見た後、9時にチャンネルを甲子園に切り替える。入場行進に、かつての道場生が登場するからだ。
毎年、原爆の記念式典の中継には粛然とした思いで、テレビの前に座る。それは、あのケロイドという無惨な火傷(やけど)を決して人に負わせてはならない、という思いに捉われるばかりではない。身内に今も原爆手帳を持つ者がいるからなのだ。
あの日、叔母や従姉妹たちは爆心地から北東に離れた住宅街にいた。朝食後に外で遊んでいると、大きな音がしたかと思うと、突然屋根瓦ががらがらと崩れ落ちてきたという。結果として思えば幸い、間に土塀があったので、崩れ落ちる瓦からも閃光からも免れたということだ。
毎年、広島市長の訴えは力強くも悲しい。核廃絶を訴えるのは、原爆を投下した者への恨みでも糾弾でもない。原爆は悲惨だからなのだ。あんな火傷は負いたくはないし、負わせてもならない。そこのところが、アメリカばかりでなく、原爆保有国や保有願望国には分かっていないのみならず、そもそも日本政府に分かっていないのだ。
小泉首相の挨拶は毎年のことながら通り一遍で、実に頼りない。日米関係は重要であるとしても、核廃絶には厳然と対処すべきなのだ。
ブッシュが親友であるなら、一度でいいから広島・長崎に呼んでごらん。そうすれば、牛肉を買ってもいいよ、というぐらいは言っていいのだ。
そんな思いで、甲子園の入場行進を見る。いよいよ東東京代表の国士舘高校の列が現れた。先頭の中央に水越勝也くんの姿が見える。180cm余りある。実に朗らかに、手を振り上げて行進している。背番号は「18」。プロならエースナンバーだ。
3年前の今ごろは「夏期講習」の最中であった。成績優秀で、長身の速球投手であるから、引く手あまたであった。直前まで迷ったようだが、結局、監督の出身校に引っぱられてしまった。
これがよかった。「合格祝賀会」で「3年の夏には甲子園」と半ば冗談で言ったことが現実になった。
勝也くんにはお祝いの電話で、僭越ながら「ホップする球に磨きをかけるように」と言っておいた。
国士舘高校は、昨6日、幸いにも延長戦で1回戦を突破した。勝ち進むにつれて、炎天下、セットアッパー、クローザーとして、勝也くんの速球はますます冴えてくるだろう。
Jul.24 '05 <夏休みの風景>
窓外の一群のアジサイの葉は伸びに伸びて花を覆いつくしてしまった。先月初めには白く輝いていた、もう一群の花も今はピンクに変わって葉に覆われ始めている。アジサイの花は七変化するといわれるが、盛りを過ぎた花はだんだん薄汚くなってくる。だから、葉に覆われてしまうほうがよいといえる。そこを渡ってくる風は快い。
だが、その風も、夏休みになると9時前には遮断されて、クーラーに変わる。外から入ってきた身には、蒸し暑さが感じられるようだからだ。クーラーはそれから12時間余り断続する。一度クーラーを入れてしまうと、夕風が入るころになっても、それを切り替えるのは難しい。
3日前、夏期講習の初日は匠太郎くん、弘太郎くんの中1コンビで始まった。二人は学校は違うのだが、出会った最初から、なぜか気が合うようだ。互いに自慢をし、相手をからかう。このため、ともすれば作業が中断される。同じ科目では話がいっそうにぎやかになりそうなので、匠くんには英語を、弘くんには国語を作業に課す。
午前の部の後半は、今日は彩ちゃん一人である。いい便りを持ってきたのだが、これは後の機会に譲ろう。
二日目は、中1コンビに小4の龍之介ちゃんが加わる。家は六本木ヒルズの近くにある。「月1回のスクーリング」組なのだが、道場に来るのは3か月ぶりである。学校行事や習い事で忙しかったようだが、道場へ来ると調子が出るという。事実、表情が生き生きしている。夏休み中にはあと2日来る。
この日の午前の部の後半には、小6の太朗くんが加わる。彼は中央線特別快速で一駅の三鷹から通っている。最初の作文はタイ旅行のことで、その中にアユタヤの名が出ていた。お母さんによると、歴史が好きだということなので、「日本人町」のことを調べてみようということにしている。
午後は1時半から3時間余を中3生専用の時間帯にしてある。ところが、耕くんがサッカーで勝ち進んで都大会への出場を決めたため、講習は夜にずれ込んでいる。それでも、予習に課したノルマはこなしている。
今日24日がトーナメントの1回戦だという。結果が待たれる。
今日は、月1回のスクーリング生も面会者もいない。
そんなわけで、昨夜はゆっくり一献を傾けた。メインは、先日Sさんとお母さんが秋田から運んできてくれた「あきたこまち」の純米酒である。舌の上でやわらかにとろける。快いままに杯を重ねる。
ぐっすりと眠れて、寝覚めがさわやかだ。吹き抜ける風が快い。
残余のことは次の機会に譲るとしよう。
Jul.5 '05 <ホームページ6周年>
窓外のアジサイは葉を繁らせ、花はそれに負けじと首を伸ばす。夜来の雨滴が花にも葉にも薄日に光る。梅雨の晴れ間、朝のうちは涼しさも感じられるが、昼近くから蒸し暑さが加速しよう。午後は思い切り汗をかこう。たまには草取りでもしようか。
このところ、遠来の生徒が増えた。「月1回のスクーリング」では都内の世田谷や練馬のほか、多摩西端の青梅や八王子、神奈川の川崎からの生徒もいるのだが、JR中央線の特別快速で一駅なら毎週でも通う、ウィークデイでもよいという生徒が相次いでやって来たのだ。
7月からは、小田原からの生徒や、はるばる秋田からの生徒も迎える。
夏期講習の準備に本腰を入れなければならぬ時期にもなった。高校入試には記述問題が増えているため、中3生には過去問のその部分の解答例を作っておく必要がある。小学生も作文のほか、記述問題集での演習の希望者が増えているため、学年の違う3人を相手にするときのために、準備を怠りなくやっておかなければならない。
公務員試験は夏がピークで、大学のAO入試は夏休みから始まる。今は過去問をもとに、論文構成の情報交換に忙しい。公務員試験では社会の現状認識と改革へのヴィジョンが必須で、AO入試では過去の実績と学問への意欲が決め手となる。
昨日7月4日はアメリカの独立記念日、今日7月5日は当サイトの記念日である。
6年前の'99年の今日、明け方にアクセスカウンターが付いてカウントを開始した。そして昨日、区切りよく18万カウントを記録した。
1年目は約1万、2年目は2万、3年目は3万、4年目は4万と伸びてきたので、5年目は5万かと思ったのだが、4万止まりで、6年目も4万であった。ただ、ここ3年は毎年4万であるから、1日平均100を越えており、以ってよしとしよう。その道の専門家によっても、これは上々なのだそうだ。
当サイトでよく読まれるのは、生徒の例文と成長過程、教育情勢の分析、当道場の生徒の様子などであるようだ。今後も週に1つは何かを書き記していくとしよう。
Jun.9 '05 <スポーツ少年と作文>
日付を見ると、5月は全くのブランクとなっている。「世事雑感」の「学力」に気をとられていたようだ。
その間、窓外の若葉が青葉となって庭を埋めてきたなとは思っていたが、気がつけば、早や紫陽花も花をふくらませ始めている。大きいのは子どもの頭ほどもある。
たまには写真を載せてみよう。不細工だが、なまじトリミングするよりはよかろう。陰の濃さが夏の到来を思わせる。空にも夏の趣がある。
これから梅雨に入ると、水色やピンクの紫陽花も咲き始めよう。
この写真の窓は南西に面しており、背後の南東側に教室の入り口がある。現在、日中は窓や戸はすべて開け放ち網戸にしてある。街路に蒸し暑さのある日も、ここにはひんやりとした風が通り抜ける。
午後4時をまわると生徒諸君が庭伝いに入ってきて、網戸をきしませて一人二人と入ってくる。
祐馬くんは小学4年生。3月に入門したてのころはそっぽを向く感じであったが、このごろは晴れやかな顔で入ってくる。そして、宿題の作文を投げるように差し出す。また試合に勝ったようだ。春の大会に優勝して、夏の大会も連戦連勝だという。作文の題には「野球のじゅん決勝」とある。祐馬くんはピッチャー陣の一人で、打つほうも主軸を担っている。
この種の作文では、試合の経過と自分の活躍を書かせるようにしている。
当初は書くことを強いられている観のあった祐馬くんの筆も、近ごろは軽快である。1回の表・裏に始まって経過が克明に書かれている。きっと、勝っているから試合の内容もよく覚えているのだろう。
同じことは小6の尊之くんについても言える。尊之くんもピッチャーでクリーンアップを打っている。こちらは高学年の部で、春に続いて夏の大会でも勝ち進んでいる。
尊之くんは「遠足」のことを書くときはしきりに考え込んで、1枚を書くのがようやくといった感じだが、野球のことになると、しっかり2枚は書いてくる。自分の活躍を書き込むのも忘れない。きっと、勝った試合のことだから、書くのも楽しいのだろう。
ここから得られる、書かせる側の教訓は、生徒にはまず好きなことについて書いてもらうことである。
小4の基くんの場合、身辺雑事をうまく題材にしているのだが、たいてい用紙半分ほどの分量で終わる。ある時、サッカーをやっていることが分かったので、それを書かせてみると、喜んで書き始めた。具体的に聞き出すと、字数が延びて、たちまち2枚になった。
好きなことといえば、これはスポーツではないが、小5の貴晴くんの趣味は電車に乗ることであることが分かった。お母さんによると「鉄道マニア」、今ふうに言えば「電車オタク」で、関東一円の電車にはほとんど乗っているという。そこで、今はもっぱら電車の旅について書いてもらっているのだが、筆は快調に進んでいる。
「好きこそものの上手なれ」
好きなことについて書いていると、作文までが上手になるようだ。
Apr.28 '05 <ある入試選考>
新学期が始まってまもなく、うれしくも粛然とするファクスが届いた。Tくんのお父さんからだ。Tくんは国立大学の付属高校に通っており、今も作文を続けている。
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坂口先生
今日は嬉しいご報告とお礼を述べさせていただきます。作文添削でめんどうをみていただいている息子ですが、おかげさまで高校に元気に通い始めました。入学試験を受けたときは内申点が悪かったので、合格は無理とあきらめかけていた学校です。それだけに通学の足取りも軽いのでしょう。友達もすぐにできそうだと嬉しそうです。
先週末のこと、息子から思いがけない話を聞かされました。担任の先生から入学試験の結果について、生徒一人一人に面接して話をされたそうなのです。その合格のいきさつを聞いて驚きました。
「通常なら不合格だが、国語の成績があまりによいので合格とした」というのです。
入試の合否判定は内申点と筆記試験の得点とを総合的に判断して行われるのですが、息子は内申点が悪く、通常の平均点以下の成績しかありませんでした。しかも、中学3年生の夏に水泳のパンツを(たぶん、わざと)忘れて、ほとんど水泳の授業をさぼってしまったために、保健体育は5段階評価で「1」という、これまた最低の評価しかいただけなかったのです。このときほどわが息子を情けなく思ったことはありません。
そんなわけですから、本当に不利を承知のチャレンジ受験だったのです。高校の先生の話では、やはり、通常なら内申の評定に「1」があるだけで、『足切り』して当然、不合格とするところだったとのこと。ところが、筆記試験(英数国の3科目)で、息子は、国語の点数が96点で、一般受験者中トップという驚異の成績だったというのです。しかも、漢字を2問間違えただけだそうです。
それで、これほど試験の成績が優秀な生徒を落とすわけにはいかないと、『足切り』はされず合格となったというのです。また、筆記試験の結果と内申点とのあまりの差に多くの先生方がびっくりされたという話です。まったく信じられないような話ですが、どうやら本当みたいです。
息子は、もともと中学のときのテストでも、国語はたまに好成績を出したものの、いつもそうだったわけではありません。読書は好きで、他の子より多く本を読んでいたと思いますけれども、これまで国語はずっと普通の成績でした。ところが、3年生の3学期、年明けに行われた中学で最後の実力テストで、国語で初めて90点以上とったのです。このときはまぐれかなとも思いましたが、本番でもこのような成績を残せたとなると、どうやら本物のようです。
これは、坂口先生のもとでご指導を受けた作文経験のおかげだと思います。自分の考えをまとめ、表現するということはこれほど大きなことなのかと、驚嘆いたしました。本当にどうもありがとうございました。どうか、これからもご指導よろしくお願い申し上げます。
(2005.4.12)
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お父さんは、しかし、結果を手放しで喜んでいるのではない。その後のファクスには、Tくんが「1」をとったことについて、「いかに試験の成績がよかろうとも、それは帳消しにすることの出来ぬ汚点でしょう。愚息には、今回の結果だけに満足せず、行いをしかるべく反省するようにと戒めてあります」とある。
成績の急激な上昇については、何かのきっかけで潜在能力が一気に現れたのであろう。あるいは、それまでの蓄積が噴出したとみるのがよいか。そのきっかけが作文であったとすれば、うれしいことだが、振り返ってみれば、思い当たるふしがないではない。
推薦入試に備えた作文では、初めはぎくしゃくした文章であったが、書き慣れてきたころ、4回目あたりであったか、内容も構成もピタリと決まったことがあった。体操選手が空中で何回転かしたあとピタッと着地する、そんな感じであった。
Apr.7 '05 <「世事雑感」>
一昨日「春期講習」を終えた。昨日は一息をつく。10日ぶりに「春眠暁を覚えず」ぐっすりと、惰眠をほしいままにする。
とはいえ、春休みが終われば新学期となる。午後4時からは通常授業に戻る。
4月に入って来訪者が多くなった。道場の建物が、改装によってすっかりきれいになったからだろうか。入門者も例年になく多い。といっても、何十人も押し寄せるわけではない。1コマの定員が3人であるから、器に合わせて人が来る、といった趣きである。
ホームページの改装にもぼつぼつ取りかかる。何はともあれ、例文を増やそう。「作文みるみる上達記」のようなものがよいだろうか。「読書感想文」を提示しておく必要もあろう。
メールマガジンに代えて、「答案百花」も整理しなければならない。
昨6日には、中学の新しい教科書の検定結果が新聞発表された。「発展」というレッテルが貼られて、いろいろな項目が復活した。それらの扱いはどうなるだろうか。生徒諸君の顔が重ね合わさる。過重負担にならなければよいが。
「発展」の学習内容は「学力の低下」を懸念する声に押されて復活したものである。これに並行して「総合学習」の時間の削減の動きもあるが、そもそも「学力」とは何か、これを抜きにして事態が進行しているように思われる。「世事雑感」のサイトでも設けよう。こちらへ。
Mar.24,31 '05 <新装開場1・2>
道場の建物は、ただいま改装中である。10日ほど周りを覆っていた足場とネットが、春休みを前に取りはずされ、白い建物が現れた。朝日にはけっこう輝く。燦然と、と言ってもよいほどだ。
これがお店なら新装開店というところなのだろうが、道場だから新装開場とでもいえばよいだろうか。
白い建物を見上げて、ホワイトハウスと呼ぶ人もいれば、白亜の殿堂と呼ぶ人もいる。
気分一新。これを機に、ホームページも装いを新たにすることにしよう。
道場内では既に、小学生にも記述問題中心の講座を設けているが、これを通信による受講生にも紹介するとしよう。その他、最もよく読まれているのは例文のようであるから、これの充実にも努めよう。
例文は当初は「作品展示場」に掲載していたが、3年ほど前には半年ほどメールマガジンに連載し、今もバックナンバーを残したままでいる。だが、読者はこのほうには、登録のわずらわしさもあってか、なかなか見に行ってくれないようだ。常々「展示場」に引き戻すことを考えていたことでもある。今がよい機会でもあろう。
(Mar.24)
メールマガジンをいったん廃刊にすることにした。昨30日から今日にかけて「添削マガジン『光る文章』講座」、「『俳句かるた』マガジン・一句の味わい」の手続きを終えた。
それぞれ半年、3か月の間休刊していたのだが、廃刊を決めて肩の荷を下ろしたような気分でもある。
減量も改装の一つであろう。その上で、新装を考えてみたい。
新しいサイトとして、「世相あれこれ」「時事雑感」というふうなものが思い浮かぶ。生徒諸君に接していると、世相との関係であれこれ思うことが多い。
これまで、この種の問題には、この日記で簡単に触れる程度であったが、少し踏み込んで論じてみると、けっこう反響もある。例えば、去年の8月末の「読書感想文」についての論評である。こんなものをサイトを新たにして随時提起してみようかと思う。
現在なら、「総合学習の時間」の削減問題がある。その一方で、中学進学を目指す小学生が連日大量の宿題とテストに追い立てられていることでもある。
時には、プロ野球はどうなるのか、そんな話もしてみたいと思う。
しかし、初心忘るべからず! 「光る文章」講座に磨きをかけねばならない。
春期講習が終わったら、段取りをつけることにしよう。
(Mar.31)
Feb.25 '05 <立春・2>
「立春」の続きを、1週に1つは書こうと思いながら、はや3週たった。入試対策に加え、ファクスの山を見ると、日記は二の次になってしまう。
週初めの21日に高校の入試対策を終え、昨24日の深夜に大学の、まさに追い込みも終えた。
春よ、春。道場の春は朗報によってもたらされる。節分に先立つ1日の夜、シンちゃんから聖徳学園中の特別選抜に合格したとの電話が入る。
この中学は例年作文の課題を前もっていくつか発表していたのだが、今年は当日のぶっつけ本番となった。
お母さんの心配は大変なものだったようだ。試験時間の終わりごろ、題の発表があって、それを見たとたん、お母さんは「目の前の壁が崩れ落ちるような気がして………、でも、終わって出てきた息子の顔が、とても晴ればれしているのにはびっくりしました」
シンちゃんは「『600字以上書いたよ』と、ホクホクして自信満々でした。その自信は先生からの一言であったと思います。『何が出ても書けるようになっているから大丈夫』。前日の寝る時にも、本人も「だいじょうぶ」と言っておりました。
それにしても、聖徳学園中は人気がある。小5のタカくんが同じく特別選抜を目指して、はや控えている。「なぜ、聖徳学園なのだい?」と聞くと、「しっかり勉強できるようにしてくれるんだって」と言う。シンちゃんとタカくんとの間には何のつながりもないようだ。
こんな電話もあった。「合格しました」。ノムさんからだ。ノムさんは印刷関係の会社で働いている。いろいろなデザインの名刺やハガキ、封筒などを見ているいるうちに、自分でもデザインしてみたくなったのだ言う。
動機と抱負が評価されたのだろう。ノムさんは今春、多摩美術大学・造形表現学部・デザイン学科に進む。
都立高校や旧国立大学の発表はまだこれからである。
Feb.4 '05 <立春>
暦の上の大寒は先月20日であったが、ほんとうの大寒はやはり月末から月初めであったようだ。
今日は立春。厳寒も峠を越えて、これから三寒四温の日々を繰り返しながら暖かさを増していくのだろう。
春といえば、道場にとっては合格の報に優るものはない。しばらく日記を怠っている間にも、朗報は続く。
大学の推薦では、愛知のカオリさんの日本女子大英文学科に続いて、和哉くんが立教大法学部への進学を決めた。本人は社会学部を希望していたが、これは遠慮がちの感じだったので、あえて競争率の高い法学部を勧める。英検2級、漢検2級に加え、卒業論文が評価されたようだ。
高校の推薦入試では、コマくんが都立高に合格した。都立の推薦入試は倍率が高い。内申点がよほど高くないと合格はおぼつかない。トップ校ではオール5でも確実とは言えない。コマくんは平均4で、競争率は3倍であった。合格するかどうかは結果が出るまで分からない。
ところが、「自己PRカード」の下書きを読んでいるうちに、ひょっとしたら、ひょっとするかもと思われた。活動がユニークなのだ。ふだん道場では見せない一面が垣間見える。「高校入試の作文」のページにでも書き記しておくとしよう。 こちらへ
(続きは、上の<立春・2>へ)
Jan.18 '05 <いい日旅立ち>
明けて半月余り、話のタネは「年賀状」「正月の旅」「冬期講習」「記述問題」「日本語文法」……等々と湧いてくるのだが、なかなかまとまった形にはならない。
冬期講習を10日まで延ばしたせいか、この1週間はまだそれが尾を引いているようだ。ファクスも三が日を過ぎると積もり始める。添削は「3日以内」に行わなければならない。
話を何か一つ発信しようと思うのだが、ゆとりというものがない。「便りのないのがいい便り」と思ってもらうことにしようか、とも思うのだが、当サイトへの訪問者は1日100人を超え、日曜日にも引きを切らない。
そんな時、こんな歌が心耳に聞こえてきた。
「あ〜あぁ、にほんのどかで〜〜、わたしを〜、ま〜ってる〜ひとがいる〜〜……」
谷村新司さんの作詞作曲ではなかったかと思う。『昴(すばる)』の谷村さんも、こんな歌を作ることがあったのだ。歌は、もちろん、山口百恵さんである。「い〜い日、たび〜だち……」とつづく。
この日記はインターネットで流れているから、「日本のどこかで……」ではなく、「世界の……」となるのだが、それはともかく、このメロディーに乗って、胸のつかえが取れたような気もする。
いい気なものだが、これをきっかけに、今日をもって新たな旅立ちの日としよう。
Dec.28・31 '04 <朗報・雑報>
冬期講習時は、例年のことながら忙しい。受験生のことを考えると、緊張も強いられる。そこへもってきて、今年は降って湧いたような事件があった。先月末の、「25年ぶりに見つかった『俳句かるた』の一件である。
それも昨日で落着し、冬期講習も明日で中休みに入る。「朗報・雑報」とでも題し、積もる話を書き記そうかと思う。
(Dec.28)
……………………………………………………
「合格しました」。電話の向こうで、さわやかな鈴の音のような声が聞こえる。愛知のカオリさんからだ。日本女子大・英文学科に合格したのだ。今期の合格第1号となる。先月末のことである。
答案練習の経緯を詳しく記したいところだが、他日を期して「大学入試の小論文」のページに託すとしよう。
道場主も師の端くれであるなら、この12月はまさに「師走」であった。
冬期講習の準備に加え、先月末から『俳句かるた』の分配の作業を余儀なくされたためである。時には、授業の合間を縫って宅配便の営業所に車を走らせることもあった。
見つかったかるたは、希望者の手に少なくとも一つは渡って、冬休み前に全てなくなった。そんな一件をつゆ知らぬ生徒たちとの授業も中休みを迎え、今、雪の大晦日となった。
(Dec.31)
Nov.18・21・25・30 / '04 <入試問題は記述の時代へ>
今週末から来週にかけて、中3生は期末試験を終える。道場ではその後すぐ、試験を終えた生徒から順に「冬期講習・80日間トライアル」に入る。都立入試の直前までの、およそ80日を視野に入れ、特訓が続く。
国分寺高校を目指すSくんの中心課題は「記述問題」である。国分寺高校は都立であるが、入試では独自問題を課している。
都立高校は、都知事が代わってから、様変わりした。学区にかかわりなく希望校を選べる他、かつての名門校で独自問題の出題が行われるようになった。4年前の日比谷に始まり、翌年の西、続いて新宿、戸山、国分寺、八王子東、そして、今春は立川、国立、青山、隅田川と、計10校で行われている。
その特徴は問題量が多いことと、記述問題の占める割合が高いことである。
国語では記述問題への配点が約50%となっている。選択肢問題が30%、漢字の読み書きが20%の割合である。数学でさえ、証明問題のほかに、問題を解くプロセスや途中の計算を書かせる問題が2〜3題ある。英語では英作文の比重が高い。
Sくんは内申対策の合間に独自問題に取り組んできた。初めは倍くらいも時間がかかっていたが、次第に時間が短くなり、文章も整ってきた。期末テストが終われば勉強は入試一本に絞れるので、エネルギーを独自問題に注入できる。過去問を練習台に、量をこなしながらすっきりした文章が書けるよう、ともども努めるとしよう。
(11/18) −つづく−
記述問題といえば、私立の雄・開成高校ではここ2〜3年、選択肢問題が消えてきている。今春は漢字の読み書きを含め、100%記述問題になった。
このような傾向を踏まえた「開成Jr模試」というのがある。セタガヤくんがこれに挑戦した。中2であるから、英語は散々であったが、数学はまずまず、国語はこれまでになく高得点をマークした。
とはいえ、答案には丸はあまりなく、三角が多い。これは、おそらく読み飛ばしながら書いているためであろう。セタガヤくんは大手の塾に通ってもいる。そこは、とにかく宿題が多い。夏には全都道府県の入試問題が宿題に課されていた。このノルマをこなすには拾い読みでもして素っ飛ばすしかなかろう。荒っぽい。頭ががさつになりはしないか。
セタガヤくんには「きちんと頭を働かせよう」とアドバイスしている。そうすると精読ということになるのだろうが、入試には時間制限があるから、速読も要する。このあたりの兼ね合いをどうするか。王道は、着実に読み取りながらスピードを上げる練習をするほかにはなかろう。
これは、Sくんについても同じことが言える。読解に取り組むとき、各人は別室で一人ぼっちにさせられる。
(11/21) −つづく−
記述問題への流れの背景には何があるのだろうか。
それは、第一に表現力や思考過程を見るためであるが、選択肢問題には「まぐれ」ということがあるためでもある。
この傾向は中学入試においても見られる。
東京都でも来春より中高一貫教育を始める。
(11/25)
−つづく−
既に、先陣の白鴎高校付属中学校と、それに続く3校では「適性検査」という名の入試問題の課題例を発表している。それらの解答は全て記述方式である。
現在、スミダくんがこれらの課題例に取り組んでいる。入試は来年2月3日である。
例題は「白鴎高校」のホームページの他、東京都のホームページの「東京都教育委員会」→「都立高校改革」〜「適性検査」、もしくは、「両国高校」→「6年制中高一貫教育」→「リンク」によって見られる。
(11/30)
Nov.11 '04 <読書少年>
「朝日中学生ウィークリー」という新聞が届いた。セタガヤくんのお父さんからだ。
一面の左半分に「作家・重松清さん 読書好きの中学生と語る」とあって、重松さんを中に男女二人ずつが談笑している写真が掲載されている。その一人がセタガヤくんで、横顔が写っている。「なに、読書好きの仲間入りをしたか」と、多少の感慨を禁じ得ない。
セタガヤくんは、国語力を強化するために去年の夏から遠路を道場に通っている。今年の夏休みに入った頃からであったか、勉強の合間にバッグから本を取り出しては、さかんに「これ、おもしろいっすよ」と言っている。重松清さんの本だ。学校の図書室から取っかえ引っかえ借り出しては読んでいるようだ。
お父さんによれば、「これまで、まともに本を読んでいるところなど見たことはなかったのですが、最近は変わってきましてねえ。真剣になって読んでいるのです。著者が来るというので、話を聞きに行ったとも言っておりました」 それが、新聞の座談会の記事になったわけなのだが、ちゃっかり紛れ込んでいるという感がなくもない。だが、俄仕立てであるにせよ、「読書好きの中学生」であることに違いはない。
何がきっかけであったのか。座談会の記事には、「僕は中二になるまでまったく本を読まなかったけど、塾の国語の問題に重松さんの文章が出ていて、『なんでこの人は僕の気持ちがわかるんだろう』と思って、それから本を読むようになりました」とある。縁とはこんなものか。
重松さんの作品には、直木賞を受けた『ビタミンF』をはじめ、『エイジ』『ナイフ』など、中学生の登場する作品も多いという。セタガヤくんはこれらの本のどこに感銘を受けたのだろうか。そもそも、これらはどんな話なのだろうか。いずれ、セタガヤくんにそれを話してもらおう。いや、書いてもらうとしよう。いい読書感想文ができるに違いない。
Oct.21 '04 <台風の日>
大荒れの台風23号は道場にも少し影響を及ぼして通り過ぎていった。
午後になって、23号は岐阜の辺りから進路を東に向けたようだ。こちらに来るのだろうか。既に暴風圏に入っているようだが、風はあまり強くない。時々ザッ、ザザッと、強い雨が落ちてくる。
1時半ごろであったか。小5の貴くんのお母さんから、曜日を変更してほしい旨の電話が入る。貴くんは20分くらいの距離を歩いて通っている。諾とする。折しも、雨が風に叩きつけられた。
続いて、小3の彩ちゃんのお母さんから入る。彩ちゃんは自転車で5分余りの所から通っている。この時点で、今日の授業の中止を決める。
中止の連絡をとり始めたが、なかなかつながらない子もいる。留守のようだが、留守電に切り替わらないのだ。全員に連絡がついたのは5時半ごろであった。
今日は日本シリーズの第4戦も中止になった。では、メールの返事書きでもするか。「時間内に書く方法」を書くには少々時間がかかることでもある。
台風情報のテレビをつけたまま、パソコンに向かおうとしたところ、ドシン、ドシンと庭の方で音がして、ガラッと戸が開いた。豪雨の中から大柄な男の坊主頭が飛び込んできた。高3の慎也くんだ。今日はきみの日ではないよ、と言おうとする間もなく、「あしたは古文の試験なんです」。
慎也くんは中間試験の最中なのだ。二学期の成績はもう内申には関係ないから、勉強は現国と英語に絞ろうと言ってあったのだが、慎也くんは熱心だ。『源氏物語』「若菜」の巻を読み合わせ、訳を確かめる。
雨脚は依然強いが、風は次第に弱まってきたようだ。
Oct.7 '04 <作文の題材探し>
このところ、日曜の夜から月曜日の朝にかけて、ファクスの受け皿に用紙がふわふわと盛り上がる。その山を見ると、一瞬プレッシャーを感じるが、それはうれしいプレッシャーでもある。主に小学生の作文なのだが、ほとんどの生徒が週に一つは書くようになっているのだ。
一般に、何を書いてよいか分らない、という生徒が多い。そこで、道場ではあらかじめ、「あんなこと、こんなこと」というメモ用紙を渡して、題材を7つ8つ用意させるのだが、それが尽きてしまうと、考えあぐねることにもなる。
そんな生徒には、「きのうのこと」を書くよう勧める。
前の日のことなら、「忘れた」とは言えまい。朝起きてから夜寝るまでのことを、何時に起きて、朝食には何を食べ、何時に家を出て、だれそれといっしょに学校へ行き、1時間目は何で、…、給食では何を食べ、昼休みには何をして遊び、…、放課後には何をし、何時に家に帰り、夕食までは何をし、夕食後には何をし、何時に寝たかを、
メモふうにでもよいからと言って書かせる。
そうすれば、いつもと変わらぬ一日のように見えても、何か一つは変わった出来事があるものだ。それを聞き出して、くわしく書かせる。
これによって、生徒は題材探しの要領を覚えるようである。「きのうのこと」を2度も3度も書く生徒はいない。遠足や運動会がなくても、書く材料に困る生徒はいなくなった。
題材探しといえば、ユニークなものを見つけてくる生徒もいる。
小5の直宏くんは今、日本の歴史を書いている。塾で習っているのだそうで、学習の記録なのだが、単に事柄を列挙するだけでなく、工夫もしている。例えば、奈良時代では安倍仲麻呂を取り上げて、その生涯を描いている。一人物について語ることは、自然に時代背景に触れることにもなる。読んでいるうちに奈良時代に誘い込まれる。
「山の池」というロマンティックなものもある。これは小3の勇くんの長野旅行の記録である。中1のリカちゃんは少林寺拳法の「六日間の合宿」を6週にわたって書き上げた。
これらを読んでいると、プレッシャーも次第にほぐれてくる。
Sep.2 '04 <講習余聞>
夏期講習は8月30日をもって、ほぼ予定どおりに終了した。31日と9月1日、2日を予備日とし、補講に充てるつもりであったが、2日の今日だけで済みそうだ。お陰で2日間はいい休養になりそうだと思いきや、ファクスが続々と届く。宿題の作文のほか、就職試験など急ぎのものもあるようだ。2日間は、丸々添削に充てることになった。
増え続けるアクセス数は、夏休みの最終日の31日、遂に500を超えて515となった。作文の宿題に追われている人が多いと見える。中には、下記の「読書感想文」読んでくれていた人も少なからずいたようだ。
読書感想文の例文を読みたいという希望も寄せられている。「メールマガジン」にでも載せてみようか。元気のいい作品を、二つ三つ紹介しよう。
付記 : 9月16日から毎週木曜日に3編を順次紹介の予定です。登録(無料)はこちらへ。(Sep.9)
Aug.26〜31 '04 <読書感想文>
夏休みに入ると、それも後半になると、当ホームページへのアクセス数がぐんと増える。ふだんは1日100〜150くらいなのだが、8月も下旬になると、300〜400にもなる。きっと、作文の宿題で困っている人が多いのだろう。実際、作文についての問い合わせが多く、読書感想文についての相談も多い。 (8/26)
読書感想文は、あらすじ・あらましを書き、印象に残ったこと・興味をもった部分について書けばよいのだが、これが二つの点でなかなか難しい。一つは、あらすじ・あらましがまとまらないこと、もう一つは、感想が浮かんでこないことである。 (8/28)
あらすじのまとめ方は、一般的には「こんな話なんだよ」と、人に話して聞かせる調子でよいのだが、難しいのは、コンクールで入賞でもねらうつもりなら、それが感想部分の位置を示すために必要十分なものでなければならないことである。
もう一つの「感想」については、実はこれは、難しいというより、生徒には酷なのである。読後に「どうだった?」と聞いても、「おもしろかった」 あるいは、「つまらなかった」というのが関の山であろう。それ以上に「もっと何かを感じろ」と強いられでもすれば、これは生徒には拷問にも等しい。
読書家と言われる人でも、読後の感想はたいてい一言なのである。 (8/29)
感想文といえば、「あらすじを書くな」という先生がいるようだ。「すじを書いて字数を稼ごうとするな。感想を書け。自分の考えを書け」ということのようだが、これは極めて危険な指導法である。どんな話のどの部分について書いているのかが分からなければ、せっかくの考えも「木を見て森を見ず」ということになりかねないからである。 (8/30)
これとは逆に、「あらすじをしっかり書きなさい」という指導があってもよいのではないか。一部を取り上げてあれこれ理屈をこねるよりも、一遍の物語のすじをしっかりつかむほうが、どれだけ読書の収穫が得られることか。
実際、すじさえしっかりつかめば、感想は自ずと出てくるもので、うまくすれば、それが主題に関わるものである場合もある。
それほどでなくても、あらすじをしっかり書いた上で、最後にひとこと「○○が〜〜したところがおもしろかった」とでも書き添えれば、それで立派な感想文になろう。中味をしっかりつかんだという収穫があれば、たとえコンクールで入賞しなくても、それでよいのだ。 (8/31)
Aug.5〜12〜19 '04 <部活の作文>
夏休みは部活にとっての書入れ時でもある。
ミチオくんは京都の名門大学付属中でホッケーをしている。1年の当初はお遊び程度のものという感じであったが、2年になってからは練習試合の数も増えたようで、作文の内容はもっぱらホッケーのことになった。試合の経過と反省が、次第に念入りにつづられるようになった。
対外試合やリクレーションの様子を読んでいると、部は相当の伝統があり、100人近い大所帯であるようだ。高校や大学の先輩とのつながりも強いようで、実力は全国レベルにあることも分かってきた。
では、いったいどんな練習をしているのだろうか。最近それを書いてもらった。 (8/5)
「今は最も練習が厳しい時です。全国大会の前だからです」 という書き出しで、「たとえば、追っかけ走50メートルを5本2セット、その後に100メートルダッシュと100メートルジョグのインターバルを10本3セット、その他、50メートル折り返し5本連続3セット」等の練習メニューが紹介される。
さらに、「夏休みになると、朝9時から練習が始まります。まず、基本中の基本のパスまわしからです」とあり、「2人パスシュート、スピードをつけてのパスシュート、フォワード2人対ディフェンス1人のカウンター、3人対2人、……」等々とだんだん専門化していき、「最後に実戦形式の練習試合をします」とある。
読んでいるだけでも、汗だくになり息も切れてしまいそうになるが、本人たちは平気のようだ。大きな目標があるからなのだろう。
それはともかく、ミチオくんの作文はそのまま部のミーティングや部の紹介の資料としても役立つことだろう。 (8/12)
モモちゃん(中1)はジュニア・オーケストラに入っている。夏休みの練習は朝の10時から夕方の6時まであるそうだ。体育館のステージにはクーラーがないから、全体練習の時はのどがからからになる。「終わってから水を飲むと、水のありがたさを感じる。もしも水がなかったら、……」ということから、発展途上国の水問題にも話が及び、「水と命」についての一遍ができ上がった。
少林寺拳法のリカちゃん(中1)は、今は合宿中とのことだが、先日は武道館で行われた「練成大会」について書いていた。大会には全国から小中学生が集まっていたこと、天井には大きな国旗が掲げられていたこと等に続いて、演武について「私はまだ見習いなので、技が成功した、失敗したなどはよく分かりませんが、とにかく迫力があり、かっこよかった」とあった。
合宿についてはどんな模様・印象がつづられるであろうか。 (8/19)
Jul.28 '04 <旅だより>
神戸の格くん(小3)から「おきなわ」という作文が届いた。今夏の旅だよりの第1号である。旅の話がファクスや郵便で届くと、作文であっても、たよりという感じがする。
格くんは家族で4泊5日の旅であったようだ。作文には到着した日のことが書かれている。これから、何回かに分けて日記風に見聞記が送られてくることだろう。
近所の幸ちゃん(小6)は、今ハワイに行っている。一つ言い忘れたのは、日記をつけるようにということだ。帰ってくれば、もちろん作文を書いてもらうことになる。なるべく詳しく書いてもらうとしよう。
幸ちゃんは忙しい。8日間の夏期講習を終えると、お盆のころから月末まで、宮城の栗駒山麓に行くようなのだ。今度は日記帳を持っていってもらおう。
小田原の近くの町に住む直くん(小5)は、この夏休みに大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くと、5月ごろの作文に書いてあった。今度行けば4回目になるという。ディズニーランドやディズニーシーにも同じくらい行っているようだ。
これらの話になると、作文は俄然活気づく。話の運びに力強さがある。
合宿も、遠隔地で行われれば、旅となろう。アユちゃんが昨夜、長野・安曇野の合宿から帰ってきた。彼女は高校のハンドボール部のマネジャーをしている。
午後3時ごろ、「疲れた〜」と言って入ってきた。12時間余りも眠ったはずなのだが、まだ眠いと言う。合宿では午前0時就寝、5時起床の毎日だったそうだ。マネジャーとはそんなものらしい。旅どころではなかったことだろう。
Jul.21 '04
今日から夏休み。そこで、道場の時間帯が変わる。
午前の2コマは小学生と中学1・2年生、午後は中学3年生、夕方からの2コマは高校生と部活のない中学生の時間帯となる。この範囲で、通学生は出席日を選べる。
夏休みは部活の合宿があり、家族旅行があり、という具合であるから、合間に出席する、という格好であるが、生徒諸君には、出席日を選べるほうが気が楽なようだ。その分、勉強の能率は上がる。
ただ、一つの時間帯に希望が集中しても困るから、予め「希望日時調査票」を提出させる。だが、不思議なことに、希望がぶつかり合うことはほとんどない。各コマに2〜3人ずつ収まっていく。未定の諸君は徐々に空いた所に収まって、例年これで「夏期講習」は進行する。
夕刻の1時限目、『徒然草』を訳出していたかずや君が「漢検、受かっていたよ」ともらした。2級合格だ。インターネットで発表されているのだそうだ。「拍手!」と言ったら、隣の部屋からひときわ大きくパチパチと手が鳴った。大志君だ。彼は中3ながら、準2級に合格している。苦労を知る者の歓び、といったところであろうか。
Jul.8 '04
昨日に続いて今日も異常な暑さである。じっと座っているだけでも、風がないと汗が吹き出てくる。東京都心では35℃近くを記録し、内陸部では38℃まで上がっているという。
7月上旬のこんな暑さは、しばらく前にもあった。サッカーのワールドカップがアメリカで行われていた頃であるから、10年前のことである。
「言ふまいと思へど今日の暑さかな」。昔の人はこんな暑さにもじっと耐えていたのであろう。今はクーラーがあるから、この句の実感が伝わりにくいかもしれない。
道場では、生徒が来ない間はクーラーを入れず、窓を開け放っておく。汗をかくのも気持ちがいい。葉裏の呼吸がムンムンとして汗がにじみ出すころ、風が通り過ぎる。これが実に快い。
10年前といえば、ひと昔、作文道場が発足した年であるが、当時中3であったKaworuくんが先週の夜、7年ぶりに訪ねてくれた。いよいよ就職が決まったから、という次第である。
日時をいつにするか。双方が空いているのは日曜日か、平日の夜しかない。結局、木曜日の夜9時半からということになった。そのほうが心置きなく飲めることでもある。
庭伝いの足音に続いて現れたのは、紅顔の美少年ならぬ悟り顔の青年である。道で出会っても、こちらからは果たしてKaworuくんと分かるだろうか。だが、才気の感じられるオデコは昔のままである。今は大学院のマスターコースでコンピュータ関連の新しい理論に取り組んでいる。
まずはビールで乾杯をして、話は未明に及んだ。尽きぬ話は第2ラウンドを約して、再会はお開きとなったが、当ホームページには強い味方が現れたものだ。
Jun.23 '04
かずやくんの漢検対策は先週で終わり、20日の日曜日に試験があった。2級と、ついでに準2級も受けたということで、自己採点の結果、どちらも180点くらいであったと言う。200点満点で合格ラインは80%ということであるから、合格はまず間違いなかろう。
かずやくんの勉強ぶりだが、3月から3か月の間に「ステップ問題集」と、続いて「分野別問題集」の2冊をこなした。いずれも約200ページあるのを12分割して宿題とし、毎週遂行度のチェックを行うとともに、過去問によって「力だめし」を行った。
過去問の出来は、最初は70%ぐらいで、次第に5%ぐらいずつ伸びて、直前には170点、つまり85%を取るようになった。それが試験の日まで、まだ伸びていたことになる。毎週のノルマをこなしたことが、着実に力をつけることになったといえる。
では、次は1級を目差して、と言いたいところだが、漢検の準1級・1級は娯楽のようなもので、英検とは違って実用の役には立たない。2級でじゅうぶんである。
かずやくんの勉強は『徒然草』の全訳に戻った。今週は第207段から再開して212段まで進んだ。
このペースでいけば、あと2か月で全243段を終えることになるが、夏休みには卒論を書かなければならないと言う。10,000字以上だというから、400字詰めの用紙にして25枚以上ということになる。
私立高で、大学へはエスカレーターに乗れるとは言え、学校生活はなかなかの充実ぶりである。
Jun.10 '04
中2のセタガヤくんは入門以来かれこれ1年になる。当初は土曜の午前、時には日曜の午前に来ていたのだが、ここ1か月ほどは水曜日の夕方7時ころにやってくる。帰りが8時半から9時ころになるから、雨の日などは駅まで車で送っていくことになる。
そのセタガヤくんのお気に入りは「ジムニー」という軽自動車である。車高が高いので、普通の乗用車に較べて見晴らしがいい。そこが気に入りで、「ベンツよりいい」と言う。
先週の土曜日くらいから、アクセス数が急に多くなった。ふだんは100程度なのだが、連日150くらいになっている。通例、土日は70〜80くらいに減るから、これは、常とは異なるという意味で、異常である。
いったい、何を見に来てくれているのだろう。
『ある出版祝賀会』(トピックス)の噂が広がったのだろうか。
それとも、『作文みるみる上達記』の予告(下記)に期待が集まったのだろうか。
あるいは、誰かがどこかで『俳句かるた』を紹介してくれたのだろうか。
理系の学生や技術者向けの著書の、共著についてのお問い合わせは、こちらへ。
Jun. 2 '04
『論作文の奥義』と『作文試験・必勝のパターン』の、それぞれ2005年版が改めて一ツ橋書店より届く。秋に2006年版を出すから、必要に応じて改訂するようにとの要請である。毎年コンスタントに売れているようだ。これらが出ると、『奥義』は8年目、『必勝』は5年目に入る。
著書といえば、2月に依頼を受けた、理系の学生や研究者、技術者向けの「日本語文章の鉄則」(仮題)は、資料(生の答案)集めが難しいため、共著でいこうということになった。
さあ、どなたを相棒にしようか。自薦、他薦も受け付けよう。
著作といえば、先月末、『添削マガジン「光る文章講座」』の再開に向け、当マガジンに予告を出した。題して『作文みるみる上達記』。ふだん話している指導法を、例文をもとにまとめようと思う。指導の体系も整い、「勇樹くん」以来、いろいろな答案が蓄積されていることでもある。
目次ができたら連載を始める予定だが、連載が終わったら一冊にまとめることにしよう。
May 12 '04
午後4時、小3の圭ちゃんがお母さんといっしょに授業見学に現れる。ちょうど、ファクス添削の書き直し分が二つ届いたところだったので、それをもとに話を進める。既に電話で話をし、ホームページも見てもらっていたので、指導法を現物で確かめてもらう格好となった。
届いた作文は、いずれも「あんなこと、こんなこと」のメモをもとに書いたものを、添削を受けて書き直したものである。一つは小3の格くんの「ロックガーデン」で、主に、それがどこにあり、いつ、だれと行ったのかを書き加えてある。ロックガーデンの、一目見た姿形を書いてほしかったのだが、これは書かれていない。一歩の前進をもってよしとしよう。
もう一つは小5の直くんの「富士山」で、これは、箱根の旅館の露天風呂や御殿場の峠から見た富士山の印象を書いたものなのだが、最初の作文は文字どおりメモのようなもので、順序もばらばらであった。そこで、例によって、順序を整えるとともに、足りないところを想像で補って例文とし、間違いがあれば書き直すようにと指示する。
「ああ、勇樹くんのところにあった方法ですね」と、お母さん。「そうです。こうしておくと、生徒は喜んで直します。’これは違う。この時はそうではなく、こうだったんだ’とか言ってね」 「これだと、何をどう書いていいか分かっていいですね」。 ※ 『勇樹くんの作文みるみる上達記』は、こちらへ。
圭ちゃんは入門して、来週から通うことになった。
お母さんの願いは国語力をつけることにある。そこで、教科書の物語や説明文のあらすじ・あらましをまとめる練習もすることになるが、差しあたって「あんなこと、こんなこと」のメモの作成を宿題とする。
May 6 '04
連休初日、散歩に出たものの、無為に過ごす。デジカメで若葉の葉裏を撮ったのが収穫か。花もよいが、若葉の輝きも捨てがたい。ホームページのヘッダーやフッターに入れてみようか。ヘッダーには青空に若葉、フッターには咲き誇る花々、入れてみよう。
二日目の30日(金)、午後4時に弘太郎くんがやってくる。ゴールデンウィークは休みと言ってあったのだが、徹底せぬ。だが、珍しく宿題をやってきている。「友達がいなくなったら」を書き直して見せに来たのだ。せっかくだから、招じ入れる。しっかり書き直してある。次の課題を出して帰す。
三日目は 5月1日、西方の都県境の村に赴く。東京にもまだ桜の咲き誇る所があるのだ。標高1000メートルはあるだろうか。四輪駆動車に鞭打って、急坂を駆け登る。ソメイヨシノは散って、ボタンザクラに変わっていた。午後の陽に透けるカエデモミジが美しい。
2〜4日、ファクスの前に休日はない。散歩の合い間に答案を見て返送する。「川」「ロックガーデン」「箱根から見た富士山」が印象に残る。いずれ、どこかで紹介しよう。「作品展示場」がよいか、「作文ワールド」がよいか、はたまた、メールマガジンがよいか。懸案がまた増えた。
5月5日、連休最終日。ナイターの中継が途切れたため、チャンネル切り替えたところ、「童謡」の起源を探る番組に行き当たる。鈴木三重吉の『赤い鳥』が、詩の普及のために詩に曲を付けることにしたのが始まりだという。成田為三をはじめ、当時の作曲家に想いを馳せる。
Apr. 29 '04
若葉にツツジの映ゆる頃。
今日より1週間、道場は休みに入る。暦の上でもちょうどよい区切りとなっている。生徒諸君にとっても、そのほうが都合がよいようだ。互いに充電期間としよう。
窓外には若葉が広がり風に揺れる。中にひとところ、ツツジの群生も見える。晴天の下、この光景を眺めていると、無限の時の広がりさえ感じられる。
懸案もいくつかは片付きそうだ。何から始めようか。とりあえず、散歩に出てみよう。
Apr. 8 '04
桜前線は関東平野を北上中であろう。そんなあたりから、合格便りがあった。
Uくんは公務員試験を目指して勉強中であったが、身体に少しハンディーがあることもあって、就職コンサルタントの勧めでコンピュータの会社を受験することにしたという。外資系の著名な会社である。
「1次・2次・3次試験があり、1次・2次では作文がありました。作文試験には、公務員試験とは違い、制限時間がなく、先生に指導していただいた成果をじゅうぶん発揮することができました。……心温まるご指導有り難うございました」
これから1年、コンピュータ技術をはじめ、ビジネスマナーやコミュニケーション能力についての研修があるという。ずいぶん時間をかけて育成を図るものだ。Uくんへの期待のほどが察せられる。
心ばかりのお祝いに、「紅白桜」の写真を葉書に託すとしよう。
Apr. 1 '04
「やっと希望の区役所に合格しました。4年越しです」4,5日前、Uririn
さんから電話があった。
1年目は作文でダメ、2年目・3年目は最終の面接までいったが、涙を飲んだということであった。主婦の身で、いろいろ制約があったと思われるが、よくがんばったものだ。まさに、「さくら咲く」である。
東京地方の桜もそのころから今日にかけて満開となった。まるでUririn さんを祝福しているかのようである。
お祝いにひとことと思ったとき、紅梅白梅の写真があるのを思い出した。たまたま散歩の途中で撮ったものなのだが、紅梅が半円状に枝を広げ、その後ろに白梅が控えている。これを葉書にプリントして贈る。
この写真については、「ちょっと自慢」してもいいかな。こちらへ。
Mar.24 '04
「咲きあふれひとつの花をこぼすなし:素逝」
「『俳句かるたマガジン』一句の味わい」では、この句の掲載を4月1日に予定していたのだが、開花宣言が早まったため、急拠繰り上げることにしようと考えた。「旬」の句を届けたいがためである。
ところが、東京地方はここ2、3日冷たい雨の日が断続する。満開は週末に延びそうだ。よって、掲載日は元の予定どおりとする。思えば、旬を東京に定める必要はないのだ。特にインターネットにおいては。
4月1日に満開になる地方はどこだろうか。花びらの一枚として散らない満開の桜が、日を追って標高を上げ、また、北上していく様を想像するのも楽しい。
『俳句かるた』といえば、このかるたの復刊を公開したとき、「作文道場は作文と俳句のどっちをやろうとしているのだ」といった趣旨のメールが届いた。この機会にひとこと弁明しておこう。
道場においては、あれかこれかの選択をしているわけではない。と言って、あれもこれもと欲張っているわけでもない。この二つは対立するものではないからである。
作文と俳句に共通するのは「言葉」である。仮に対立があるとしても、両者は「言葉」という一点に収束される。ある意味で、俳句は表現の簡潔性において作文の究極にあるものとも言える。
言葉に関する道場の姿勢は、例えば「言葉の力(言霊とロゴス)」を読んでもらえば、理解が得られるであろうか。こちらへ。
「言葉」といえば、「論文の書き方」についての執筆依頼を受けている。理工系の学生向けの手引書を出したいというのだ。既に二著を世に出しているが、「事実にもとづいて考えを述べる」というパターンを、もっともっと学生諸君に伝えたいとは常々考えているところであるから、これもいい機会である。視点を変えて構成してみよう。
「事実」(実験・観察の結果)を洗練することによって、より確かな「考え」(理論)の生れることも期待される。それはロゴス(真理)の発見であるかもしれない。この線に沿って書いてみよう。
まだ目次もできていないが、来年の今頃は、新著に花が咲きあふれているであろうか。
Mar.16 '04
久しぶりに新聞にチラシを入れる。2年ぶりか。
表には「インターネットでも好評!」とうたってトップページの「近道」の一覧表を入れ、裏には「通学案内」にある「指導理念」を左に配し、右にはももちゃん、かずやくん、まさのりくん3人の諸君に登場願って感想を配す。
ももちゃんの感想には下記3月1日付けのメールを転用させてもらった。かずやくん、まさのりくんの感想はそれぞれ次のようなものである。
「めちゃくちゃな作文でも、書いて直されているうちに、考え方もすっきりしてきたような気がする。今は『徒然草』の全訳に取り組んでいる。「漢検」を受けてみようかなあ」(かず:立教高)
「とにかく書かされた。中1の夏休みに『アンネの日記』1冊のあらましを書くよう言われたのにはまいった!」(まさ:国分寺高)
今月から「漢検講座」を設けることにしたが、これは高3のかずやくんの希望がきっかけになっている。立教では内部進学の条件に、漢検2級があるというのだ。
漢検といえば、見開き対訳ノートを考案した「げんき先生」が「漢検ノート」も作ったので、講座の開設は前々からの懸案であった。そこで、講座開設の旨をチラシに付記しておいた。講座の概要についてこちらへ。
チラシを入れた日の最初の訪問者は、「漢検ノート」を見せてほしいという年配の女性であった。2級は既にもっているので、そろそろ準1級か1級に挑戦してみようと思っているとのことである。
いずれ、「漢検ノート」の体裁・仕様について紹介せずばなるまい。対訳ノートについてはこちらへ。
Mar.1 '04
「もしもし、……」 あゆみちゃんからだ。静かである。さては……、と思った刹那、「合格しました」ときた。思わず、「おめでとう」と声がほとばしる。
合格発表から1時間半ほどたったころのことである。背水の陣で臨んだ一戦であった。
それというのも、これに先立つ私立校入試で、滑り止めに受けた学校が滑り止めにならなかったからだ。外れた理由が、あゆみちゃんらしいといえば、あゆみちゃんらしい。高校に問い合わせてみると、数学の解答を一問ずつずれて記入していたということであった。
本命一校に賭ける受験となったが、瀬戸際で踏ん張った度胸のよさも、あゆみちゃんらしい。自己採点によると、苦手の英語で80点をクリアし、他の4教科も80点前後で、400点は確保していた。だが、倍率は1.41で、都立人気の復活ということもあり、予断は許されなかった。
6日(土)の合格祝賀会は予定どおりに開ける。盛大にやってやろう。
吉報が続く。
1週間ほど前、こんなメールが飛び込んできた。ももちゃんからだ。「百宇」は「もも」と読む。
「お久しぶりです。小学校のときにお世話になった加藤百宇です。もうすぐ高校生になります。なんとか、第一志望の筑波大学附属高等学校に合格し、そこに通うことにしました。
4倍を超える競争率を乗り切れたのも、小学校のころに培った国語力のお陰のような気がします。
ありがとうございました。風邪などひかないようにしてください。」
ももちゃんは6年生で作文を卒業した。特異な才能の見られる生徒で、芸術方面へ進む気配であったから、このメールには、いやはや驚いた。
オーソドックスな進学だが、なまじ芸術関係の高校へ行くより、このほうがいい。資質は、却ってその先で開くだろう。
ももちゃんの作文は今も「作文ワールド」に残っている。「風」という作品で、地球の自転・公転の速度を計算したことが思い出される。こちらへ。
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Feb.19 '04
E さんはいわゆるOLで、総務部に所属し経理のほか社外文書も担当しているという。お礼の手紙などがなかなか厄介なので文章修行をしたいというわけなのだが、申込書を見ると、「中1」「文章の要約」となっている。
念のため確かめてみると、基礎の基礎から学びたいのだと言う。謙虚な姿勢が頼もしい。本物志向の姿勢が感じられる。
リカちゃんは6年生。名門中の名門大学の付属中に合格して、これから作文の練習をしたいと言う。受験勉強が終わると、それも、名門大学への切符を手に入れたとなると、たいていはほっとして勉強などしなくなるものだが、作文をやろうというのが頼もしい。
読書でお茶を濁すのでなく、ここにも本物の勉強への姿勢が感じられる。
この人たちは今どき珍しい、ユニークな人と言えるかもしれない。
ユニークといえば、このところ土日には都内・近郊から訪れる小中学生が増えている。「月1回のスクーリング」が知られてきたからのようだが、作文にせよ国語にせよ、「頭を使って書く」という道場の指導方針がユニークに映るからでもあるようだ。
今日は、当ホームページにとっては、ちょっとした記念日である。
暮れから正月にかけてはご難続きであったが、パソコンの故障を機に、パソコン、プリンターを一新するとともに、インターネット接続も光ファイバーに切り換えた。
最大の懸念はホームページビルダーをヴァージョンアップした場合、果たしてうまく作動するかどうかということであったが、この日記もどうやら転送できているようだ。
最新のメディアで臨むことになった。
「Version 8」ではいろいろなことができるようだ。当サイトも、内容はもとよりコミュニケイションをとりやすくするなど、ヴァージョンアップを図るとしよう。
Feb.12 '04
塾保険の更新の時季になった。保険会社から更新の通知があるたびに思い出すことがある。この保険は塾の行き帰りや塾内で事故に遭った場合の治療費などを保障するものであるが、使わぬに越したことはないから、こんな保険に入っていることを事改めて生徒にも父兄にも話してはいない。
思い出すことというのは、そのことではなく、万が一事故に遭った場合のことである。「ナンバープレイトの4けたの数字を覚えておけ」と言いたいのだが、必ずしも生徒たちみんなに話しおおせているわけではない。言い忘れているのだ。
「4けたの数字」というのは、例えば「多摩300 ね 12‐05」とある、おしまいの「12−05」のことである。とっさの場合に全部を覚えるのは難しいが、これなら大きく書かれているし、4けたならすぐに覚えられるだろう。それに、これさえ覚えておけば、仮に逃げられたとしても、警察が捜し出すのは容易だろう。
こんな話は道場で話すまでもなく、だれもが承知のことと思うのだが、生徒たちは意外にも神妙に聞き入る。保護者宛ての今月の手紙にでも書いて、周知徹底を図ることにしよう。
Jan.28, Feb.5 '04
「『未来の人に伝えたい宝物』という題で記事を書きなさい」。
ある県の公立中高一貫校では、こんな題を小学生に課している。その他、「全校児童の思い出に残るイベントを行うとすれば……」とか、「地域のよさを生かしたテーマパークを造るとすれば……」というものもある。
中学入試といえば、課題は「小学校生活でいちばん思い出に残ったこと」とか、「中学に入ってしたいこと」「将来の夢」とかいうのが基本パターンだが、新傾向のものが増えてきた。だが、このような課題はその場で出されて1時間程度で書けるものではなかろう。
新年は、帰国子女の対策に加え、新傾向の対策にも追われている。
時には昼寝を返上、昼夜兼行ともなる日々、当ホームページはまたもパニックに襲われた。というより、ウィルス侵入の危険にさらされている。期限切れの
AntiVirus 製品を買ってしまっていたのだ。
発端は、ホームページによってはアクセスカウンターが読めないことだった。サポートセンターに修復法を聞いたところ、わがセキュリティーソフトは期限切れになっているためサポートはできないと言う。去年の11月に更新したのだが、その前の10月にサポートを終了しているというのだ。
ひどい話だ。いわば賞味期限の切れた製品を買わされたことになる。それならば、「なぜ、期限切れの製品を販売したのか」と問い合わせても、「当社のポリシーを読んでくれ」と言うに加え、「サポート部門と販売部門は全く部署が違うから、答えられない」と言う。
そうこうしているうちに、画面のあちこちに「インターネットアクセス制御」という、本来はホームページをサーバーに送る際に出る画面が出始めた。トップページはもとよりメールを書いているところにも頻繁に出てくる。
サポートセンターには「答えられないなら販売部門に先の質問状を回すように」ということと、ついでにこの画面の件とを伝えておいた。
販売部門にも止む無く同趣旨の質問状を送る。その間にも例の画面がしつこく現れる。これを消さなければならないが、サポートは期待できそうにない。そこで、削除にかかったのだが、それが出なくなったと思ったら、今度はホームページが見られなくなった。メールの送受信もできない。
さあ、大変だ。試しに Internet security
を「無効」に、つまり「切断」してみたら、機能が回復した。しかし、これによってわが方は無防備になってしまった。メールを送受信している間も、ホーページを閲覧している間もウィルス侵入の危険にさらされているのである。
サポートセンターから第2信が届いたが、販売部門に質問状を回す件については「連絡してはいけないことになっている」と言う。不思議な会社があればあるものだ。S社という。今はこう呼んでおくが、この種の業界では大手のはずである。
販売部門からは一週間のうちに回答がなかったので、回答期限をつけて改めて質問状を送る。これには「われわれは更新した時は最新版を購入したと考える。もし、サポートがないとすれば、代金を引き落とす前にその旨を告げるべきだ。代金を取っておいて『サポートしません』では詐欺にも等しい」と付け加えておいた。
販売部門からの回答はその日のうちにあったが、「ポリシー」が前面に出るばかりで、「なぜ期限切れのものを販売したのか」という質問に対する明確な回答はない。
ただ、去年の11月時点では「サポートはない」旨の表示はしていなかったということであり、同趣旨の意見があったため、現在は案内を掲載しているということである。
S社は、ポリシーを掲載しているから法的には問題がないと考えているのかもしれない。しかし、一般のユーザーにとってサポートのないものは欠陥商品にも等しい。また、販売方法についての「詐欺にも等しい」疑惑はぬぐえない。
回答から察するに、抗議をした人がいる半面、気がつかないでいる人も多いと考えられる。S社が自ら謝罪広告を出すか、ポリシーを改めない限り、この一件を世に知らせる必要もあろう。
入試戦線が一段落したら、この一件の詳細を実名入りで公表することにしようか。
公正取引委員会や消費者センターに通告する必要もあろう。
Jan.15 '04
中央自動車道を東京方面から走って笹子トンネルを抜けると、雪をかぶった南アルプスの山々が眼前に広がる。ゆるやかに曲がりながら下る正面に甲斐駒ケ岳が現れ、やがてそれは白根三山に変わる。日に輝く雪は荘厳であり、時間によっては青味を帯びて神秘的でさえある。
白根三山は、日本で二番目に高い北岳と間ノ岳、農鳥岳とから成る。自動車道を下って行くと、境川パーキングエリアの辺りまで三山がよく見える。
その昔その境川の地で、北岳の雪を「かの世の雪」と讃嘆した俳人がいた。
今日15日、太平洋岸は快晴強風、白根三山の雪はひときわ輝いていることであろう。折しも「かの世の雪」の句を「『俳句かるた』マガジン」の今週号で紹介したところである。名句と名解説はこちらから、どうぞ。
Jan.8 '04
「ほうじ茶の ほうほうとして 冬の陣」
冬の陣といえば、大坂冬の陣。決戦を前に身の引き締まる思いのひと時、茶を喫しているのは家康か、幸村か、はたまた一兵卒か。ようやく差してきた陽に湯気が映える。辺りには霜も降りていよう。そんな光景が想い浮かぶ。
道場の冬の陣は昨日で一段落した。いわゆる冬期講習を終えたのだ。だが、これで陣を解くというわけではない。入試はまだこれから、来週の高校推薦入試を皮切りに、2月の下旬まで続く。忙中の閑のひととき、今冬一番の冷え込みの中で、茶がほうほうと湯気を立ち昇らせていた。
一難去って、また一難。この冬休みには、もう一つの戦いがあった。
パソコンは暮れに旧に復した。明けて5日、午後に高速通信・ADSLへの切り替え工事が行われ、講習の合い間を縫って、夕方には接続も完了した、かに思われたが、わがホームページは「……表示されません」と出る。
接続業者によれば、サーバー(ホームページの中継基地)に何かトラブルがあるようだとのことだ。サーバーは、ホームページが凍結されている、ドメイン名「.com」(ドットコム)の使用期限が切れているのではないかという。
期限はまだ1年はあるはずだ。それに、期限切れなら事前に連絡があるはずだが、心当たりはない。だが、とにかく凍結を解除してもらわなくてはならぬ。急いで、契約書を探し出して連絡を試みる。「.co.jp」や「.ac.jp」なら、サーバーが手続きを代行してくれるのだが、「.com」の場合は自分でアメリカの会社と直接交渉しなければならない。
厄介なのは、事前の「継続」ではなく「やり直し」であったことだ。支払いを済ませた後、凍結は自分で解除しなければならないようだ。それには、UserID
や password が要るとのことだが、そんなものはどこにあるのやら。
UserID はすぐに教えてくれたが、password
は再設定しなければならなくなった。これが厄介だった。Idenntity
つまり、本人であることの証明が要るというのだ。講習の合い間、その準備の合い間を縫ってのことであるから、なかなかはかどらない。
結局、運転免許証のコピーをファクスで送って、決着がついたのは昨7日の朝のことであった。
昨日は昼ごろから夜中の12時までの間に100人余りの方が当サイトを訪れてくれた。
2日余りの間は、何度アクセスを試みても「ページが表示されません」と出たことであろう。メールも戻ってしまったことであろう。
この場でお詫びするとともに、懲りずに訪れてくれた方々に感謝したい。
Dec.18 '03
先週水曜日(10日)の夜、このホームページを制作・送信しているパソコンが故障した。
7時半頃であったか、’ジャッ’というような音がして、刺激臭が漂ってきた。最初はストーブかなと思ったのだが、臭いの元はパソコンの辺りのようだ。音がしたとき、そのそばで国語の入試問題に取り組んでいたアユちゃんが「わっ」と声をあげたことでもある。
勉強を中断して、ゴリちゃんが鼻をパソコンの裏に寄せていって「この中だ」と言った。電源スイッチを入れてみたら、反応がない。
さあ、大変だ! 一瞬、Eメール、メールマガジン、ホームページの更新のことなどが頭の中をかけめぐった。問い合わせのメールが入っていれば大変だ。データや資料類は壊されていはしまいか………。
翌日メーカーに電話をする。無料修理をするとのことだが、土日が入るので、戻るまでに1週間はかかりそうだ。
代替器を求めて接続を試みたが、つながったりつながらなかったりする。ISDNという回線が厄介だ。四、五年前には最新式のものということであったが、今や速さの点で大きく遅れをとっている。
パニックにも似た1週間であったが、その間、パソコンをはじめ、周辺機器を検分する機会に恵まれる格好となった。これを機に、接続法を含め、新しいインターネット環境を作ることにしよう。
Dec.8 '03
このところの朗報の中には「時間内に書けました」というのが多い。
これは、1カ月前のタマさんの質問に答えたこと(下記、Nov.8付け)を受験生諸君に念押ししておいたためもあろうが、何より書き方の型・「必勝のパターン」を身につけてくれたためであることは言うまでもない。
「俳句かるた」の予約部数は、『動物俳句かるた』『俳句いろはかるた』とも、2,000部に近づいた。年内に5,000部に達してくれればと念じていたが、発刊までにはまだ時間がかかりそうだ。申し込んでくれた皆さんにはお待たせして申し訳ないが、紹介者の輪の広がっていることをもって一層の支援をお願いすることにしよう。
「『俳句かるた』マガジン」では『動物俳句かるた』『俳句いろはかるた』の中から毎週一句とその解釈・解説を紹介しているが、1年余りたって両編には冬の句の少ないことに気づいた。そこで、今月から姉妹編の『百人一句・古今名句百選かるた』の応援を仰ぐことにした。
このかるたの概容については「トピックス」へ。マガジンへはこちらから。
Nov.23 '03
「三千の俳句を閲(けみ)し柿二つ」− 正岡子規
さぞ美味かったであろう。机の前の仕事とはいえ、一句にまともに相対して三千ともなれば重労働である。「あと100!」となるころには、柿の味が脳髄に浮かんだことだろう。
「三百の答案閲し……」
先々週の金曜日から先週の木曜日にかけては、月月火水木金金の体(てい)となった。明星大学の「エントリーシート・論作文の書き方講座」の練習答案が予測の倍以上も提出されて、散歩も昼寝も返上する羽目となってしまったのだ。
とはいえ、これはうれしい悲鳴である。講座は400名を越す盛況であった。この種の講座では話だけで済ます手もあるが、それでは「畳の上の水練」でしかなく、書いてもらわないことには受講生との間にコミュニケーションも生まれない。
この日の講座のポイントは、『学生時代に打ち込んだこと』という課題では、「『サークル活動』は歓迎されない」ということである。学生の本分としては、やはり勉学でなければならない。これは、学生諸君には大いなる刺激となったようだ。
授業の終わりに、学生諸君には自己の「長所」を一つ、200字程度で書いてもらった。
答案は傑作揃いであった。10〜15分で、よくもこれだけの答案が書けるものだ。Aランクの答案が4分の1にも上り、バラエティーにも富んでいる。
翌週の授業では「練習答案の相互検討」となる。見終えた答案の中から5〜6編を選んで検討に供する。その段取りがついたのは日付が水曜日から木曜日に変わる頃であった。閲した後は美酒となる。
いずれ、繚乱百花の答案を紹介しよう。「出張講座」のページがよいだろうか。あるいは、新規に「その2」を設けようか。
Nov.8 '03
タマさんから、ひょっこり電話があった。「カナダから帰国している、受験はもう1年延ばす、一度訪ねたい」とのことである。
話題はさっそく、あのタマちゃんのことになった。
夏以来になるか、タマちゃんのことは報道されなくなっているから、今も荒川のあの辺り(朝霞市)にいるのだろう。「その代わり、トネちゃんが話題になった。利根川にも現れたというのだ」。タマちゃんが現れたころは、那珂川のナカちゃんのことも話題になっていたから、トネちゃんは3頭目ということになる。
「なかなか時間内に書けないのですが、どうすればいいのでしょう」。タマさんは話の合い間にこんな質問をした。
「やはり練習をすることだ。試験になれば集中力が出るから心配は要らない。練習して書き方のパターンをつかむようにしよう」。
これはこのところ、大学入試の高校生諸君に答えていることでもある。11月は推薦入試のシーズン真っ盛りなのだが、例年合格の知らせのついでに聞いてみると、’我ながら異常’ともいえる集中力が出ているということだ。それは、課題文を読みながらプロットができていっている、つまり、パターンに沿って作業が進行しているからのようだ。
間際に申し込んできた諸君のなかには、気持ちの焦りが先立って、なかなかパターンをつかめない子もいる。「次の文章を読んで、あなたの考えを書きなさい」とあると、どうしても考えばかりが先走って「裏づけのない意見」の答案になってしまうのだ。
Kくんには、読解力から鍛えなおさなければならない面もあるが、そろそろ単なる注意ではなく、電話で“カツ”を入れなければならない。1週間前ぐらいが一番いいだろうか。
Nov.3 '03
「マニフェスト」。こんな題で作文せよと言われたら、どうするだろうか。
ある市役所で、去年は「構造改革」という題が出たそうだ。だから、今年は……と、Cさんは「マニフェスト」を選んだ。
前年が「構造改革」なら、「民営化」というのなども考えられる。
という次第で、マスコミで耳にする言葉を題に、答案づくりをすることになった。「時事用語による作文」とでも言えばよいだろうか。
おもしろい出題なので、メールマガジンで紹介してみよう。こちらへ。
「読みましたよ、宙ちゃんの作文を」
時々、来訪者からこんな声がかかる。メールも入る。4月初めのメールマガジンに載せた「戦争」という作文のことだ。
イラク戦争はまだ止まない。それに、アメリカはイラク復興支援を各国に要請しているが、アメリカへの批判は強まるばかりである。宙ちゃんの作文が共感を呼んでいるのは、こんなことがあるからなのだろうか。
臨時号(号外12号)に、ついでにもう一度載せておこう。こちらへ。
Oct.5 '03
中間試験の時期になった。近所の中学校では先週に終えたところもある。
試験範囲と時間割は1週間から10日前に発表になるから、それをもとに一人一人のチェック問題の用意と出席日の調整を行う。
この期間は「試験のある人優先」にしてあるので、時間帯を譲り合ってもらう。それでも、定員3人のところに5人を余儀なくされることがある。しかし、各人にはするべきことがたくさんあるので待たせることもなく、時間を延長することで対策は一人一人片づいていく。
通信講座のほうでも試験対策を行っている。2学期になって受講生が増えたこともあり、このところは試験日と試験範囲の確認に忙しいが、ふだん、メールやファクスであれこれやり取りをしているので、互いの気心は知れてくる。対策といっても特別の配慮は要るまい。いざとなれば電話という手もある。それにしても、ファクスは便利である。
昨日の朝のこと、気がつくとファクスがこんもりと盛り上がっている。トヨナカくんからだ。9枚もある。彼は今月からの受講生で、「平家物語」に入っているということなので、原文と訳の書写を指示しておいた。「敦盛の最期」のくだりで、少し長めなので2〜3回に分けてもよいと言っておいたのだが、ずいぶん意欲があるものだ。字もていねいである。
道場では、古文では特に、まず音読をさせ、次に原文を書き写させる。B4・25字×24行の用紙の上段に原文を1行おきに、下段に訳を詰めて書く。この程度の作業をするだけでも、チェック問題の出来が違う。仮に学校での作業と重なる場合でも書かせるのだが、これを嫌がる生徒はいない。
トヨナカくんには「もりもりとした充実感がみなぎり始めていることだろう」と書き送る。
Sep.25 '03
「文章を書くってのが、ようやく分かってきたよ」。清書を終えた50年配の人から、こんな声が上がった。
「職業講話・文章の書き方講座」の二日目にして最終日のことである。
この講座は、東京都の「山谷地域就労自立促進事業」の一環として設けられている。当道場は、去年に続いて2度目の出講となる。
ついでながら、先月末に政府の「自立支援策の基本方針」がまとまった旨の報道があったが、東京都の事業は4年前から実施されている。それはともかく、……
道場が担当した講座は、ホームヘルパー2級の資格取得を目指す人、15名が対象で、受講生の平均年齢は50余歳である。この講座が設けられたのは、就労した先輩方がレポートや日誌を書くのに苦労しているということからであった。
講座は、1週をおいて2日、各3時間である。そこで、次のようなプログラムを組む。
……………………………………………………………………………………
第1日・第1時限 − この講座について
(9/18) 日誌やレポートを書くときの先輩方の苦労
第2時限 − 文章表現・作文の練習(下記@〜Bから1題選択)
@ 介護・看護の体験と今後の仕事への抱負
A 前職で得た教訓と今後の仕事への生かし方
B 昨日一日の起床から就寝までの日記
第3時限 − 質疑応答、(答案練習の予備時間)
第2日・第1時限 − ケーススタディー … 練習答案の相互検討
(9/25) 第2時限 − 同上 (用字・用語についての諸注意)
第3時限 − 添削答案の清書
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このプログラムの根幹は、実際に書いてもらうこと、および、添削例を参考にして清書してもらうことである。一方通行の「講話」では、書き方は絵に描いた餅でしかない。
最も考慮したのは、どうやって全員に書いてもらうかである。ほとんどが長い間筆をとったことがない人たちである。「書くことがない」という声をなくさなければならない。そのために、練習課題にBを設けた。
みんな、とにかく熱心に書いてくれた。勢い、添削にも力が入る。検討会では意見・感想が飛び交った。冒頭の感想は終わりのひとことである。
「レインボーブリッジの橋脚のてっぺんで仕事をしていると、雨は下から湧いてくる」という、「前職」での体験談など、興味津々たる話がいくつもある。いずれ「出張講座」のページにでもまとめておこう。
Sep.21 '03
夜明けに目を覚ますと、かなり激しい雨音がする。昨日の朝から降り続いているが、台風15号の影響らしい。
その雨をついて、セタガヤくんが現れた。土曜の午後が出席日なのだが、9月に入ってからは野球が忙しくなって、日曜の朝にしている。
彼は中1で、夏休みに「記述問題集」の入門編を終えて、今はVol.1に入っている。かなり手応えがあるので、1問(1話)をじっくり読み、解くことにしている。うめき出せば、ヒントを小出しにする。うまく書き切れると、「やった!」と声が挙がる。合い間の質問には野球のことも交じる。
時間が余ると、短文づくりをする。「主語・述語のある40字の一文」にも張り合いがあるようだ。
午後の予定がぽっかりと空いたので、かねて思いつる滝に自動車を走らす。八王子から国道16号を南下、厚木から御殿場方面に進路を取る。雨中の3時間半の運転には慎重を要す。案の定、事故の渋滞に二度巻き込まれた。
目指すは「洒水(しゃすい)の滝」。神奈川県・山北町にある。「日本の滝百選」「全国名水百選」に選ばれている。一の滝が69メートルあるということで、写真で見る限りは白い帯状の水が「く」の字に曲がって落ちている。
駐車場から徒歩約10分。山道の正面に、猛烈な勢いで落ちる水柱が見える。観瀑台は滝壷から5、6メートルほどのところにある。「く」の字の下の部分はごく短い。一直線に落ちてくる水柱を見上げると、天空のどこから落ちてくるのか、定かには見えない。
二日間の雨が迫力を増幅させていたであろう。圧倒される思いで山道を下りた。
Sep.14 '03
夏休みが終われば、道場は日中は暇になる。とはいえ、ファクスはけっこうにぎやかだ。できるだけ溜めないようにして、翌日には返送しよう。
昼食の後は睡魔に襲われる。だが、これとは闘わないほうがいいようだ。我慢しても、仕事にはならない。むしろ、10分もまどろめば、心身ともにすっきりするのだ。
折しも、フランスでは昼寝を奨励する会社が現れて評判になっている、との話がテレビで流れていた。食後の睡魔は、洋の東西を問わぬようだ。
「折りとりてはらりとおもき芒(すすき)かな」
『「俳句かるた」マガジン』の今週の句。中秋の名月にふさわしかろうと、今日にしたのだが、2日遅れとなってしまった。また、今年は冷夏のせいで、すすきの穂が早く開いたという。多摩川の河川敷で見るすすきも穂が出揃っている。「はらりとおもき」感触にも少し遅れを取った。
Aug.24 '03
「炎暑稽古中」
今日は入口にこんな張り紙を出す。午後、入ってくる中3生諸君にはおおよそ見当はついていたようだが、一応の講釈をする。
「『寒稽古』というのがあるね。剣道や柔道に多い、真冬の早朝にする練習だ。剣道などでは素足で板敷きの上を動くのだから、足も体もかじかんでしまうことだろう。ところが、申し合いを繰り返しているうちには体が暖まってきて、一汗かくと体がしゃんとして、気分も爽快になるそうだ。もちろん、それによって力がつくのは言うまでもない。
それを夏にもやろうというわけだ。’暑い、暑い’と言っていても、暑さが消えるわけではない。むしろ、思い切り汗をかけば、汗とともに暑さは吹っ飛んでいくだろう。そうすれば、体はさっぱりとし、頭も冴えるだろう。同じやるなら、最も暑い盛りの午後がいい。このところ梅雨明けの暑さがようやく本物になってきたようだ。1週間ほど続けるとするか」
「わあ、1週間もかあ」と、アユちゃん。「1週間もかかるの?」と、これはタッちゃん。
実は、昨日クーラーが故障してしまったのだ。ちょうど土・日にかかっていたので、電器屋さんによれば、部品の問い合わせもできない、しかも、くだんのクーラーは十年選手なので部品があるかどうかも分からないということだった。
よりによって、昨日・今日の気温は今夏最高であるという。とりあえず、扇風機2台をフル稼働させる。それにしても「言うまいと思えど今日の暑さかな」と口を突いて出るほどに汗がにじむ。
アユちゃんが不意に「『心頭滅却すれば、火もまた涼し』って、ほんとかしら」と言った。「うん、それ、それ。それは本当だ」。当分はこれでいくとしよう。
Aug.16 '03
「旅路はすべて雨の中である」
14、15の2日は長野、岐阜の滝見物に車を走らせた。途中、「木曽路」の標識が目に入ったとたん、そんな文句が思い浮かんだ。正確には「〜雨の中であった」とするべきだが、これは藤村の大作『夜明け前』の冒頭のもじりである。
実際、2日間は小雨・霧雨になることはあっても、降り止むことはなかった。往路を埼玉から長野への峠道に取ったのだが、さっそく最初の十石峠で通行止めに遭ってしまった。翌日は岐阜・長野県境の野麦峠をはじめ、帰路では神奈川・東京の都県境、甲州街道の大垂水峠で通行止めに遭う始末であった。
だが、年ごろ思いつることの滝見物は果たすことができた。
菅平から「米子大瀑布」に向かったのは午後も4時過ぎで、霧の山道を駆け上るころは半ば諦めていたのだが、登り口に車を止めるころには霧が晴れ、小雨の中を歩いて30分、85メートルの直瀑・不動滝と、75メートルの同じく直瀑・権現滝を間近で見上げることができ、さらに、対岸の山上から両滝を一望に収めることもできた。
翌日は夜明けに「平湯大滝」を観る。ふだんは三筋の線が見えるということだが、増水のため、幅6メートルの水塊が60メートル余りの高さから轟音をたてて落ちていた。
帰りが思いのほか早かったので、甲州街道をそれて南アルプス・甲斐駒ケ岳近くの「精進ヶ滝」に赴く。直瀑120メートルを、さぞや豪快に落下しているだろうと期待が高まる。
通行規制もなく一山を越えて、激流を吊り橋で渡り、谷川沿いに滝道をたどる。階段状のはしごなどを昇り降りして30分。道は増水の激流の中に消えていた。止む無く引き返す。
道を、相模湖から渋滞の中央高速道に乗り換えて帰り着く。
ファクスの出口には答案がふわふわと盛り上がっている。公務員試験やAO入試の受験生諸君にお盆休みはないのだ。明日は精を出して添削・返送にかかろう。
15日22時50分、ホームページのアクセスカウンターが99,990となっているのを見て就寝。翌16日9時には100,007となっていた。10万アクセスを記録するXdayは8月16日の未明だったのだろう。開設以来4年1か月と11日で到達したことになる。
多少の感慨はある。記して記念としよう。
Aug.10 '03
「めっちゃ、うまいよ、あれ! 2枚も食べちゃった」と、ゴリちゃん。
「そうそう、おいしい。私は今朝も………」と、アユちゃん。
「んっ? ああ、あれか」と、タッちゃん。
四、五日前だったか、3時の休憩時間のことである。
夏期講習の午後は、中3生の専用時間となっている。
どんな話題からであったか、「バターとしょうゆはよく合うね」という話になった。「うん、そう、そう! おいしい!」と、アユちゃん。「バターめしっての、食べたことある?」「ある、ある。炊き立てのご飯にバターを埋めて、溶けた頃にしょうゆをかけて、まぜっかえして食べる、あれでしょ」と、これはだれであったか。
ああ、それならと、ついつい秘話の公開となる。
「トーストにバターをうすく切ってのせる。その上にカツオブシをふりかける。ふわふわになるぐらいにね」「おいしそう」「その上にしょうゆを、ポツ、ポツとかける」「うあわー、たまんない。帰ったら作ってみよう」と、これはアユちゃん。
こうなると、話はきちんとしておかなくてはならぬ。「バターは1〜2ミリの厚さがいいかな。しょうゆはポツ、ポツぐらいにして、かけすぎないようにね。カツオブシは細かく削ったもののほうがいい。食べやすい。5gや3gのパックに入ったのがある。5gではトースト1枚には多すぎる。3g入りがちょうどよいようだ」
以来、グルメ談議に花が咲く。長崎ちゃんぽんの店の品定め、トンカツに凝っている小学生の話まで出てくる。
道場はあと1日でお盆休みに入る。地場産グルメの旅にでも出てみようか。
Jul.27'03
「朋あり、遠方より来る。また愉しからずや」
夏休みになって1週間、近所の子供たちに遠来の諸君が加わって、道場は朝からにぎやかだ。電車を乗り継いでくる人、車に乗せてもらってくる人、それに、自転車を飛ばしてくる人、彼らが庭に入ってくる姿を見ると、思わず、こんな文句も思い浮かぶ。
講座ではこれに、もっと遠方の朋友が加わる。ファクス友だちだ。お陰で、月月火水木金金ともなっており、ファクスが溜まってくるとプレッシャーを感じる。とはいうものの、一つずつ添削し返事を書いていけば、次第に気分もほぐれる。キサラズくんやカシワちゃん、それにSydneyちゃん、納得してくれただろうか。これもまた「また愉しからずや」。
今夏は、AO入試対策に加え、読書感想文の書き方の希望が多い。小学校では相変わらず宿題になっているようだが、これには問題が多い。だが、問題を問題として受け止めれば、解決の方法も生まれる。
いずれにしても、まず本を読まなければならない。そこから解決の方法が生まれるわけだが、いずれ時間を割いて、そのあたりの話でもしてみたい。
Jul.20'03
道場は今日から「夏期講習」に入る。プログラムの遂行上、日曜日の開始となった。
午前・午後・夕方に、それぞれ90分2コマを設け、希望の時間帯を割り振ることにしている。1コマが「限定3名様」であるから、ある時間帯への集中が懸念されたが、不思議なほどに希望が散らばり、若干の調整でどのコマも2〜3人ずつで収まった。
「この夏のお勧め」の中学国語「記述問題集」への関心が高まっている。内容見本をもういくつ送っただろうか、入会者も二人、三人と増えている。
一昨18日に、草間時彦さんの「お別れ会」が東京・新宿の「京王プラザホテル」であった。永く「俳句文学館」の理事長を務め、俳句界の御意見番であったから、平日の午後にもかかわらず千人近い参会者でにぎわった。ご本人の希望どおりの「明るい会」であった。
「俳句かるた」についても、そこここで話に花が咲いた。(下記、6月1日の項参照)
Jul.7'03
国語力をつけ、言語に習熟していくには格好の教材が現れた。「中学国語『記述問題集』」という。第一の特長は、全編が文字どおり記述問題で選択肢問題がないため、「まぐれ当たりがない」ということであろう。もうすぐ夏期講習が始まる。中学生諸君には全員この問題集に取り組んでもらおうと思う。「この夏のお勧め」である。こちらへ。
7月に入って「俳句かるた」の予約部数が急上昇している。これは俳句結社の方々のほか、子育て研究の情報交換をしているお母さん方が、ホームページを通じて掲示板などで紹介してくださったからのようだ。それに伴っていろいろな声も寄せられている。こちらへ。
Jun.1 '03
5月26日、俳人の草間時彦さんが亡くなった。83歳。俳句界のご意見番のような方であった。長く俳句文学館の理事長をしておられ、25年前「俳句かるた」が「動物俳句かるた」と「俳句いろはかるた」に発展するとき、選句・解説の音頭を取って下さった。
作風は軽妙洒脱、本来の俳諧精神を具現するものであった。
水仙やひそかに厳と昇給差
冷房や下着売り場の白世界
秋風や畳の上で転びけり
このたびの「俳句かるた」二編の復刊に際しては、現俳句文学館の方々にバトンタッチをして下さったばかりであった。心から哀悼の意を表し、ご冥福を祈る。
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TBS(東京放送)系列のラジオ番組に「牟田悌三・あなたのための税金相談」というのがある。国税庁の提供で、毎週土曜か日曜日に全国32局で放送されている。一昨30日にこの番組のインタビューを受けた。国税庁では毎年「高校生の税の作文」を募集しているが、募集に先立って、この番組のリスナーの皆さんに「作文の奥義」を教えてほしいというのである。
30日の午後、番組で牟田さんのアシスタントを務める長谷川直子さんと駅前の喫茶店で待ち合わせ、収録を行った。放送はTBSでは今月22日(日)の午前8時15分から、その他の局ではその前後の土曜の朝から日曜の夕方にかけて行われる。
各局の放送時間の一覧表を作ろう。「トピックス」のページがよいか。こちらへ。
May 18 '03
東京経済大学では新入生に対して「フレッシュマン
セミナー」を設けている。
そのセミナーに、昨年に続いてゲスト講師として招かれ、14日(水)に「書き方」の演習を行った。その折に書いてもらった答案の添削が、思いのほか順調に進み、昨日は総評まで仕上げることができた。返却のため、担当教授宛に今日郵送する。
それにしても、入学早々ゼミナールに参加できるとはうらやましい。その昔、わが大学ではゼミは3年次からで、それも、履修できる人数は3分の1くらいであった。1、2年次は、語学と体育が50〜60人のクラス単位で行われたものの、講義は全て200〜400人収容の大教室で行われていたから、学問の世界にいるという実感は極めて乏しいものであった。このため、「五月病」にかかる者も少なからずいたようだ。
「フレッシュマン セミナー」は「五月病」対策でもあろうが、図書館の利用法をはじめ履修相談なども行って、学園生活の展望を開く手助けのために設けられているようだ。
ゲスト講師への注文は「書き方」だが、中味は任されている。そこで、3年後にはしなければならない就職活動の観点から振り返ることにした。次の資料(抜粋)を配布する。
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入社試験を受けるに当たっては、まず「エントリーシート」の提出を求められる。これにはたいてい自分の過去・現在・未来、つまり、実績・性格・抱負を書くようになっている。
@ 実績 − 例:「学生時代に打ち込んだこと」
※ サークル活動よりも学問研究のほうが歓迎される。
A 性格 − 例:「『私』という人」
※ 自分の長所を3つ挙げ、それぞれを200字程度でまとめる。
B 抱負 − 例:「この会社に入ったら」
※ 実績や特技、性格を踏まえて仕事に対する意欲を示す。
今日はこのうち、Aについて一つを書いてみよう。
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フレッシュマンたち17人は、みんな一生懸命に書いてくれた。添削がはかどったのは読んでいて張り合いがあったからだろう。担当教授にはいい報告(総評)をすることができた。
Apr.30 '03
このところ、ニュースの中心はイラク戦争から新型肺炎へと移った。感染源の一つにカナダのトロントが挙げられている。トロントといえば、タマさんはどうしているだろうか。アザラシのタマちゃんが帷子川から荒川へ移った様子でもある。そのことを伝えがてら様子を聞いてみようと思っていたところへ、カナダからメールが入った。
さっそく紹介することにしよう。こちらへ。
「添削マガジン」を再開するに当たって、副題を「添削余話」とすることにした。読者のみなさんには、少しくつろいでもらおうと思う。中味をあれこれ考えていたところ、おもしろいものがあることに気がついた。
小4の直道くんが春休みから『あらしのよるに』という物語のあらすじを書いている。これがけっこうおもしろい。あらすじを読むだけでもスリルがある。6巻本の続きものを、直道くんは週1回1冊分ずつ書き出している。当方はまだ読んでいないから、毎週の楽しみとなっている。
これを来月から毎週木曜日に連載することにしよう。明1日が第1回となる。登録はこちらへ。
Mar.30 '03
イラク戦争が長期化しそうな折しも、宙ちゃんが「戦争」という作文を書いた。決着のつけ方が書いてある。これほどの名案はなかろう。実に傑作だ。メールマガジンで紹介するとしよう。
「添削マガジン『光る文章』講座」も、休刊状態で3か月余りになる。例文がそろったためなのだが、購読者はほとんどそのまま待ってくれているようだ。これを契機に月刊ででも出すことにしよう。「添削余話」などがよいだろうか。
宙ちゃんの作文は次の木曜日(4月3日)あたりに掲載するとしよう。
マガジン登録、バックナンバーの閲覧はこちらへ。
日本のプロ野球に続いて、アメリカ大リーグも開幕する。イチローのマリナーズ戦の日本開催がイラン戦争の余波で中止になったのは残念だが、メジャーといえば、今年の話題はヤンキースの松井。そのヤンキースの開幕戦はカナダのトロントで行われる。
トロントといえば、タマさんだ。カナダでの松井の評判はどうなのだろうか。メールで問い合わせたところ、さっそく返事をくれた。これは「交歓会場」に定席がある。こちらへ。
Mar.16 '03
「永き日のにわとり柵を越えにけり」(不器男)
日脚が延びて、午後あたりは何とはなしにのんびりした気分になる。ぽっかりとのんびりできる時、この句は週初めに「『俳句かるた』マガジン」で紹介したところであるが、この1週間、道場にはそんな時がぽかぽかとあった。学年末試験対策を先週で終え、入試対策も国立後期を11日で終えたからであろう。
勉強は平常の時間帯に戻った。
高2のトッくんは小論文演習を本格化させる。秋には推薦入試を受ける。おもしろいことに、英語の校内模擬テストで偏差値が101を記録した。普通、最高が75なのだが、これは得点がダントツであったことを物語る。
高1の和哉くんは『徒然草』の全訳を再開する。11日には第56段〜59段を終えた。大学へのエスカレーターがあるから、受験に煩わされることなく本物の勉強ができる。
同じく高1の慎也くんは英語の長文問題集に取りかかる。大学受験のためにはできるだけいろいろな文章に慣れ、ボキャブラリーも増やさなければならない。
………
中学生諸君もそれぞれに科目を選んで作業を行っている。それが春休みを待たず、自然に「春期講習」となっている。
そうこうしている間にも朗報は続く。9日には札幌から、11日には大阪から届いた。喜びの声をさっそくにも紹介したいところだったが、少々ぽっかり、のんびりしてしまった。ようやく「大学試験の小論文」と「公務員試験の作文」のページに入れることができた。
Mar.2 '03
昨1日(土)、夕方6時半より恒例の「合格祝賀会」を行う。
初めに、これも恒例の「讃歌・勇士は還りぬ」を道場主が歌う。これは戦場から帰った兵士を讃える歌で、生徒諸君を受験戦線で戦ってきた兵士に見立てている。曲のほうは甲子園や国技館などで優勝旗を手渡す時に流れる、おなじみのメロディーである。
しみじみと勝利に浸ったあと、コーラで乾杯、会食・雑談となる。
今年のメンバーにはスポーツの有力選手が二人もいる。一人はラグビーの肖くんで、もう一人は野球のカンくんだ。
カンくんはピッチャーで、いくつかの高校から誘いを受けたのだが、結局、監督の勧めもあって国士舘高校に決めた。同校は今春の「センバツ」に出場する。そのためか、シニアリーグの逸材が集まったようで、元プロ野球の打撃王・O選手の息子さんもいっしょとのことだ。
カンくんは上背があるのに加えてリストが強い。O選手もリストが強かったから、息子さんが受け継いでいるなら、リストの強い二人が来年あたりから投打で高校球界をにぎわせるにちがいない。そして、甲子園で「勇士〜」の曲が流れることだろう。
「『俳句かるた』マガジン」が2月に入って読者数を伸ばしている。特別にどこかで紹介されたという知らせもないから、紙面を改めたことがよかったのかなと思われる。一句と解説の間に作者の略歴や代表句を入れるようにしたのだが、漫然としたおしゃべりより何らかの資料めいたもののほうが歓迎されるようだ。
Feb.16 '03
「本日(2月12日)、山野井泰史・妙子夫妻に第7回植村直巳冒険賞贈呈の発表があります」
香川澄雄さんから、こんなメールが届いた。4日前のことだ。香川さんは、この日記にはたびたび登場してもらっているが、「日本三百名山」をランニングで完登したことで、また、ヒマラヤにも挑戦中であることで知られる。
山野井泰史さんは、例えば朝日新聞によれば、「岩壁や高峰の先鋭的な登攀で世界的に知られる」クライマーである。
その山野井さんが昨秋、ヒマラヤのギャチュンカン(7,952m)に北壁から単独登頂を果たした後、下山時に同行の夫人・妙子さんとともに雪崩の直撃に遭い、ベースキャンプに戻るまでの4日間は飲まず食わず、一時は視力を失い手足に重度の凍傷を負いながら生還した。「雪崩の巣と化した北壁からの脱出行は極限のサバイバル体験だった」(朝日新聞:'02年11月23日)
「冒険賞の対象は、ギャチュンカンからの決死の脱出行です」と香川さんのメールは続く。「対象者が2人は初めてです。詳しくは13日の朝刊をご覧下さい」
新聞で読むより先に朗報を知ることができたのはいい気分である。マスメディアの発達した現在、これは稀有のことであるかもしれない。
山野井夫妻は現在、都内の病院で手術も受けながら療養に努めている。その経過を、親しい間柄の香川さんが見舞いに行って、自らが会長を務める「ウルトラ・ランニング登山クラブ」のメンバーやわれわれファンに知らせてくれるのである。
昨秋、生還の報に接した時は、香川さんに「激励会を開く時はぜひ呼んでください」と頼んでおいたものだが、今回は「激励会は祝賀会になりますね」と返信することになった。山野井さんは既に先月23日に「朝日スポーツ賞」を受賞していることでもある。
「植村直己冒険賞」といえば、昨年はシルクロード約1万キロを単独走破した中山嘉太郎さんに贈られた。中山さんは「ウルトラ・ランニング登山クラブ」のメンバーでもある。授賞式は6月初旬に植村さんの故郷の兵庫県・日高町であるそうで、同クラブによる祝賀会は7月の中旬に行われた。
今年もそのころに行われることだろう。聞いてみたいことは山ほどある。とてつもないことをする連中の話には興味の尽きないものがある。
Feb.8 '03
「タマちゃんが住民登録される」
おとといだったか、こんなニュースが流れた。「本籍:ベーリング海、住所:横浜市〜……」
これは、すぐにもカナダのタマさんに知らせなければならぬ。さっそくメールを送る。翌日には氏名も分かった。タマさんの本名は珠生(タマオ)なのだ。追伸メールを送ると、返事があった。「カナダだより」というには、話題が違うが、ここで紹介するよりも「交歓会場」がよかろう。「番外編」として紹介することにしよう。こちらへ。
「こんにちは。おかげさまで、宮城第一女子高等学校に合格することができました。ご指導ありがとうございました。(多賀城、KS)」
今日はこんなファクスが入った。宮城県第一女子高等学校といえば、通称「仙台女子高」で、県内のトップ校だ。6日に発表のはずだったが、連絡がないので「詰めが足りなかったかな」と案じていたところであった。
課題は「きずな(絆)」だったという。練習答案では部活で人間関係に気を使ったというふうなことを書いていたから、材料は書き慣れたものの取り合わせで間に合ったようだ。
それにしても、この学校には縁がある。昨秋上智大に合格した聖子嬢が、この高校の生徒だからだ。
土曜日ともなると、問い合わせの電話に加えて来訪者もちらほらと現れる。はや新学期に向けての動きが始まっているのだ。メールでも、内外を問わず問い合わせが入る。中には「クレジットカードは使えるか」といった質問もある。ぼつぼつマニュアルを用意する必要もあるか。「Q&A」形式がよいだろうか。
Feb.1 '03
「立命館中学に合格しました」。夜中近くにファクスが入る。京都の倫生(みちお)君からだ。受験するとは聞いていなかったのでびっくり!
立命館といえば同志社と並ぶ、いわば西の早慶だ。明日、さっそくお祝いの電話をしよう。倫生君には去年のメールマガジン6月第3週に登場もらっている。
中学受験といえば、ドイツ・フランクフルトの彩子ちゃんは日本女子大付属中に、ヴェトナム・ホーチミン市の彩ちゃんは三輪田学園中に、それぞれ第1希望で合格したと、ようやく連絡が入った。
二人とも合格発表のすぐ後、ドイツに戻ったり、帰国の手続きをしたりと、けっこう慌しかったようだ。
一昨日は、久々に大学を訪ねる。朝は嘉悦大学、午後は明星大学へ。著書『論作文の奥義』改訂版を携えて赴く。本書・改訂版には両校での講座の成果を資料として使わせてもらっている。昨秋来、刷り上がったら届けると言っておきながら延び延びになっていた。
大学ではこれから入試本番となる。両校とも「嵐の前の静けさ」のような緊迫感があった。これが過ぎると、各大学とも就職試験対策が本格化する。
Jan.18
ジャーン! まさに、Jan.だ!
いつの間にか年が変わっていて、それも、ジャーンと、月の半ばを過ぎている。
いつの間にか年を越していたのは、答案添削に’昼夜兼行’であったためとしておこう。メルマガの講座には言い訳をしておいた。
それはともかく、「カナダだより」が二つあった。
一つはお馴染みのTamaさんからで、これは明後日あたり「交歓会場」に掲載しよう。
もう一つは「俳句かるた」の問い合わせである。これも同じく「交歓会場」へ、その二、三日後にでも。「俳句かるた」への便りが溜まっていることでもある。
先週は帰国子女の中学入試があった。ドイツのフランクフルト、ヴェトナムのホーチミンから帰った二人のAちゃんの合格発表もそろそろである。
昨日は肖くんが受験に行った。私立高校の推薦入試の第1号である。
昨秋の大学推薦入試以来鳴りを潜めていた入試戦線も、これでまた賑やかになる。高校入試の宮城のK嬢は月末に、大学入試の札幌のM嬢は来月下旬に備えている。今日・明日のセンター試験が終わると、ファクスは忙しくなることだろう。紙を買い揃えておかなければならぬ。
こんな日々、道場OBの薫くんが突然メールを送って寄越す。3年ぶりとある。卒論のテーマに呻吟しているようだ。
Dec.16 '02
「俳句かるた」の予約募集を始めて1か月半、申し込みに添えて新旧の方々からいろいろな声が寄せられている。
いくつかを記しておこう。「交歓会場」がいいか。こちらへ。
申し込みは葉書やファクスのほか、電話も多い。Eメールは、もちろんこのホームページの愛読者からである。
目標の5,000部にはまだ距離があり、年内の刊行とはならなかったが、「一年がかりになるかもしれない」ことを、皆さん了承して下さっているのがありがたい。
実は、まだ「旧」の方々への葉書を書き終えていない。長い道のりとなるかもしれぬが、ある日突然5,000部という事態が起こらぬとも限らない。半月ごとにでも締切日を設けながら進めるとしよう。
Dec.3 '02
早朝、「おかげさまで、上智大学に合格しました」というファクスが入る。
前回、この下のNov.24に「難関に挑むS嬢は、焦らず、書く前のプロットづくりに時間を割いてくれただろうか」と書いたが、ファクスの文面によれば、そのとおり実行してくれたようだ。
走り書きだが、喜びがあふれ、道場とのやり取りの模様も書かれているので、「大学入試の小論文」のページに収載しておくとしよう。タイトルは「上智」だから「ソフィア」、「最高の知」の意だから「叡智の丘へ」がよいか。いや、「叡智」はやっぱり「上智」だ。取りあえず「上智の丘へ」としておこう。こちらへ。
Nov.24 '02
うれしい便りや朗報が続々届く。どれから書いてよいやら。この日記も日付を見れば3週間ぶりだ。その間にいろいろ溜まってしまった。少し分散させて書くことにしよう。
「作文を始めて半年、記述問題にめきめき力がついて、今は最難関私立を目指している」という話は「小学生の作文」のページか、「添削マガジン・『光る文章』講座」にでも。
「『俳句かるた』で育った私が、今度は娘に」という便りはどこがいいだろうか。やはり「『俳句かるた』復刊!」のページか、それとも、「『俳句かるた』マガジン」のほうか。
二、三日うちに決めるとしよう。
今年度の大学合格第1号は静岡のY嬢だ。ソニーが経営する短大の保育科に決まった。文章の要約を通してみる彼女の読解力には相当なものがある。大学選びの幅は広いと思われるが、自分がやりたい仕事への道を選んでいることに好感がもてる。
一昨日から今日にかけて受けている諸君にも、そんな傾向がある。それゆえに、アドバイスにも力が入る。電話での問答ともなった。K君は願書の段階で高い評価を得たはずだから、答案づくりは力まずに済んだことだろう。難関に挑むS嬢は、焦らず、書く前のプロットづくりに時間を割いてくれただろうか。
就職関係の朗報も相次ぐ。Kさんは郵政に合格したという。しばらくフリーターをした後の受験だったが、郵便に関する体験談がよかったのだろう。近所の郵便局にすてきなおばさんが働いていたのだそうだ。
社内昇進試験についても、うれしい知らせが届く。彼は30余歳。社名も業種も明かすことはできないが、超巨大企業で主任をしている。それが、論文が高い評価を受けて、課長へのステップに乗ったというのだ。論文の件は面接で分かったという。道場にとっては何よりの朗報である。
Nov.3 '02
3日前の午後、うれしい訪問者があった。医学関係の出版社に就職が内定したSさんと警視庁に合格したKくんが手を携えてやってきた。2人は婚約の仲である。
Kくんは夏ごろに合格を決めていたのだが、Sさんのほうはなかなか決まらなかった。Sさんは有名私大の難関学部に在籍する。書くものには味があり張りもある。こんな人は採らなきゃ損だと思うのだが、面接の段階ではいつも相当の人数が集まっていたようだ。女性の就職は超氷河期にあることを実感させられた。
それだけに、喜びには一入のものがある。話の花は満開となり、2時間余りがあっという間に過ぎた。
大学の推薦入試はこれからピークを迎える。このところは電話で質疑応答することが多くなっている。
ドイツのNさんに続いて、ヴェトナムからAちゃんが作文講座に加わった。
日曜・月曜にはファクスの出口がふわふわと盛り上がる。広島の大ちゃんは学芸会のことは秘密だと言う。福島の友ちゃんは宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の劇がおもしろかったようだ。こちらのほうも、特に初めは電話で話をすることが多い。
「俳句かるた」の復刊準備が一段落した。「『俳句かるた』マガジン」の創刊号を出し、かるた本体の紹介もまずまずのことと思う。
何しろ25年ぶりの復刊である。初版を探して知人より譲り受け、印刷屋さんに見積もりを頼み、当時の関係者に連絡をとって復刊の了承を得、かつての愛用者に復刊の案内を出すところにまでこぎつけた。
愛用者の名簿には2000名が記載されている。人海戦術でも取らないことには早期のお知らせはできそうにない。
Oct.14 '02
メールマガジンで少し触れたことだが、道場主はかつて「俳句かるた」を手がけたことがある。4半世紀も前のことで、話せば長いことながら、手作りのものが評判となって新聞にも取り上げられ、やがて当時の最高峰を監修に迎えて本格的な出版となった。
水原秋桜子監修・俳句文学館編著「俳句いろはかるた」
山口誓子監修・俳句文学館編著「動物俳句かるた」
言うまでもないと思われるが、両氏は俳句山脈の芭蕉・蕪村・一茶、子規・虚子に続く第六・第七の高峰である。折角の支援であったが、出版事業は難しい。間もなく絶版のやむなきに至った。
在庫が尽きて十数年になるが、毎年今ごろになると復刊の希望が寄せられる。それは一つに、読み札の裏にその句の解釈・解説があるためのようだ。だが、事業の難しさを思うと気が重い。それが、ある人の「予約を取って作ってみてはどうか」という助言に、にわかに「やってみようか」という気持ちになった。
先月下旬、まず編著者に、次いで監修の関係者に相談したところ、いずれも「やろう!」ということになった。
ならば、「俳句かるた」の内容の紹介から始めよう。それにはメールマガジンがよかろう。
マガジン名は「『俳句かるた』マガジン・一句の味わい」というのは、どうだろうか。一句とその解釈を順に紹介することにしよう。
それと並行して、上記二著の「俳句かるた」本体の紹介もしなければならぬ。ホームページに案内ページを設け、予約の受付も始めることにしよう。
イギリス、カナダに続いて、フランスからも便りがあった。これはメールマガジン第28号に紹介済みで、インターネットはまことにインターナショナルなものだと改めて感慨に耽っている折も折、ドイツから受講の申し込みがあった。これから2か月余り、Aちゃんと作文の練習をしていくことになる。練習課題には「海外生活で心に残っている体験」というものなどがあるから、やがて「ドイツだより」も生まれることだろう。
目を地球儀に転じていると、ドイツの都市に続いて、中国地方の町と東北地方の村からも受講の申し込みがあった。国内の小学生は、メールマガジンの6月にも見られるように、東京・京阪神の生徒が主だが、地方にも情報が届いていたのだ。作文道場は、いわばマクロな世界に広がるとともに、ミクロの世界にも深化を始めたのだろうか。この縁を大事にしよう。新入生とは電話でコミュニケーションを図っているところである。
Sep.30 '02
また月記となってしまった。今月は何があったのか。思い出すままに、とにかく抄録しておこう。
メールマガジンには時間を取られる。半日分も時間があればできるのだが、まとめて時間を取ることがなかなかできない。少しずつ進めてはみるものの、結局仕上げは水曜日の夜になる。「@(アルファ)」などというお土産を付けることにしたばかりに、このことに1週間気を取られていることもある。
ただ、9月で一とおりは出そろった。3月の「入社試験の論作文」に始まって、「公務員試験の小論文」「同、作文」「小学生の作文」「大学推薦入試の作文」を夏休み前に、そして今月、「高校推薦入試の作文」を入れ終えた。残るは、一時は予告した「大学一般入試の小論文」であるが、思えば、既にホームページに『早稲田の杜へ』がある。答案もよいが、超長文の課題文を打ち込んだ力作である。「添削講座」はいったんホームに帰ろう。
もともとこれらの添削例はホームページの『答案百花』のために作り始めたもので、たまたまメールマガジンなるものの存在を知って、試みにそこに載せてみるかと考えた経緯がある。1分野に4編を載せる予定が、週刊にすれば月4回でちょうどよいということもあった。
「木曜日に出す」と決めると、これが上述のようにプレッシャーになったが、結果として作業が促進されることになって、見本がそろった。バックナンバーは適宜利用されているようだ。お陰で、講座は分野を問わず賑やかなのだが、少し気を抜くと「三日以内に返送する」という約束を破りかねない。答案が一つでも残っていれば、それを最優先に見なければならない。
メルマガを休刊にするか。とはいえ、掲載したい答案も次々に現れる。大学編入試験には現役のお医者さんも挑戦する。社内の昇進試験には地球の裏側からの問い合わせもある。当面、月刊で続けることにしよう。
道場主の著書:『論作文の奥義』は5年目に、『作文試験・必勝のパターン』は3年目に入り、それぞれ2004度版が25日に全国一斉発売となる。
29日、「パルノート」でおなじみの中澤先生が今度は「漢検ノート」を携えて現れた。受験用の練習帳である。アイディアを実行に移すところが素晴らしい。これについては、現物見本を掲載して紹介することにしたい。
まだいくつかが思い浮かぶ。カン君がスカウトされたことや道場が珍しい出講要請を受けたことなどである。だが、今日のところはこのくらいにして、これらについては日を改めて記すことにしよう。
通学生には手紙に書いたことなので、概容はこちらでどうぞ。『通学案内』−「今月の手紙」
Aug.31 '02
午前11時、小6のユリちゃんの作文と中2のタッくんの国語をもって、夏期講習が終わった。
ユリちゃんの読書感想文は残念ながら明日への持ち越しとなった。本をまだ読み終えていないためである。そこで、書き方の手順を話して、少し練習をした。書く要領として、「最初に、この物語はこんな話だよと、簡単でいいから中身を紹介するようにね。その上で、印象に残ったことを取り上げて、それに感想を添えればよい」と話す。
「最初に『あらまし』、『あらすじ』を」というのは、ほかでもない。例えば、前日に届いた福岡のTくんの読書感想文は部分部分の出来事についての感想が書き連ねられているだけなので、いったいどんな本を読んだのか、さっぱり分からない。何も言わないで書いてもらった場合、たいていの感想文はこの類なのだ。これでは、いかに感想がユニークなものであっても、「木を見て森を見ず」ということになりかねない。
「生徒の自由に任せればよいではないか」
それが現場の指導、というよりは姿勢なのだろうか。なるほど、例えば卒業文集などは、生徒たちの書いたものがそのままコピーされて綴じられている。それが個性の尊重ということなのかもしれない。しかし、主語・述語の整わない文にお目にかかると、尊重してばかりしてもいられまいと思う。
読書感想文も、提出が求められているだけなのかもしれない。しかし、生徒には、宿題として重くのしかかっているのである。あるいは、コンクールにでも出されるのかもしれない。
作文の宿題といえば、おそらくこれに関連するであろう異常現象が、当「作文道場」のサイトに起きている。ふだんのアクセス数は100くらいなのだが、8月も20日を過ぎる頃から150から180へと上昇し、今日は遂に240を記録した。土・日はアクセス数が減るものだが、土曜日の今日がこれでは異常という他ない。知己の『実践!作文研究』のサイトも、ふだんの3〜4倍もの数をカウントしているということであるから、切羽詰まったこの時期に、やはり多くの生徒が作文の書き方でも探しているのであろう。
そうと分かれば、読書感想文の書き方も載せておけばよかったかなと思う。
たいていの生徒は、感想を聞かれても「おもしろかった」というだけで、「どこが」と聞かれれば「○○のところ」とまでは答えられるが、「どんなふうに」と聞かれても「なんとなく」としか答えられない。
そんな生徒が「あらすじ・あらまし」を書けるようになれば、作文指導の上からはそれだけでも大収穫なのだが、筋を追って全体をつかめるようになれば、感想などは自ずから湧いてくるものなのだ。
最初に感想を求めるから、理屈をこねまわしたようなものしか書けないのだ、と言っておこう。
Aug.12 '02
「地下に真実、地上にロマン」
青森の縄文遺跡・三内丸山を訪れた。その折、ガイドさんがそんなことを言った。べテランとお見受けする。ボランティアだそうだ。
三内丸山のシンボルは六本柱三層のやぐらのような建物である。「大型掘立柱建物」と呼ばれる。底面(層)の縦横は8.4×4.2メートル、柱の太さが約1メートルで、高さが約16メートルある。
案内書によれば、どんな建物であったか諸説がある中で、とりあえず祭祀的な公共の建物であっただろうと想定して建てたとある。なかなか豪壮堅牢な骨格であるが、これは飽くまで想像上の建物なのだ。間違いないのは直径1メートル・深さ2メートルの栗の木が6本埋まっていたことである。それがいろいろな想像をかきたてるのだが、おもしろいのは司馬遼太郎説である。
4,000〜5500年前、この集落は海辺にあった。漁も盛んに行われていたことだろう。仮に陸奥湾の中であったにせよ、沖に出て日暮れまでに帰り損ねた舟もあったことだろう。そんな舟の目印のために、この高い所でかがり火をたいたのではないか、と司馬さんは書いているのだそうだ。まさにロマンである。
三内丸山遺跡は、豊かな生活跡が数々明らかになったことによって、それまでの狩猟・採集生活という縄文観を覆したことで知られる。肉の燻製まであったらしいと、ロマンは尽きない。
その夜、津軽の古老(と言っても、還暦を過ぎたばかりの方なのだが)との話では、当時この辺りは’しばれる’ような寒さはなく、温暖の地であったのではないかという話にまでなった。
翌日は津軽平野の北辺から南を指して走った。
「一点の偽りもなく青田あり」 山口誓子にこんな句があるが、それを地で行くような光景が広がる。両側には、家が点在するほかは、地平線まで水田が青々と広がっている。その真ん中を「米(マイ)ロード」が一直線に延びている。晴れていれば、その先に岩木山が見えるということだが、津軽富士の姿を想像するのもロマンか。
Aug.9 '02
「米国政府は、テロ対策の名の下に……国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行しています」
6日の広島市長に続いて、長崎市長からも力強い「平和宣言」がなされた。
「……。昨年9月11日、米国で同時多発テロが発生しました。…… これを機に、アフガニスタンへの軍事攻撃や中東における紛争が激化しました。…… このような国際情勢の中で、米国政府はテロ対策の名の下にロシアとの弾道弾迎撃ミサイル制限条約を一方的に破棄し、ミサイル防衛計画を進めています。さらに、包括的核実験禁止条約の批准を拒否し、水爆の起爆装置の製造再開、新しい世代の小型核兵器の開発、核による先制攻撃の可能性を表明しています。
……。こうした一連の米国政府の独断的な行動を、私たちは断じて許すことはできません」
日本政府もマスコミもなかなか言えないできたことを、きっぱりと言い切った感がある。
これをひとこと、ここに記しておきたい。
Aug.6 '02
「……『憎しみと暴力、報復の連鎖』を断ち切る和解の道は忘れ去られ、……」
朝、広島市の平和記念公園の「平和祈念式」を中継するテレビから、こんな言葉が流れてきた。思わず、画面を注視した。広島市長が「平和宣言」を読み上げている。
「近年、原爆の記憶は薄れ、最近では核兵器の使用される可能性が高まってきた」というあたりまでは、型どおりであったが、昨年9月のアメリカへのテロ攻撃に触れるあたりからトーンが高くなった。そして、アメリカのアフガン攻撃を非難し、ブッシュ大統領は広島・長崎を訪問するべきであること、また、アメリカには「パックス・アメリカーナ」を世界の人々に押し付ける権利はないことを説くに及んで、宣言の趣旨は最高潮に達した。
従来の式典では聞かれぬ内容であり、声調であった。この宣言の趣旨を支えていかなければならぬと、身にしみて感じたことを、せめてひとこと、ここに書き記しておこう。
Aug.4 '02
ちょっと残念なメールが入った。「オホーツクだより」の
Tel子姉さんが、今年は受験を見送るというのだ。獣医さんを目差しているのだが、手伝っている牧場の仕事から手を離せなくなったからのようだ。「Tel姉さんはきっと、小麦色の肌のスラリとした美人なのでしょうね」と書いて送ると、「美人かどうかは分かりませんが、他の女の子よりは二の腕に筋肉がある26歳です」とあった。「オホーツクだより」は送ってきてくれるだろう。
夏休みの今は、道場は朝9時開門、夜9時閉門である。朝は小学生と中学1・2年生、午後は中3生専用、夜は高校生と部活のある中学生となっている。昼・夕とも間に1時間半帳(とばり・カーテン)を降ろす。この時間に道場主は軽食をとり、通信添削を行う。これはしばしば深夜に及ぶが、全国からの旅行記や活動報告が楽しい。ただ一つ気がかりなのは、Kちゃんから「拾って育てているスズメ」のその後の作文が来ないことだ。明日あたり、ゴリちゃんにまたファクスを送ってもらって聞いてみよう。
メルマガを休刊にしておいてよかった。こんなわけで、とてもそこまでは手が回らない。だが、休刊したとたんに購読者数が増えた。今は「書き直した答案」の募集をしているだけなのだが、こんなことなら「号外2号」でも出さなければなるまい。次の木曜日に一報を入れることにしよう。
Jul.25 '02
20日が「海の記念日」で、去年から終業式が1日早くなった。
休みに入って通知表が集まり始めている。「絶対評価」が世上を賑わせているが、案じられた「5」の大盤振舞いはないようだ。生徒たちの間では「BBBBなのに、1が付いている子がいたよ」という話もあった。問題になるとすれば、こんなことであろう。おおむね妥当な評価と見受けられる。
マスコミは何とかネタを作ろうとしているようだが、新指導要領批判は今のところ空振りのようだ。この模様は「8月の手紙」にでも書くことにしよう。
メールマガジンは夏休みの間は休刊する。その代わりに号外を出して、答案募集をすることにした。こちらへ。
Jul.7 '02
今日は七夕。梅雨が明けたのだろうか、星が見えるかもしれないという。そんな夕べ、中沢元喜氏が来訪。
先月は新著『基礎からわかる情報数学』を届けてくれた。去年4月の『基礎からわかるコンピュータ英語』に続く著作である。序文の校正を手伝った、その礼だという。漢詩付きのサインが入っている。『コンピュータ英語』については「Palノート」とともに当サイトでも紹介済みである。こちらへ。
さて、アイディアマンの氏は、今度は「漢検ノート」を出したいという。既に雛型ができている。キャッチフレーズは表紙に「合格の秘訣は、熟語の練習にあり」とある。ノートはその練習用である。裏表紙や表紙裏にはノートの特長や使い方が書かれている。当方はそれに遠慮のない意見を述べる。それが役目